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推定悪役令嬢の自閉スペクトラム症育児〜異世界で児童精神サロン開きます!〜  作者: こん


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36.真実告知



「メーは、なんでメー?」


 唐突なレオくんの質問に、私は首を傾げる。

 それは、レオくんがメイベルと上手に発音できなかったから。

 最初はめぃうと呼んでいたけど、どんどん言いやすいように変化して、メーと言う呼び方に落ち着いた。……からだと思うけど。


「メイベルだからメー、かな?」

「ちっがーう!」


 レオくんの大声にびっくりして、遠くでシロサギが飛んだ。


 今日は家族みんなで、郊外の川に釣りに来ている。

 川で泳ぐにはまだ早いけれど、日差しがぽかぽかと暖かくて、川辺のアクティビティが気持ちいい季節だ。


「パパは、パパでしょ」


 レオくんは、川縁の岩に座って餌の虫と格闘していたリヴィを指差した。

 呼ばれたと思ったのか、リヴィが振り返る。


「メーは、ママでしょ。なんでメー?」

 

 ママ。

 その言葉に、ドキッと心臓が跳ねた。


「……パパのことはパパって呼ぶのに、ママはなんでママじゃなくてメーなのかってこと?」

「そうそう!」


 言いたいことがわかってもらえた、とレオくんは満足そうに頷く。


 来た。

 いつかくるとは思っていた質問……

 でもまだ先のことと思って、何の覚悟もしていなかった。

 どうしよう……

 困ってリヴィに視線を向けると、リヴィは心得たとばかりに深く頷いて──


「メイベルはレオのママではないだろう」


 ことも無げに答えた。

 顔色すら変えることなく、あまりにも自然な声だった。


 川面で小さな魚が、ぴちゃんと跳ねた。


「ちがうよ? ママだよ?」

「いや、レオを産んだのはメイベルではない」

「……ママだよぅ!」


 みるみるうちに、レオくんの瞳に涙がたまり始める。

 あ、と思った時にはもう遅くて、レオくんはギャーッと大声で泣き始めた。


「ちがうよぅ、ちっがーうよぅ! パパ、すきじゃない! あっちいけ!」


 そのレオくんの泣き方に、いつもなら疲労を感じるところだけど、今日のところはホッとした。

 これは自分の主張を否定されて怒る時の、いつもの泣き方で。

 リヴィの話した内容にショックを受けた泣き方ではなさそうだ。


「パパあっちいってよぅ!」


 泣き始めたレオくんに己の失言を悟ったのか、好きじゃないと言われて動揺したのか、リヴィはただおろおろと視線を彷徨わせる。

 ……リヴィへの話は後だ。まずはレオくんだ。


 私はレオくんを抱き上げた。しゃくりあげながらしがみついてくるレオくんの、背中を優しく撫でる。

 レオくんの言い分を肯定してあげたいけど、──でもそれは真実じゃない。


「レオくんは、メーのことをママだって思ったのね」

「レーくん、パパあっちいけしたの。メーがすきだから、メーがいいの。パパすきじゃないってしたの」

「うんうん、そうだったのねー」


 レオくんは私に、泣いている理由を一生懸命説明してくれる。

 ……どうしよう、このまま『ママ』についての話題は流してしまうべきか。それとも、せっかくの機会として深めるべきか……


 育児って、こういう答えのない選択を迫られることばかりだ。

 正解がないってことはわかってるのに、つい正解を探してしまう。


「レオくんは、メーが好きなのね」

「だーいすきよ!」

「メーも大好きだから、レオくんにすきすきしちゃおっかなー」

「いいよ!」

「すきすきすきー!」


 とりあえず、まずはレオくんの機嫌をなおすことにした。

 機嫌が悪い時には、どんな話をしても入らないし。


 レオくんの頬に私の頬をぎゅぅっと押し付けて、力強くうりうりする。

 さっきまで泣いていたレオくんは、キャッキャと笑いながら、ふざけている私から距離を取ろうと肩を押してくる。


「メー、すきすき、しすぎ!」

「じゃあチュッてしちゃおっかなー」

「1かいだけなら、いいけど?」


 お許しが出たところで、頬に軽く1回キスを落として、そのままレオくんの耳元に小さく囁く。


「パパ、あっちいけって言われて悲しかったと思うな」

「……レーくん、メーがよかったから、あっちいけしたの……」

「本当にパパあっちいっていい? バイバイ?」

「……だめ」

「じゃあ、パパになんて言おっか?」

「……ごめんね……」

「小さいと聞こえないと思うよ」

「ごめんね! つぎからはもうしないよ!」


 やや離れた場所で固まっていたリヴィの近くに、レオくんを抱っこしたまま連れて行く。


「レーくん、パパもすきだよ!」

「じゃあ仲直りしようね。はい、リヴィも抱っこしてあげて」

「わ、わかった……」


 レオくんをリヴィの腕の中に渡して、抱っこを代わってもらった。

 レオくんはすっかり切り替えて、嫌がることなくリヴィに甘えてくっついていく。


 ……さて。

 養子に血の繋がりがないことを教えることを、真実告知という。

 前世では、里親からの真実告知は早い方が良いと言われていた。いや、我が家の場合は養子縁組はなくてステップファミリーな訳なんだけど。

 だいたい6歳くらいまでにすることが推奨されているらしい。患者さんで特別養子縁組された方がいて、養母さんが教えてくれた。確かに、幼児期から知っていた方が自然に受け入れられるかもしれない。


 真実告知について、私もそう知識があるわけじゃない。医療じゃないし、医学部で習うわけでもないし。だから、その養母さんから診察室の中で教えてもらった知識が全てだ。


 曰く、真実告知は養親の義務である。

 養子であることは、一生隠し通せるわけではない。戸籍だったり、アルバムだったり、親戚の会話を聞いてしまったり。何かの拍子に密かに真実を知ってしまった時、告知していないと子ども一人に葛藤を背負わせてしまうことになる。だから幼児期から、自然に受け止められるように準備していくことが良いと言われていると。

 まぁ確かに、思春期になって急に両親が本当の両親じゃないと知ってしまった子どもの気持ちを考えると……切ないものがある。


 リヴィと仲直りして、釣り針につけるエサの虫で遊び始めたレオくんをじっと眺める。

 ──王家の証である、金色の髪がキラキラと陽に透ける。


 その金の髪がある限り、レオくんに一生隠し通すことは不可能だろう。いつか絶対に露見する。

 

「……レオくん」

「メーみて! むしいた!」


 声を掛けると、満面の笑みでレオくんは私に駆け寄ってくる。

 レオくんの手のひらの上、小さいイモムシみたいな虫が動いてる。共同注視が育ってきてて、レオくんはこうやって自分の好きなものを私にも見せようとしてくれるようになってきた。


 なんて可愛い存在だろう。

 私が産んだんだったら良かったのに。


「レオくんは、メーのことママって思ったんだよね」

「ママだよ!」

「……レオくんのお部屋にね、飾ってる絵の女の人いるでしょう?」

「しってない……」


 一枚だけ、私が嫁いでくる前からレオくんの寝室にはローズ姫の絵が飾られている。

 この女の人について、レオくんに聞かれたらどうしようと思いながらも、……私はそれを、取り外すことが出来なかった。

 でも、自分から話題に出すことも出来なかった。

 レオくんが全く興味を示さないので、どこか安心していたのだ。


「帰ったら一緒に見てみようね。……実はね、あの女の人が、レオくんのママ──産んでくれたひとなんだよ」

「……なんで?」


 レオくんはきょとんとしている。

 産むって表現はまだ難しかったようだ。


 どのように伝えようか言葉を考えていると、そばで聞いていたリヴィが口を開いた。


「レオは誰に、ママを教えてもらったんだ?」

「おともだちだよ!」

「ママとは何か知ってるのか?」

「メーだよ、メーはレーくんだいすきなんだよ!」


 そうか、とリヴィはレオくんに微笑み掛ける。

 出会った頃は全然表情が動かなかった彼も、だいぶ柔らかくなった。


「レオは、メイベルがママだと嬉しいか?」

「うん!」


 ぽん、とレオくんの頭に軽く手を置いて、それからリヴィは私の方へ向き直る。


「──だそうだ。レオは君に母親になってほしいらしい」

「で、でも──」


 素直に頷くには、躊躇があった。

 ──こんなに可愛いこの子を、実際に産んだのはローズ姫だ。

 後妻としてラピスラズリ家に嫁いで来ただけの私が母として振る舞うのは、──レオくんの中から、実母を消してしまうことにならないだろうか。


「……俺は、血の繋がりなどに対して価値を感じていない。だから母などというものはどうでもいいと思っている。だがレオにとっては泣くほどのことのようだから、それなら君がなってやってくれないか」


 ……そっか。だから最初、レオくんが私のことをママと言った時にあっさり否定したのか。リヴィにとって、それはどうだっていいことだったから。


「ローズ姫に申し訳ないよ……」

「だが、自ら出て行ったのはローズの方だ。感謝こそすれ、文句を言う筋合いはないだろう」

「…………」

「ローズはここにいない。それよりも、いる者のことを──レオのことを優先してくれないだろうか」


 その言葉に、ハッとした。

 そうだ。

 私にとって大切にすべきなのは──レオくんだ。


 ローズ姫が帰ってきたらどうしよう、といつもどこか遠慮する気持ちがあった。

 レオくんの実母であることに加えて、彼女は王族で、私は伯爵令嬢。……そこには明確な身分の差がある。

 ローズ姫が2人を返してほしいと言ったら、──謹んで従わなければならないと。


 そんなことになったら、私はもう耐えられない。


 だから予防線として、少しでも距離を取ろうとして、──レオくんに私をママと呼ばせることは避けていた。

 ローズ姫を慮っていたんじゃない、私は、……自分の心を守ってたんだ。


「……レオくん」


 手のひらから逃げ出そうとする虫を捕まえ直して夢中のレオくんに、私はそっと声を掛ける。


「なに?」

「メーね、レオくんのことが大好きだから、レオくんのママになりたいんだ」


 ……私は、レオくんとリヴィを、──こんなにも好きになってしまった。

 とっくに手遅れだ。

 もう、彼女が帰ってきても、私はこの居場所を返したくない。


「レオくん、メーがママになっても良い?」


 だったらもう、突き詰めよう。

 行き着くところまで行こう。


「ママだよー!」


 最初からそう言ってるでしょ! とばかりにレオくんは頬をぷくっと膨らませる。


 ……なんだか話が、思った方向とは違うところへ着地してしまった。

 真実告知として、ローズ姫の存在を知ってもらおうと思っていたのに……


 レオくんもリヴィもこう言ってくれてはいるけれど、──いつかレオくんも理解する日が来る、その身体に流れる血のことを。

 その日に向けて、これから少しずつ真実告知の準備はしていこう。




1週間に1回の更新から遅刻してしまいました……すみません……

キャラが動くというのでしょうか、なんか思った方向に進まず時間がかかってしまいました。

描き始めて半年、キャラたちもだいぶ自我を持ち始めています。

そうなると以前書いたところをぼちぼち直したくなる……今のところ我慢していますが……


貴重なお時間を使って読んでいただき、ありがとうございました。

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