63.流星群の夜
今日は流星群の夜らしい。
3人で、庭のベンチに腰掛けて空を見上げる。
本当は今夜に合わせて、リヴィからよく見える田舎の方へ旅行に誘われた。
だけど、私はマタ旅は反対派なのだ。
もうお腹もだいぶお腹が大きくなり、動くのもしんどくなってきている。ちょっと動くだけでもお腹が張るし。
……何かあった時にすぐに対応できないようなところへは行きたくない。
という私の意見を聞いて、今回の流星群はみんなで庭で見ることにした。
私の隣で鼻先を赤くして、レオくんは夢中で夜空を探している。
吐く息が白くて、冬が来たんだなぁと思う。
「……寒くないか?」
反対側の隣から、リヴィが心配そうに私を覗き込んだ。
彼はさっきから、夜空よりも私を見るのに夢中だ。さりげなく私の肩に手を回して、自分の方に引き寄せる。
……レオくんが見てるんですけど。
「大丈夫だよ、ありがとう」
「しかし……体が冷えてしまったら……」
「これだけ毛布に包まれてたら、むしろ暑いくらいよ」
妊娠中はただでさえ暑いのに。
今、私は何枚もの毛布で毛布おばけの様相を呈している。
ちなみにリヴィはレオくんのことも毛布おばけにしようとしていたけど、レオくんが嫌がって撥ね退けていた。
「ならば何か冷たい飲み物を……!」
「大丈夫だって。ほら、一緒に流れ星、探しましょ」
「あのね、ながれぼしはねぇ、インセキなの! インセキはね、おちてくる時にもえて、ちいさくなるんだよ。それからね、テツでできてて、ジシャクにくっつくの。ぼく、いつかインセキほしいんだぁ!」
レオくんの石へのこだわりというか、ブームはまだ続いている。リヴィが図鑑を買い与えてから、自分では文字は読めないまでも読み聞かせをせがんで、あっという間に頭の中に図鑑の内容を収めてしまった。
興味があることへの理解・吸収は、本当に早い。
3人でくっついて夜空を見上げていると、なんだか不思議な気持ちになる。
吸い込まれそう……なんて気にはならないけど、嘘みたいに散りばめられた星々は、現実感がない。
私が知っている空は、だって、都会の明かりに霞んで星なんてほとんど見えなかった。視力も悪かったし。
これは本当なのかな。
現実なのかな。
朝陽だった私はメイベルになって。
いまだに朝陽としての感覚の方が強くて、この世界ぜんぶ夢なんじゃないかって、怖くなることがある。
これは死にゆく私が走馬灯の代わりに見た夢の中の出来事で、本物の私は事故にあって今まさに死に向かってるところなんじゃないかな、って。
不安になるたびに、でも、……夢でもいいやって思う。
夢でも、死ぬ前にひと時でも幸せな夢を見せてくれた神様とか仏様とか何かそういう存在には、ありがとうって言いたい。
私、いま、満たされてる。
こんな気持ちで死ねるなら、それでいいやって。
「──ねぇねぇ、こっちきてよ! あそぼ!」
なかなか流れない流星に早速飽きて、レオくんはベンチから抜け出して走って行ってしまった。
庭遊び用グッズを引っ張り出してきて、スコップで地面を掘り始める。
「レオ、戻ってこい。流れ星を探そう」
「こっちきてよ! いっしょにハックツしようよぉ!」
「発掘をするために外にきたわけではない。ほら、上を見てないと星が流れても気付けないぞ」
「なんでよ、ハックツしてよー!」
ちなみに発掘ごっこは今レオくんが好きな遊びの一つだ。
庭に石を埋めておいて、あとで掘り出して発掘する。そしてまた埋める。エンドレス。
「まぁまぁ、好きに楽しいことさせてあげたらいいじゃない」
「まぁ……メイベルがそういうなら……」
せっかくの団欒だ。
癇癪を起こさないで過ごせるように、譲れるところは早めに譲っておきたい。癇癪を起こしちゃったらもう、今後のことを考えて譲れなくなってしまうから。
「ほらね、メーいいっていったでしょー!」
ふふん、と得意げにするレオくん。
不適切な物言いだとは思うけど、なんとなく今夜は指摘する気になれなくて、そのままスルーすることにした。
スコップで地面を掘り始めるレオくんを視界の隅に置きながら、私はリヴィと大人の話をすることにした。
「ね、リヴィ。私、最近モヤモヤしてることがあるんだけど……」
前置くと、リヴィの表情がギクリと固まった。
オロオロと視線を頼りなさげに動かしながら、
「もしかして……今朝の贈り物が気に入らなかっただろうか。俺も迷ったんだ、青よりは赤の方が君ににあったのではないかと──」
「いえ、その話ではなくて。そうね、朝は綺麗なネックレスをありがとう。青い宝石があなたの瞳の色と同じでとても綺麗だったわ。でも装飾品はかなりたくさんあるから、これ以上は必要ないと伝えてあったわよね?」
「しかし、今回のものは君にとてもよく似合うだろうと……」
「うん、ありがとうね。でも贈り物はもういいからね。何も買ってこないでね」
「では……俺のこの気持ちは、どうやって君に伝えたらいいんだ?」
「普通に口で伝えてください」
どんどんずれていく話題に、ため息をひとつついて、仕切り直す。
「あのね、相談したかったのは、レオくんのお勉強のことなの」
「あぁ……」
リヴィのことではないとわかり、彼が胸を撫で下ろすのが分かった。王の側近である公爵が、こんなに分かりやすくって大丈夫なのかな……
「レオくん、最近勉強を嫌がることが多くて……このまま無理に勉強をさせても、勉強を嫌いになってしまいそうで。かといって何もさせないのは心配で……──リヴィはどうしたらいいと思う?」
「ふむ……」
リヴィはレオくんに視線を向ける。
楽しそうにスコップで地面を掘り返して、あっという間に深めの穴を作り上げている。……そんな深いところまで埋めてたっけ?
「俺としては、あまり無理強いはさせたくない。──俺自身が昔、辛かったからな。かといって、何もやらせないと言うのは違うと思う。無理なくできるくらいの難易度のものを、機嫌よくやらせるところからで良いのではないか?」
この世の中には、自分が辛かったから他の人も頑張るべきだ、と言う人が一定数いる。
よく外来で遭遇したのが、軽度知的障害や境界知能のお子さんに対して、頑なに支援級ではなく普通級で頑張らせようとする親御さん。「息子は俺の小さいころとよく似ている。でも俺だって、ガッツで頑張った。しんどかったけど踏ん張った。だから今の俺がいる。こいつも踏ん張って頑張らせるべき」と言われることが多い。もう、本当に1ケースだけじゃなくて、複数ケースでテンプレのように同じことを主張される。
家庭の教育方針、と言われるとそうなのかもしれないけど、お子さんは病院にたどり着くくらい症状が出ていたり、学校から受診を勧められるくらい行動化していたり──限界を迎えていることが多い。根底には、子どもが可愛いからこそ将来の可能性を狭めたくない、その思いがあるのはわかるけど、──将来を大切にしすぎて、今が潰れてしまいそうになっているのは見えていないのかな、と思う。
病院でできるのは、あくまでアドバイスであり、強制力はない。私も言葉を尽くして伝えようとはするけれど、だいたいが徒労に終わってしまう。
だから、リヴィが私と同じ方向を向いてくれているのはありがたい。
「そう、私もそう思うの! 嫌がってるからやらせない、は教育的にも違うと思うの。でも今、レオくんは鉛筆を持つことすら拒否することが多くなってて……」
「人を変えてみるのはどうだろうか」
考えてもいなかったことを提案されて、少し驚いてしまった。
反射的に否定が頭をもたげる。
「で、でも、家庭教師の先生はレオくんに合わなかったし……私がやるしかないのかなって……」
「メイベルはいつも一人で抱え込みすぎだ。家庭教師は、まだ一人しか試していないだろう。どんどん試していけばいい。今回の家庭教師は優しすぎて、レオを叱れなかったことが敗因だと報告を受けている」
「そうなんだけど、でも、叱る先生だと厳しくしすぎるのが心配でしょ?」
「では人となりが事前に分かっている者を雇おう。──以前レオの世話係をしてくれていた、トパーズ男爵夫人、彼女はどうだ?」
「……マリーのこと?」
「そうだ、マリー=トパーズ男爵夫人。息子が学校に行けなくなって、近くで見守るために職を辞したんだっただろう? 晩餐に招いた際、息子も学校に足が向き始めているといっていなかったか?」
マリーは2歳頃からレオくんの世話係をしてくれていたメイドで、でも息子さんが不登校になってしまい、メイド職を辞した。
だけどその後も交流は続いていて、王宮での舞踏会で元婚約者アルフレッドに絡まれた時に助けてもらったお礼に、リヴィがご夫妻を晩餐に招待してくれたのだ。確かにその時、息子のアーロくんは少しずつ学校に行き始めていると言っていた。
アーロくんが学校に行っている時だけでも……ううん、もし良かったらアーロくんも一緒に通ってもらってもいい。アーロくんは自学自習でもいいし、希望するなら屋敷の中で何か簡単なアルバイトをしてもらってもいい。
「確かに、マリーだったら安心かも……」
何より、連携が取りやすい。
今回の敗因の一つに、家庭教師の先生にお任せしすぎたというのはあると思っている。お願いしてきてもらっている分、どこまで口を出していいか分からず、静観しているうちに手遅れになってしまった。
すごい、一人で考えてる時にはぐるぐる考え込んでしまって思いつきもしなかった。やっぱり誰かに相談して、一緒に考えてもらうって大切なんだなぁ。
「ではトパーズ男爵夫人に打診してみようか」
「あ、それは私がするわ! 久しぶりにマリーの近況も聞きたいし」
「──メー、パパ、いっしょにハックツしようよー! こっちきてよ!」
ちょうど方針が決まったところで、レオくんが騒ぎ始めた。
「メーは身重だから、パパだけでもいいか?」
「……いいよっ、しかたないからね!」
氷の公爵様にそんな口をきくことができるのは、レオくんくらいよね……
やれやれ、とリヴィがベンチを立つ。
その向こうで、流星が一つ、弧を描いて流れた。
──結論から言うと、マリーは適任だった。
めちゃくちゃに褒めてくれるのだ、レオくんのことを。
マリーの知っているレオくんは、全然まだ言葉も出なくて、癇癪も多い、何もできない手のかかる赤ちゃんみたいな存在だった。
そんなレオくんが、おしゃべりして、座って、勉強までしようとする!
もうそれだけで感動し、もう、ベタ褒め!
「レオ様、やりたくないなんて言えるようになったんですね……!」
「しっこ?! えええ、トイレまで一人で行けるようになられたのですか!」
「もしかして、このお絵描き……! すごい、マリーのことを描いてくださったんですね! 感激です、宝物にしますね!!」
子どもなりに、それがお世辞なのか心の底からの賛辞なのか、感じ取れるところもあるのだろう。
気を良くしたレオくんは、マリーにデレデレで、もっと褒められたくて以前なら投げ出していた問題にも比較的向かい合えるようになった。
もちろん癇癪を起こすことも多いけど、
「以前は泣くだけだったのに……しっかりと言葉で文句をお言いできるようになられて……!」
「しかも自分で落ち着けるようになられて! なんて成長されたのでしょう!」
マリーがこの調子で受け流してくれるので、私も安心している。
──レオくんも、冬の終わりには5歳になる。
レオくんの誕生日と、出産と、どっちが早いだろう。
久しぶりのマリーです!
誰だっけ? の方は「7.不登校」を読み返していただければ幸いです。
貴重なお時間を使って読んでいただき、ありがとうございました。
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