僕の番は、先を歩く。
僕の番はいつでも僕の先を進んでいた。
産まれる時期も、立つのも、走るのも。
獣人として成熟するのすら、彼女の方が早かった。
僕はあまり強くなく、
彼女にはよく泣き虫ねと笑われた。
彼女が笑ってくれるのが嬉しくて
彼女と居れることが嬉しくて、その時はまた泣きそうになった。
親は番が見つかるまでしか一緒には過ごせないとよく言っていたけれど。
きっと、ナディアが僕の番だ。
僕はそう信じていた。
だからあの日、やっとオスとして成熟したとき。
ナディアからほのかにする他のオスの匂いに言葉にし難いほど悲しく、情けなくなった。
自分が弱いせいで、番に近づいてくるやつを牽制できないなんて。
屈辱的だと、普段怒りを覚えることの少ない僕がその感情を持て余すほど。
怒りと嫉妬はドロドロと己にまとわりつき、息をするのも苦しく感じた。
知らず、泣いていたのは半分は過呼吸で苦しかったせいかもしれない。
だから「私の番は泣き虫ね」とナディアが告げた言葉が浸透するまで時間が少しかかった。
それから先は嬉しすぎて正直覚えていない。
産まれた時からそばにいてくれた僕の番は
優しくて、しっかりしていて、頼もしい。
可愛くて、綺麗で、いつだって前をまっすぐ見据えている。
だからその日も気づきたくないことにいち早く気づいたのは僕だった。
ナディアの体温が高い。
イヌ科の僕たちはそりゃ、爬虫類系に比べたら普段から高いとは思うけれど。
それでもいつもより、明らかに、高い熱が出ていた。
子ども達を学校へと送り出してから、
彼女の看病をするために新しい桶に井戸水をくんで持っていく。
ドアを開けると彼女の胸が苦しそうに微かに上下するのが目に入る。
少しの安堵と、不安が交互に押し寄せる。
どうにか笑顔をつくって、額のタオルを新しいものとかえると彼女はありがとうと笑った。
持て余すほど愛しい番だからこそ。
失いたくない存在だからこそ、分かってしまう。
きっと..............。
分かりたくない。
でもそうならば.......。と
脳内では感情が入り乱れる。
すっと言葉無く伸ばされた手をすぐさま握る。
あまりにも熱くて、握る力の弱さに
堪えきれず涙が押し寄せた。
子ども達がいる。
守るべきものがある
それでも
「い、いっしょに.......」
引き離されたくない。
たとえそれが寿命なのだとしても。
受け入れられそうもないと
告げようとする言葉はもはや言葉にならず、
想いを上手く紡ぐことすらもままならない。
もしも本当にその時がきたなら.......
「私の番は泣き虫ね」
掠れた、微かな、鈴の音が鳴るような声。
こんな弱い自分を彼女はいつも番と、誇ってくれた。
泣き虫だという言葉に滲む彼女の想いが嬉しくて、やっぱりこの先に待つものが怖くて。
それでも彼女が僕の言葉を分かってくれたことも
彼女の伝えたい言葉もわかってしまったから。
たくさん頷いて、彼女に伝わるかと微かな心配がよぎったけれど
彼女が嬉しそうに笑うから。
彼女の手を握りながら、僕は彼女の番だから
まだあと少しは泣こうと思った。
僕の番は、いつでも僕の先を行くんだ。
ありがとうございました。