37. お友達に怪我をさせてしまった
レオくんが、お友達に怪我をさせてしまった。
孤児院に通い始めてしばらく経って、レオくんもすっかり馴染んだ頃だった。
私もサロン運営だったり、公爵夫人としての仕事もあって忙しくなってきたので、レオくんの孤児院への送迎はメイドさんにお任せすることが多くなってきていた。
「レオ様は今日も虫探しをされていたようなのですが、テントウムシを捕まえようとしたところ、ボール遊びしていた子のボールが飛んできてしまい、テントウムシが逃げてしまったようで……怒ったレオ様が、お友達を突き飛ばしてしまったようなのです」
送り迎えを担当してくれたメイドさんが、私の執務室にしている部屋にレオくんとともに訪室した。
いつもはすぐに私に飛びついてくるレオくんが、今日はメイドさんの背中に隠れてしまっている。
……言語が伸びてきたとはいえ、まだ咄嗟に言語化するのが苦手なレオくん。
以前に比べたら落ち着いてはきているけれど、それでも手が先に出てしまうことは、最近もしばしばあるようだった。
まぁ特性のあるなしに関わらず、友達とのトラブルはこの年代の子どもには普通にあることだ。そう思って、今までは様子を見てきたけれど……
「今回は相手のお子様がよろけて転んでしまい、運悪く転んだ先に石があって、頭を怪我してしまったようでした」
──頭に怪我。
一気に口の中が乾く。
どんな怪我だったんだろ。相手のお子さんは大丈夫だったのかな。診療所や教会には行ったんだろうか。
「……もっと詳しく教えて」
「院長先生は、子ども同士の間ではよくあることだから気しないで下さい、と詳細は教えてくださりませんでした。ただ、怪我させてしまったことでレオ様がショックを受けていらしたようだったので、と教えて下さりました」
いや、気にしないわけにはいかないでしょ。
……どうするのがいいんだろう。母親になってまだ日が浅く、こんな時にどうしたらいいのか咄嗟にわからない。
とりあえず、菓子折り持って謝りに行った方がいいよね? ああでもその前に、レオくんとしっかりお話しないと。
「レオくん」
悪いことをしてしまった自覚があるのだろう。
呼びかけると、レオくんはさらにメイドさんの背中に小さくなって隠れる。
「レオくん、怪我させちゃったの?」
「…………」
「レオくん?」
「……レーくん、どんっしたの……」
何度か呼びかけると、おずおずとメイドさんのスカートのうしろから、蚊の鳴くような小さな声が聞こえてきた。
「あのね、テントウムシさんね、レーくんのところにきたの。ミリちゃん、ボールぽーんして、レーくんやだったの……」
ミリちゃん。
顔は思い浮かばないけど、女の子だろうか。
男の子ならいいとは言わないけど、女の子の頭に傷……
「ミリちゃん、どうなったの?」
「しってない……」
「怪我、したんじゃないの?」
「いわないで!」
私はメイドさんの後ろに回りこんで、逃げようとするレオくんを捕まえて抱き上げる。
抵抗してバタバタとレオくんが暴れるので、正直体重もあるし、落とさないように抱っこするにはかなりの力が必要である。
「はなしてよー!」
「レオくん、ミリちゃんに怪我させちゃったんでしょ? メーに教えて」
「いわないで!!」
これは、自分でも悪いと思ってるからこそ、叱られると思っているやつだ。
瞳に涙を浮かべながらも、全力で私に向けて威嚇している。
……こういう時に、叱っても仕方がない。
せっかく自分でも悪いと思っているのに、ここで叱ってしまうと、叱られた記憶が勝ってしまうかもしれない。そしたら、後に何も残らない。
「レオくん、聞いて、メーは怒ってないよ」
「…………」
「レオくんもさ、ミリちゃんが怪我して、びっくりしたよね」
まずは気持ちに寄り添うようにして話すと、レオくんは身体の力を抜いて、抵抗するのをやめた。しゃくりあげつつなので聞き取りづらいながらも、か細い声で頑張って伝えてくれようとする。
「ミリちゃん、……あたま、いたいいたいなって、えーんして、ちがでた……」
「メーに教えてくれてありがとうね」
教えてくれたことを賞賛しつつ、レオくんを抱っこしたまま背中を優しく撫でる。レオくんは私に体重を預けながら、言葉を続けてくれる。
「いたくなってほしくなかったの……ちがでないでほしかった……」
「レオくんは、ミリちゃんに怪我してほしくなかったのね」
「そう……」
頷いて、レオくんはまたしゃくりあげる。
「ちゃんと謝った?」
「……わかんない、しってない……」
「そっか。じゃあ謝りに行かなくちゃね。メーも一緒に行くよ」
「……ごめんねする?」
「そう。怪我させちゃったら、謝らないといけないよ。できるかな?」
「……レーくん、ちゃんと、ごめんねっていう……」
本当は、幼い子どもの場合、トラブルの後からの振り返りは効果が薄い。覚えてないことが多いからだ。やってしまったその時に、現行犯逮捕で説諭するのが望ましいと言われている。
言われてはいるけど、……でも親としては、振り返りしないわけにはいかない。
「レオくんが、ボールが飛んできてテントウムシが捕まえれなかったのが嫌だったのはわかったよ。だけど、どんするのはダメだったよ」
「…………」
レオくんは黙って聞いている。
なお、この話は今日初めてのことではなく、レオくんがお友達に手が出てしまったと報告をもらうたびにしている話だ。
「どうしたら良かったかな?」
「……しってない」
「おくちで、嫌だったよって言えるようにしようね」
「いえるようにする……もうどんしない……」
そして、毎回そう約束するんだけど、なかなかレオくんの中に入らない。
衝動的にやってしまうんだろうから、普段は分かっていたとしてもなかなか行動変容に繋がらないんだろう。
行動変容に繋がらないなら、何か別の方法を考えていかないといけないとは思うけど……正直何も思いつかない。それで、現状維持となっている。
「友達を叩いたり、ドンしたりすると、誰も遊んでくれなくなる。レオくんは一人になるよ」
「ひとりはいや! さみしい!」
「嫌だよね。そしたら、叩かないようにしようね」
特性があり、曖昧なことの理解は苦手なレオくん。
レオくんに話すときは、なるべく具体的に伝えるように気をつけている。
例えば、『相手の気持ちを考えてごらん』『友達に嫌われちゃうよ』だと、特性的にも年齢的にも、レオくんには難しいだろう。高度すぎる。具体的に『叩くと誰も遊んでくれなくなる、一人になる』の方が、伝わりやすいだろう。
さて、今の時間ならまだ孤児院に行く途中にあるケーキ屋さんは開いていたはずだ。
菓子折りを持って謝りに行かねば……
電話があるとこう言うとき対応しやすいのに、この世界は冷蔵庫はあるくせに電話はない。本当になんなんだ、この世界……
今回はキリのいいところで、少し短めで恐縮です……
貴重なお時間を使って読んでいただき、ありがとうございました。
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