57.夜の幕間
夏も盛り。
この国での暑さは、日本ほどではないけれど、それでもじっとりと汗ばむくらいには暑い。
お腹も少し目立つようになってきて、胎児があったかいのか、それとも身体が重くなってきたからか、体感温度は去年よりも暑い。
夜の空気は湿度も含んでじっとりと重く、私は息を吐きながらごろりと寝返りをうつ。
「……眠れない」
隣ではレオくんが、規則正しく寝息を立てている。
リヴィは今日は仕事が立て込んでいるとかで、レオくんの寝かしつけを始めた段階ではまだ帰ってきていなかった。
「リヴィはそろそろ帰ってきてるかな……」
眠るのを諦めて、ひっそりと寝台から身体を起こした。
レオくんにバレないように静かにドアを開け、廊下に出る。
「……食堂に何かあったかなぁ」
小腹が空いたような気がして、ついつい足が食堂の方へ向いてしまう。
つわりが落ち着いてきたら、なんだか食欲が増した。体重はあまり増やさない方が良いとは聞いており、気をつけようとは思うけれど、ついつい誘惑に負けてしまう。
たどり着いた食堂からは、微かに光が漏れていた。
「──あ、やっぱりリヴィ帰ってたんだね」
誰もいない食堂で、リヴィはチーズとパンをかじりながら本を読んでいた。
声を掛けると、私に気付いて本から顔を上げる。
ちなみに本の題名は『こんにちは赤ちゃん』。どうやら勉強してくれているらしかった。
「メイベル、まだ起きてたのか」
本を閉じて、嬉しそうに彼は席を立ち、代わりに私を座らせる。
表情はあまり動いていないけど、彼の感情の動きはだいぶわかるようになってきた。
「なんだか眠れなくって」
「今日はもう君の声は聞けないかと思っていた。後で寝顔を覗きにいくつもりだったんだが、……遅くなる日は王宮で食事が出るが、今日はそれも食べ逃してしまってな。あまりにも空腹で……」
なるほど、それでチーズをかじってたんだ。
確かに厨房には食材は色々置いてあるけれど、どれも手を加えることが必要だ。お茶くらいなら淹れられるリヴィも、さすがに料理はできないようだった。
「何か作ってあげようか?」
「……作れるのか?」
訝しげに首を傾げるリヴィ。
失礼な物言いだけど、貴族令嬢は普通は料理なんかしないから、当然の反応でもある。許しましょう。
「うん、簡単なものならね!」
それでもまだ訝しげにするリヴィに、疑うなら自分の目で確認しなさい! と、一緒に厨房に移動した。
にんじん、玉ねぎ、キャベツ、……お、ソーセージ発見! ポトフ……いや、コンソメもブイヨンもないから無理か……塩胡椒の味つけだけで手早くできるもの……野菜炒めかな。
野菜の皮をむいて、包丁で切っていく。
まな板をトントンと包丁が叩くリズムが気持ちいい。
「……手際がいいな」
「前世ではね、料理はまぁまぁ得意だったのよ」
忙しくてあんまりしなかったけど。
晩年は割とコンビニ頼りだったけど。
……カップラーメン、食べたいなぁ。
「私の前世の世界ではね、自分のことは自分でするの。使用人とか料理人が家にいるわけじゃないから」
「平民ということか?」
「んー、そもそも身分社会じゃなかったのよね。私の国では、貴族とかいなかったし」
「貴族がいないなら、誰が政治を行うんだ?」
リヴィとは、こんな風にたまに前世の世界の話をする。
私がポツリポツリと語るだけの内容では、イメージしきれないようで、聴きながらいつも不思議そうな表情をする。
「選挙っていってね、国民が投票で地域の代表を選ぶの。その代表が集まって、国をどうしていこうか決めるのよ。もしも悪いことをしたり民意とは違う方針をとれば、罷免されて、また新しい代表を選ぶの」
「……では王の意向はどう反映される?」
「王はね、一応いたけど、国の象徴としての存在で、政治を決めたりなどの権力は持たなかったわ」
「しかし、民意といっても一枚板ではなく様々な意見があるだろう。全ての意見を採用などできん。方針が多ければ多いほど、国も迷う。一本筋の通った方策を打ち立てていくのであれば、王のような、絶対君主がいた方が良いのでは?」
「ん〜、でも、王が間違ったら?」
私も正直、政治のことはよくわからないんだけど。
学校で習ったくらいの知識しかないし、社会人になってからは忙しくて、選挙の前にちょっと立候補者について調べてどこに投票するか決めるくらいだったし。
うーん、もっと政治に興味持っておけばよかったなぁ……
「私の国ではね、昔、王が間違った選択をして、たくさんの人が死んでしまったの。その過ちを繰り返さないために、今の制度になったのよ」
「その王には、間違った考えを諌めてくれる忠臣はいなかったのか?」
「どうなんだろ。そこまでは学校で習わなかったなぁ……」
切った野菜とソーセージを、炒めていく。鳥の皮から抽出した鶏油があったので、それも入れていく。じゅうじゅうといい匂いがあたりに広がる。
並行して卵と砂糖を混ぜて、卵液を作る。私、卵焼きは甘い派だったのよ。出汁も嫌いじゃないけど、麺つゆないし。ちなみに私的甘い卵焼きの黄金律は、卵2個に対して、砂糖大さじ1杯。
炒め終わった野菜とソーセージをお皿に移し、軽くフライパンをゆすいで、卵も焼いていく。丸いフライパンしかないから、卵焼きを綺麗に巻いていくのは難しいけど、まぁ大事なのは見た目よりも味でしょう。
「完成!」
「……これは? 初めて見る料理だ。君の故郷に伝わる伝統料理か?」
料理人たちがまかないを食べるテーブルがあったので、そこにリヴィの分と私の分を置いて、そのまま席に着いた。リヴィも私の真似をして席に着く。
いつも晩餐に並ぶのは、きちんと丁寧に料理されたコース料理ばかりだ。リヴィにとっては見慣れないんだろう、不思議そうにお皿を覗き込んでいる。
「ただの野菜炒めと卵焼きよ。そんな大層なものじゃないけど」
私もまずは野菜炒めを一口。
……うん、普通の味! なんならもうちょっと塩コショウあってもいいかも。ってか味見するの忘れてた。
卵焼きは……うん、美味しい! 懐かしい味がする。
あぁ、夕食もしっかり摂ったはずなのに夜食を食べてしまう……ギルティだ……でも野菜メインだからセーフかな……セーフってことにしておこう……
彼も恐々としながらも、私が普通に食べているのを見て、意を決して野菜炒めを口に運ぶ。
野菜炒めを、フォークで食べてる姿はなんとなく可愛い。
……お箸が存在しない世界観だし、当たり前なんだけど。
「ふむ、これが君の故郷の味……そうだな、ものすごく美味しいわけではないが、食べやすいな。一口食べるともっと食べたくなる、食欲をそそる味だ」
「や、だから故郷の味ってか、誰でも簡単に作れるただの野菜炒めだってば。わかんないけど、普通にこの世界の平民のみなさんも食べてるんじゃない?」
ただ炒めただけだし。誰でも作れるし。
ってかリヴィ、美味しいわけじゃないとか素直すぎる……もう少し言い方というものがあるのでは……
「……ねぇ、ところでさ。いま貴族の礼儀作法を勉強に来ているミリちゃん──エミリーちゃんなんだけど」
「あぁ、俺も先日会ったが、かなりしっかりした子だな。あれでレオの一つ上だろう?」
「うん。──あの子もさ、私と同じ世界の記憶があるのよね」
ぴた、と野菜炒めを口に運ぶリヴィの動きが止まる。
「……なるほど、それで身柄を保護したのか」
「それだけってわけじゃないんだけどねー」
ミリちゃんが前世持ちじゃなくても、養子先を探す話は引き受けていた。
「でね、ここからちょっと信じがたい話なんだけど、……前世でね、この世界の預言書みたいなものがあってね、ミリちゃんはそれを読んだことがあるみたいなの」
ゲームといっても通じないだろうから、わかりやすいように少しアレンジを加えて伝える。
「──預言書?」
「そうなるかもしれない可能性、ってくらいかな。ミリちゃんとその周囲の人を中心に、何通りかのあるかもしれない未来の物語をね、読んだんだって」
「……にわかに信じがたいが……」
「まぁまぁ、眉唾と思ってていいから聞いてよ」
信じ難い気持ちは、それはもうよくわかる。
前世の話すら信じがたいのに、そこから更にだもの。私だって自分が前世持ちじゃなければ、前世で異世界転生系の小説に触れてなければ、信じられなかったと思うし。
「……その話はどれくらい信憑性が高いんだ?」
「かなり高いかな、と思ってる。ミリちゃんの話の中にね、──レオくんのことが出てきたの」
この話は、いつかリヴィと共有すべきだと思っていた。
信じてくれるかどうかはともかくとして。
「ミリちゃんの知っていた物語ではね、レオくんは両親に愛されずに育って、誰にも心が開けなくて──人の愛し方もわからない、歪んだ大人になっていたらしいの」
「……それは、耳が痛くなる話だな」
リヴィの表情が、辛そうに歪む。
彼は彼なりにレオくんのことを想いつつ、でもそれは周囲に全く伝わっていなかった。
あのまま時間が過ぎていれば、物語の通りになっただろう。
「歪んだ、とは具体的にはどのような?」
「好きになった女の子を、誰の目にも触れさせないように屋敷に閉じ込めたり。自分から逃げていかないように、首輪をつけたり」
「……確かに歪んでいるな」
リヴィも納得してくれたようだった。
ちなみにミリちゃんに聞いたところによると、レオくんルートのハッピーエンドではそんなことはない。攻略中にはヤンデレを見せてくるけど、ちゃんと主人公が諌めて、かなり重い溺愛ではあるものの幸せに暮らしていく。ノーマルエンドではリヴィに教えたような監禁エンド。でも主人公も、レオくんの愛の形を受け入れて、箱庭の中で穏やかに暮らしていく……いわゆるメリバってやつかな。バッドエンドでは主人公は殺されてレオくんも死ぬ、無理心中エンドだ。
「でもね、今のレオくんの様子があまりにもミリちゃんが知っていた物語と違うから、ミリちゃんは不思議に思ったみたいでね。それがきっかけで私を意識してくれて、お互いが前世持ちだってことが発覚したの」
公爵家の家庭の事情など平民の──まして5歳の孤児が知る由もない。
リヴィもそのことは理解しており、難しい表情で私の話を聞いている。
「……真実なら、エミリー嬢には未来が分かるということか? だか、彼女の知っていた未来は変化した……」
「うん、絶対の未来ではないの。行動次第で、未来は変えられる」
だからね、と私はリヴィに宣言する。
「──介入しようかと思って。これから悲しい目にあってしまうことが分かっている子達へ、少しでも力になれればと思って」
ミリちゃんがいれば、私が何もしなくても大丈夫かもしれない。
悲しい目にあったとしても、それを昇華してハッピーエンドへと繋げていける。
──だけどミリちゃんは一人しかいない訳で、攻略対象者みんなとハッピーエンドを迎えることはできない。そもそも彼女は、ゲームの世界から外れて生きていくことを望んでいる。
私は他の攻略対象者と会ったことがないし、思い入れがあるわけでもない。でもミリちゃんは違う。ミリちゃんが攻略対象者たちの不幸を気に病んでしまうのは嫌だ。
ミリちゃんが──子どもが困ってるのであれば、助けるのは大人の仕事だと思う。そしていま彼女の言葉を信じて動けるものは、私しかいない。
「けど、私はいま身重だし──いちばん大切なのは、家族よ。私は動けない、だから──」
優先順位を間違えてはいけない。
一人で抱えこめることなんか、限界がある。
「リヴィも手伝ってくれる?」
先週投稿しようと思ってたのにすっかり投稿しそびれておりました……お待たせしました……
あの、言い訳なんですけど、いま少年漫画のブームが私の中で来てて……某英雄学園全42巻を読んだり、某悪魔に売られた人間が魔王になってく既刊47巻を読んだりしていました……最高でした……!
普段は少女漫画界の人間なんですが、少年漫画も良いですね……!
貴重なお時間を使って読んでいただき、ありがとうございました。
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