38.謝罪の仕方
レオくんと一緒に馬車に乗って、急いでケーキ屋さんに向かった。
ケーキはもう完売で、店じまいを始めたところだったのを、頭を下げてなんとか焼き菓子を売ってもらった。
大きな紙袋を大切に抱えて馬車に戻ると──
「レーくんもたべたい」
言うと思った。
お店に連れて行ったら絶対そう言って離れなくなるのが分かっていたので、一緒に行くと駄々をこねるのを無視して、馭者さんにレオくんを見ててもらってサッと焼き菓子を買ってきたのだ。
「レーくんもクッキー、たべたいよ!」
「でもこれは、ごめんなさいでミリちゃんに渡すクッキーだよ」
「……もうひとつ、かえばいいんじゃない?」
「もうお店は閉まったと思うよ」
「なんでよぉッ?」
私の答えに、みるみるうちにレオくんの表情が歪んでいく。
……外来でもしばしば、こういう話聞いたな。例えば万引きして謝りに行ったけど、店を出た瞬間にケロっと『夕飯は焼肉がいいんだけど』って言われて、お母さんが唖然としたって話だったり。
自閉スペクトラム症の子たちは、反省してないように見られることが多い。
本当は反省しているのに、反省しているように見える態度というものがわからないからだと、私は思っている。
そもそも第一段階として、大多数の子たちが空気を読んで覚えていく『叱られた後にとるべき態度』が分からないのだ。
ある程度成長してそれを身につけたあとも、第二段階として、『反省しているように見える態度を継続する』意義がわからない。
例えばさっきの万引きの子の例だと『もう謝るべき本人が目の前にいないから、反省した態度をとるのは無駄』という風になってしまう。自閉スペクトラム症の子たちの考え方はとっても合理的。
彼らに摂って、謝罪というイベントの登場人物は本人と店員しか存在しなくて、一緒に謝りに行ってくれたご両親のことは完全に意識外。他人から見たらどう見えるか、どう思われるかにはなかなか思い至れないのだ。
「実はね……今までナイショにしてたんだけど、今日は特別にね、レオくんに教えちゃおうかな!」
「……なに?」
かんしゃくに繋がりそうだったところを、意識を別の方にずらす。
いかにも特別なことのようなテンションを作って声の調子を上げて、レオくんが私の言葉に耳を傾けるように持っていく。
「実はね、謝る時にね、ごめんねって言うだけだとダメなんです!」
「……なんで?」
「ニコニコ笑いながらごめんねって言われたら、嫌だと思う人がいるんだよ。ニコニコは楽しいって気持ちだから」
レオくんは今、第一段階のところだろう。まずは、反省しているという態度がどういうものなのか、具体的に教えてあげないといけない。
「レオくんは今、楽しいって気持ちじゃないよね。ごめんねの気持ちだよね」
「れーくんがごめんねしたら、ミリちゃん、いいよーっていうとおもうよ!」
いまいち聞いているのか聞いていないのかわからない噛み合ってない会話だけど、私はそのまま先を続けることにする。
「じゃあ、ごめんねの気持ちのお顔はどんなお顔かな」
「ごめんねのおかお」
自閉スペクトラム症の子どもは、表情理解もかなり苦手だ。視線の合いにくさ──人の顔を自然に見ることが少ないから、だと言われている。
だから私は、こうやって折に触れて、レオくんに表情を教えるようにしている。
「ごめんねってする時はね、ごめんねのお顔とセットでしないといけないの。ごめんねのお顔、レオくんはできる?」
「できるよ!」
と言いながらレオくんがやってみせた表情は、ほっぺたを膨らませて、眉を吊り上げて、怒っている時の表情だった。
「メーがやってみるから、真似っこしてみてね。ほっぺはふくらまさずに、口はぎゅ!」
「ぎゅ!」
「そう、上手! それからね、眉毛は下げる」
「さげる……」
眉間にしわを寄せて、頑張って私の表情を真似るレオくん。
うん、上手にできている!
「気を付けピ! の姿勢で、ミリちゃんのお顔を見ながら、ごめんねってするといいよ」
「きをつけぴ!」
私の言うことを復唱しながら、レオくんは姿勢を正す。
……特に何も考えずに、姿勢を正すことをそうやって教えてたけど、気を付けピのピって、たぶん体育の整列の時の笛の音だよね……この世界では変な表現だったかな……
「クッキーを食べるとレオくんは楽しいって気持ちになっちゃうよね。楽しいの気持ちは、ごめんねの時には違うのよ。だから今クッキーは食べません。ごめんねの時は、ごめんねのお顔をしようね」
「いいよ……」
「はい、じゃあごめんねのお顔を、着くまで練習するよ」
「わかったよ!」
どこまでわかってるのか疑いたくなるほど元気に返事をしてから、レオくんは姿勢を正して口を真一文字に結ぶ。
クッキーのことは諦めてくれてホッとしつつ、──怪我させてしまった相手のお子さんのことを考えると、気持ちが焦る。口の中がカラカラで、せめて水を飲んでこれば良かったなと、少しだけ後悔した。
「あれー」
「れおくんきた!」
「なんでー?」
孤児院につくと、みんなは食事を摂っているところだった。
私とレオくんの姿を認めて、すでに食べ終わった何人かがわらわらと近付いてくる。
「ミリちゃん」
その人垣を抜けて、レオくんはまっすぐに一人の女の子とところへ駆け寄った。
レオくんよりも少し大きい、5歳くらいの女の子。シチューのお皿にスプーンを入れて、ゆっくりぐるぐる回している。薄い灰色の髪の毛には、包帯が巻かれている。
「レオくんだー」
「ミリちゃん、どんってしてごめんね! いたいの、ごめんね!」
「レオくん、あやまりに来たの?」
馬車の中で練習した通り、表情を作って姿勢良く、レオくんはしっかりと謝罪することができた。
ミリちゃんはきょとんと首を傾げて、レオくんに向けて微笑みかける。
「もう痛くないよ、だいじょうぶだよ」
「いたくない?」
「うん、へいきだよ。わたしもボールなげてごめんね」
「いいよ……」
「なーかーなーおーりっ!」
スプーンを持ったまま立ち上がって、ミリちゃんはそのままレオくんをぎゅっと抱きしめた。レオくんもミリちゃんにしがみつく。
仲直りの抱擁をする幼児たち、かわいい……!
「──ラピスラズリ公爵夫人様、わざわざ来てくださったのですか」
孤児院の院長先生が、わざわざ席を立って私に声をかけに来てくれた。
本来は私から声をかけるべきだったのに、レオくんを見守るのに夢中になってしまっていた……!
「本日はレオが、お友達に怪我をさせてしまったと伺いました。ミリちゃんの怪我の具合はいかがでしょうか」
「エミリーですね」
院長先生は頷いて、子どもたちに視線を向けた。
なるほど、エミリーだからミリちゃんだったのか。
「髪の毛があるのでガーゼをテープで固定できなくて包帯を巻いています。大げさに見えちゃっていますが、そんなに大きな傷ではありませんでした。頭の傷なので血は結構出て、エミリーもびっくりしたようですが……今はあの通りです」
大事に至らなくて良かった……。ホッと胸を撫で下ろす。
レオくんはミリちゃんにぎゅーっと抱きしめられて、そのまま持ち上げられて楽しそうにキャッキャと笑っている。
「エミリーちゃんには痛い思いをさせてしまいました。本当に申し訳ありません」
「子ども同士のことですもの。よくあることですよ。あまり気にしないでくださいな」
「そういうわけには……あの、診療所や教会には行かれましたか?」
「あれくらいの傷なら自然に治りますよ。今日は一応包帯で保護していますが、明日にはもう外しても大丈夫なくらいだと思います。これくらいの傷ならみんな、しょっちゅうですから。わざわざ来てくださって申し訳ありません」
「いえ、こちらが怪我をさせてしまったのですから……」
逆に頭を下げられてしまい、申し訳なくなる。
ひたすら頭を下げつつ、苦し紛れに、ケーキ屋さんで先ほど購入した焼き菓子の紙袋を、院長先生に手渡す。
「あの、これ……もし良かったら、皆さんで召し上がってください。クッキーです」
「あら、お気遣いいただいて……。それでは遠慮なくいただきますね」
院長先生は固辞することなく、すんなりと受け取ってくれた。
──外来でも時々、菓子折りを持ってきてくれる方がいたけど、病院のルールで受け取れなかったんだよね……せっかく用意してくださったのに、申し訳なかったな……。渡す方の気持ちになってみると、受け取ってもらえたらこんなに安心するんだ……。
「院長先生、本日は突然押しかけてしまい申し訳ありませんでした。改めて、いつも先生方にはレオを見ていただいてありがとうございます。お陰様でレオもだいぶ言葉が増えて、いい経験をさせていただいています」
「こちらこそ、いただいている寄付金のおかげで、──見てくださいな」
院長先生が、子ども達の食卓を示す。
シチュー、パン、チキン、サラダ、それから牛乳。美味しそうな夕食と、それを笑顔で食べる子ども達。
「子ども達の食事に一品増やせたんですよ。それから子ども達の服も新しくすることができました。こちらこそ感謝しておりますわ」
寄付金というか……レオくんがお世話になっている保育料と思ってお渡ししているものなので、感謝される衒いはないのだけれど……
「……あの、私もエミリーちゃんと少しお話ししてもいいですか?」
「ええ、もちろん構いませんよ」
患者さんや、サロンで話すときは平気なのに、プライベートでの会話となると途端に困ってしまう。
私は院長先生に固辞し、まだじゃれ合っている子ども達に、腰を屈めて声をかける。
「ミリちゃん、うちの子が怪我をさせてしまってごめんね」
「……エミリーです、5さいです!」
ミリちゃんは姿勢を正して、挨拶をしてくれる。
ここの孤児院の子ども達は、大人に声を掛けられたらしっかりと自己紹介するように教育されているようで、以前他の子に声を掛けたときも同じような自己紹介を受けた。
「レオのおかあさんです。いつもレオと遊んでくれてありがとうね。怪我をさせてしまって、ごめんなさい」
「だいじょうぶだよ、もうレオくんがじぶんであやまってくれたよ!」
「うん、レーくんあやまった」
ドヤ顔で胸を張るレオくん。……うん、4歳にはまだ反省の態度を持続させることは難しいだろう。
「レオくん、てんとう虫がとんでったからかなしかったんだよって、先生がいってたの」
「……レーくん、かなしかったの」
「だからね、わたし、レオくんにあげよーっておもってひろったのよ」
ミリちゃんは服のポケットをゴソゴソして、中から小さな何かを取り出した。
「じゃーん!」
「……なぁに?」
レオくんがミリちゃんの手のひらを覗き込む。
そこには、赤い小さな石が乗っていた。
「てんとう虫の石だよ!」
「……ちょうだい、ちょうだい!」
瞳をキラキラさせて、レオくんは飛び上がらんばかりに興奮する。
「レオくんにあげるね」
「てんとうむしだー!」
ただ小さくて赤い、なんならどっちかというと茶色に近い赤い石。
これをてんとう虫に見立てる想像力が素晴らしいし、──それよりも怪我させられたのに、レオくんのために石を拾ってくれる彼女の優しさに胸が熱くなる。
「……本当にもらっていいの?」
「いいよ、レオくんのためにひろったんだよ!」
ミリちゃんはにこにこと笑って、レオくんの手のひらに赤い石を乗せてあげている。
孤児院で暮らしているからには、色々あったお子さんなんだろうけど……
「レオくん、もらったらなんて言うんだったっけ?」
「ありがとう!」
──その日レオくんがもらったてんとう虫の石は、レオくんの宝物になった。
無くしてしまわないかハラハラしたけど、帰りの馬車の中でも私に渡してくれず、ずっとしっかり握りしめて、無事に家まで連れ帰ることができた。快挙だ。ひろったダンゴムシを馬車の中に連れて入り、行方不明にさせた事件はまだ記憶に新しい……。
宝石のルースを入れる小箱を一つあげて、そこに大切に保管している。
次は何のテーマを書こうかな…
貴重なお時間を使って読んでいただき、ありがとうございました。
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