第2話 エピローグ
鼻歌を歌いながらトレーラーのハンドルを握る。いつも、ケイティやクルガンやアルガスに社長が運転するもんじゃないとハンドルを握らせてもらっていないから楽しくてしょうがない。昔は父さんに教えてもらっていたし、免許もとっているから運転できないわけじゃないが、立場を考えてくれと言われれば運転することなんてできない。外は暗いが街並みまで遠いためトレーラーの明かりのみが夜道を煌々と照らしている。もうしばらく走ると七番街の市街地につくだろうが、そうすれば生活の明かりも多く見えてくるだろうため、星と月明かりを頼りにこの闇を走る景色は今だけだ。
襲撃から2日が経過し、あれから武装集団が襲撃する気配は無く、傭兵組合から緊急依頼の終了宣言がなされた。無事守り切れたことで今頃は防衛拠点でお祭り騒ぎのようになっているだろう。私たちは酒も飲まないしあまり騒がしい空気は好きじゃないから終了宣言の後、報告などを済ませて早々に帰路につくことにした。だが、報告だったり情報収集だったりで終了宣言がされたのが午前10時頃なのにトレーラーが発進できたのは午後7時頃にまでなってしまった。歓楽街から少し離れた場所に位置していたはずなのに着々と騒ぎの声がトレーラーの近くまで来ていたから出発する際は骨が折れた。
今回は整備側が大きく負担を受ける仕事だったから、後ろの部屋では死屍累々だ。最後の襲撃でぼろぼろになった機体を出撃できるように突貫で修理して翌日には出撃可能な状況まで持ってきたのだからそれも無理のない話だと思う。ファルフリードは何もなくてもいつも寝てるし。というわけで今は誰もいないトレーラーの運転席で久しぶりにハンドルを握っている。
久しぶりの運転であることを抜きにしても今回の報酬を考えれば鼻歌も出ようというものだ。操縦者一人で調整含む全てをやっている傭兵達が今回の任務で多数戦死してしまい、分け前が結果的に多くなった上、しかも、データの提出をしなくても未確認機体とS,Aっぽいやつの撃破報酬で更に上乗せを貰えるという話にまとまったのだ。色々な要素が重なり、予想をはるかに上回る報酬が提示されたときは目が回りそうだった。
さっき、ケイティがファルフリードにこっそりと「忘れてないわよね?」と聞いてたし、助けるためにもみんなに臨時ボーナスを出してあげようと思う。
だが、七番街の傭兵がこれでさらに減ってしまった。それはひどくまずいことなんじゃないかと思う。そもそも依頼を受けるに当たって戦闘行為を目的としないなどの大量の条件を付ける自分たちが引く手数多になるほど七番街の傭兵の仕事は多い。治安維持や輸送の護衛、はては反政府組織の鎮圧など、六番街から八番街の政府の軍事力不足を七番街の傭兵が支えてきたのだ。
それがここ数年で全盛の半分以下どころか3分の1程度まで減ってしまった。もし、兵力を減らして九番街のならず者を傭兵として雇うようになれば、それはいずれ反政府勢力の資金を増やすことにつながると考えられる。ならばそもそも今回の襲撃の目的は七番街の傭兵の戦力を削ることだったのかもしれない。それならばこの襲撃は成功と言えるのだろう。傭兵を始めるには初期投資が非常にかかるため、傭兵の数が戻るまで数年では戻らないだろうから。
これからのことを考えると眉間にしわがよりそうになる。見えない大きな流れが自分たちの街を覆っているような気がしてどんよりとした気分になる。結局襲撃理由も通信記録にある通り七番街の食糧生産施設を破壊して政府の信用失墜を企てたということになっていたのだが、それだけではない気がするのだ。しかも、最後に来た無差別に攻撃してきたS,Aっぽいやつ。あれを見るのは2度目だが、あんなものが大量生産されればこれからの戦場がどうなるのかなんて予想もつかない。
気付けば鼻歌がため息に変わってしまった。誰もいないのだから弱気になっても良いだろう。このまま、簡単な依頼だけ受けて細く長くやっていきたいが、また、今回の依頼で会社の名は上がってしまうだろう。難しい依頼になればなるほどみんなが危険にさらされる可能性が高くなるから名声など上がってほしくないのが本音だ。
「社長!一人で運転なんて申し訳ないです!」
いきなり後ろから焦った声でドアが開き、焦った様子のカルディナから声がかけられた。
「いいわよ?疲れてるでしょ?休める時に休むのも仕事のうちよ。」
「大丈夫です。無線とか受け持ちますね。」
沈みがちな気持ちになっていたところで声がかかったので少し声が裏返ったかもしれない。カルディナはこちらの様子にかまわず助手席に座り設定を始めた。一度起きてしまった以上収まりが悪いのだろうから無理に休ませるようなことはしないでおこうと思う。
しばらく車輪の振動音のみが操縦席に響く。カルディナは手持無沙汰なのか、時折何も見えない助手席側の窓を眺めている。
「どうだった?私も余り経験ないほどの戦いだったのだけど。」
「・・・ファルフリードさんが出撃した後、休むように言われたのですが、全然休めませんでした。どんどん傷だらけになっていく機体が怖くて・・・。整備って恐ろしいですね。自分が扱った場所に不具合が起きたらと思うと休むことなんてできませんでした。」
「それを聞いたらアルガスは喜ぶわよ。・・・今回の戦いを見てもまだあれに乗りたいってまだ思う?」
カルディナの表情が強張ったのを感じる。手元をじっと眺めているカルディナを横目にしばらく時間が過ぎる。
「・・・いえ、私の言葉は変えられないです。」
ちょっとした沈黙の後、強く手を握りしめてカルディナが返す。
「そう。・・・理由を聞いても?」
窓の景色がしばらく流れる。自分がやっているのは傭兵の社会ではルール違反だということは分かっているが、聞いた方が良いような気がした。
「むかし、私の父は四番街で畜産をやっていたんです。結構有名だったんですよ?でも、あるとき飼っている牛や豚たちが次々と不審死をしてしまったんです。」
ぽつり、ぽつりと目線を下に向けて堪えるように膝に拳を押し付けたままカルディナは話し始めた。
「病気、とか?」
「病気ならばどれだけ楽だったか。それに私たちの厩舎では衛生を徹底的に管理してましたから、もし、伝染病でもホームに職を追われることは無かったでしょう。・・・ずっとおじいちゃんやおばあちゃんが死んじゃってからみんなで頑張ってたんです。でもそんなある時、政府の人たちが告発状と一緒に来て私たちは不適格として住み慣れた四番街を出ることになりました。何が原因かわからず、どうして良いかわからず私たちは四番街を出ることになったんです。」
カルディナの声が震える。一呼吸おいてカルディナは言葉を続ける。
「そもそも父も母も四番街で生まれ、ホームで行われた見合いで結婚した同士でしたから五番街の生活も長くは続きませんでした。まず、母さんが体を壊して、それからしばらくして復帰プログラムに乗れなかった母さんの治療が打ち切られて、私たちで負担してたんですけど、治療を拒否してあっという間でした。そして、父さんと姉さんと私で生きてきたのだけど、仕事が軌道に乗ってしばらくしたら父さんが通り魔にあって死んじゃったんです。」
そういうことはよく聞く話だ、と思う。大方妬みを受けたり、その土地を欲しがった誰かが罪をなすりつけてホームに証拠を提示しつつ、生産性を下げたこととかその辺を理由として職業不適格の処分を与えたのだろう。カルディナの年齢からすればまだ父親の年齢は若かったのだろうし、正直責任者として祖父母だとかいれば、責任者が仕事に当たれないようにする程度で終わったのだろうがそう上手くいかなかったのだろう。
そして、上の街から来た人が自分たちの出世を脅かすと思えば『そういう』手段をとるやつもいる。本来いるはずのない人が来て、自分たちの場所を削っているのだから誰かが割を食ってしまうと思えばしょうがないかもしれないけど・・・。
「結局、姉さんと二人で何とかしようとしていたんですけど、今度は七番街への移動が言い渡されて、さらに移動中に強盗に遭ってそのまま姉さんは連れ去られてしまったんです。その時男に変装したんですよ。色々あったのですが、その時に女一人でも戦うことができるM,Aに乗りたいと思うようになったんです。未だに夢見るんです。父さんが刺された日や姉さんが連れてかれた日のことを。だから、このまま弱い自分でいたくないんです。」
「・・・そう、大変だったのね。」
最後の方は堰を切ったかのように一気に話すカルディナに気圧される。こういう時、どういう話をすればよいのか分からないが、とりあえず片手を伸ばしてカルディナの頭を優しくなでる。トレーラーの操縦席は広いので身いっぱい乗り出さないとなでられないのでほんの少しだけだったが何とか手を届かせる。トレーラーの運転席が少し振れる、もしかしたら休憩室あたりはさらに大きく揺れてしまったかもしれないがしょうがない。
「っと。危ない。私の考えは変わらないわよ?基本的に社員は家族、だから危険な目には合せない。・・・ただ、約束は守るわ。アルガスが合格を出したらという条件付きだけどファルフリードに教えてもらうといいわ。ファルフリードにお願いするときは私も一緒に行ってあげる。」
それが最大限の譲歩だ。まぁ、理由を聞いて同情してしまったということでもあるのだけど。
だが、これは本当によくある話なのだ。七番街に来る人はそういう人ばかりだとも言えるのだが。でも、みんな必死に生きている。生きて、頑張って、戦っている。どんなに歪みがあるからって人の生活を壊していい理由なんて、ない。・・・そう、私たちが戦う理由なんてそれで十分だ。誰かの思惑なんて関係ない。
「ありがとう、ございます。」
カルディナはいきなり自分が運転中に身を乗り出して頭を撫でようとしたものだからかなり驚いていたようだが、ふっと微笑んで礼を言うのであった。
「ま、帰ったら色々とおいしいもの食べに行きましょ?ケイティのお蔭でこの前の飲食店が近くにできるみたいだし。」
「・・・すいません。」
「謝ることないわ。私が無理に聞いちゃったんだし。さ、話題変えましょ?そういえば整備してなんか疑問に思ったことってある?」
「えーと、でもみなさんに教えてもらっているおかげで大丈夫です。」
それもそうだろう。アルガスやクルガンが一緒に整備しているのだ、聞きやすい環境も作るだろうしなんだかんだで教え上手だ。わからないことはその場で解決しているだろう。
「あ、でも実はずっと疑問に思っていることがあったんですけど・・・。」
「なになに?答えられるなら?」
「なんで、うちの会社の機体って名前が無いんですか?組合の格納庫にもスカベンジャーとしか登録されてなかったですし・・・。」
「そういえば、言ってなかったわ・・・。」
カルディナが『うちの会社』と呼ぶことに少し喜びを感じつつ、頭を掻く。
「えーと・・・ね、そもそもスカベンジャーって名前は『アステリズモ』の前身、父さんがやってた『ゾディアック』のM,Aを指していたの。だから、M,Aのスカベンジャーとかスカベンジャータイプの機体とかいうんだけど、私たちの機体名はそもそもの名前がスカベンジャーなの。でも、分かりにくいからみんな『アステリズモ』って呼んでるの。うちは『ゾディアック』を継いでいるってことを示すために、ね。」
「え!?え?えーと・・・『ゾディアック』ってそもそもなんですか?」
カルディナが混乱したように聞き返してくる。
「え?あれ?そもそも『ゾディアック』の頃の話を聞いてたからうちに来たんじゃないの?」
アイーシャも混乱してきた。そもそもカルディナがアステリズモの門戸を叩いてきたのは『ゾディアック』が将来有望な若い人と認めれば従業員として育て上げて他の傭兵会社に勤めても大丈夫なように鍛え上げていたという噂(といっても事実だけど)を聞いていたとばかりだと思っていた。
「いえ?アステリズモという会社が有名になってきているけど、操縦者が一人しかいないって聞いて、それならもしかしたら乗せてもらえるかもって思ったんですけど・・・。」
私の衝撃を受けている顔を見たのだろう、最後は消え入りそうな声になっていくカルディナの声が妙に空しく聞こえる。
「わぁ!!社長、ハンドル!握って!」
僅かばかりだが舗装された道を外れて砂利道にトレーラーの車輪が乗ったのに気づき、アイーシャは焦りながら車道に戻そうとハンドルを切る。
がたがたとトレーラーが揺れながら慌てた様子で元の道に戻ろうと車両が大きく動き、後ろの待機室から悲鳴が聞こえてくる。
夜道を走るトレーラーの行く手には街の明かりがともり始め、明るくなり始めた道をトレーラーは夜陰を切り裂くように、平和に走り続けるのであった。
あと幕間数話が続きます。




