第2話 戦闘待機 持満
―――襲撃予告日まで あと2日 8:00 格納庫にて―――
襲撃から一夜明けると、至る所から被害報告があがっており、傭兵組合はその対応と部隊の再編成におおわらわとなっていた。
待機詰所にいる人間は1週間前に比べてかなり増えている。襲撃日当日に近づいたことから出撃可能な全員で待機してほしいということになったのだが、そのせいで待機詰所は人であふれており、仮眠をとることすらままならない。結局、ファルフリードは機体の近くでいざいざの襲撃に備えるために格納庫へ移動したのだが、格納庫は格納庫で応急修理や改造を行っている音が響いている上に人の往来が激しく整備士たちの邪魔になってしまう。結局どこの場所でも満足に休むことができず、狭くとも落ち着く機体の操縦席で休むことにするのであった。
周りの機体がまだまだ整備中である中、うちの会社の機体はいつでも出撃できるようになっているのを見ると感謝の念しか湧いてこない。ここらへんはアルガスのプライドとかもあるのだろう。
そんな中、操縦席に座るファルフリードに対してこれからの出撃に備えてアイーシャとケイティから被害報告や戦果報告などを聞いていた。ファルフリードの機体は屈んだ姿勢をしており、背中にあるタラップ車と呼ばれる階段がついた車がコクピット付近に延ばされている。その階段の先でケイティは機体の上に立ち操縦席を見下ろすように、アイーシャはタラップの先端に立ち操縦席を覗き込むようにそれぞれ話をしていた。
傭兵組合の発表した情報によると防衛部隊は昨日の襲撃により4機のスカベンジャータイプと20機のM,Aが中破以上の被害を受けたことにより次回出撃不能となってしまっている。しかし、撃墜数に至っては20機近くのスカベンジャーが撃破されているため、劣勢の中2倍近くの打撃を相手に与えたことになると考えればその被害は少ないともいえる。そもそも序盤の襲撃で彼我の戦力差がとんでもないことになっていたにもかかわらず、これだけの被害で済んでいるというというのはひとえに皆の頑張りによるものなのだろうと思う。
「他に特筆すべき情報としては・・・他の街区にも襲撃があったらしいわ。ここにあれだけの戦力が投入されたのにも関わらず、よ。」
ファルフリードはその追加された情報を聞いて思わず眉をひそめた。
「まだそれだけの余剰戦力あったのか・・・。」
「そうみたい。各街区の主要プラントに奇襲があったそうよ。ただ、戦力としては相手を考えると使い捨てもいいとこなの。スカベンジャー2,3機に加えてM,Aが6,7機で奇襲したもののS,Aが出てきた段階で逃げようとしたけど、結果はしっかり殲滅させられたらしいわ。政府側もできれば襲撃機体を鹵獲しようとしたけど全機自爆したそうよ。だから結局、詳しい情報も分からずじまい。」
アイーシャが眉根をひそめて教えてくれる。
―しかし律儀に襲撃予告を守る理由がどこにあるのだろうか・・・?
「分からんことだらけ、ということか。治安悪化が目的なら全戦力でどこか一カ所の生産施設に奇襲攻撃をした方が効果的だったんじゃないのか?」
「その疑問なのだけど・・・、あれが本隊じゃないと仮定すれば推察はできるわ。本隊が来るまで上の街区にいるS,Aの足止め、よ。」
「S,Aの介入をさせない状況がほしいってこと?でもそうすると目的はやっぱりここということになりそうだけど・・・。でも、ファルフリードも言ったとおり、奇襲しないということは七番街の治安悪化が目的じゃないのよね?
えーと、つまり、どういうこと?」
ケイティから仮説が出たが結局相手の最終目的は不明なままで、アイーシャが首をかしげながら考え込んでいる。
「私も分からないわ。あくまで推測だもの。ただ、この仮説はアイーシャがこの前に聞いた『真核』のティメスの言っていたことが気になったからでもあるの。」
「あの、実験場がどう、とかのことよね。」
―・・・?あぁ、そうだ。何かそんなこと言ってたな。
聞き流していたため記憶にあまり残っていなかったが、思い出すのは大仰な身振りをしつつどこか気色の悪さを感じさせる方メガネをかけた男だ。確かに『大いなる意思の実験場』だとか、『私たちは哀れなマウスなのです。』とかのたまっていた覚えがある。
「そう、それが本当ならこの襲撃そのものはダミーということになるわよね。そして実験対象が何を指すのか考えれば、この状況からすると『九番街の技術力』もしくは『七番街の戦力』というのが真っ先に思いつくのだけど・・・、ここにいる戦力が『哀れなマウス』だとすると何らかしらの外圧がかかることを指すと思うのよ。
単純に考えればあれだけのスカベンジャータイプが来ていればそれが目的の外圧だと思うのでしょうけど・・・。」
ケイティは言葉を濁しながら思案顔をしている。
隣の機体ハンガーにいる整備士が思案顔のケイティを横目に見とれてバランスを崩しているのが見えた。
「んんっ!ま、まぁその危惧は当たりだろう。あれは本隊じゃないと俺も思う。奴らは明らかに自分の機体を乗りこなせていなかった。あれだけ作れるということはあれを作るための操縦者がいたはずだが、他の奴らの戦闘記録を見ても際立った戦果を挙げた敵は見当たらなかった。」
あれだけの戦力差に対して被害が少ないということは敵の練度が低かったということでもあるのだから、ケイティの想像は当たりの可能性が高い。ならば自分が懸念することはできるだけ用意するべきだろう。
「・・・アイーシャ、ケイティ、戦闘員として上申させてもらう。その懸念が正しければ恐らく残り二日間は襲撃が散発的になるだろう。だったら、この機体を重戦仕様に変更したい。」
重戦仕様とは機体に追加装甲とありったけの火器を取り付けるものであるが、今の汎用型から変更するためにはかなりの突貫工事が必要となる。
昨日夜遅くまでやってもらった整備班に対しては悪いが、できればベストは尽くしたい。だが、出動不能期間を自社都合でやるということは今回の緊急依頼に対して違約金が発生してしまうため、自分の一存というわけにはいかない。
アイーシャはこちらを尊重してくれているからか、一緒にケイティを見上げてくれている。
「そうね、至極もっともな考え方ね。今の考えが正しいと仮定したらこれから待っているのはスカベンジャータイプ以上の脅威ということになるわね。」
ケイティはしばらく考え込んでいたが、どうやら賛同してくれるようで携帯端末を操作してクルガンを呼び出している。
「クルガン?整備班をたたき起こして。機体の仕様を変更してほしいと戦闘員からの依頼があったわ。情報収集している身としては承認してあげたいの。いまから当日0時までの間で機体を重戦仕様に変更してほしいのだけど。・・・?そう。ならお願いするわ。」
てっきり端末の向こうで悲鳴が上がっていると思っていたがそうではないらしい。
「ふふ、クルガンとアルガスはこの状況を想定していたようね。整備班は現在朝食を終えている上、物品の手配は完了しているらしいわ。感謝しておきなさい。こんな優秀な整備員のいる会社なんてないわよ?」
ケイティがこちらに向けて語りかけてくる。正直、ここまで整備してもらってひっくり返すというのはかなり心苦しかったがまさかここまで想定していて事前に用意していたことには整備班に対して感謝してもしきれない。
「全くだよ、俺にはもったいないくらいだ。帰ったら皆になんか奢らないとな。」
勢いで言い切ってしまってからケイティが恐ろしい顔でこちらに笑いかけているのが見えた。・・・まずいことを言った気がする。
「そう?子供もいるからお酒を思いっきり飲むようなうるさい店はダメよね。私の一存で店予約しておくから。」
まずいと思い、アイーシャを思いっきり振り向くがアイーシャはあさっての方向を見ている。
「・・・アイーシャ、戦功ボーナスとかでる、よな?」
とりあえず、助けを求めようとアイーシャに声をかけると、頭上から怜悧な声が降ってくる。
「ファルフリード、さっきから言いたかったのだけど、仕事中はアイーシャ、『社長』ね、気を付けて。」
もうなんか色々と自分がどうしようもない状況にいることが分かり、ファルフリードはため息をついてうなだれるのであった。




