第2話 閑話 新入社員とファルフリード
カルディエは八番街に到着するとまず、その寒さに驚きを隠せなかった。五番街から七番街に移動したときにその暑さに辟易したものだが、八番街のいきなりな寒さに驚きを隠すことはできなかった。
七番街はみな薄着であったのだが八番街の町行く人々は必ず長袖と外套を羽織っている。ケイティ先輩からもらった防寒着が無ければ自分は凍えていただろうと思う。
時刻は昼過ぎだというのに街を通る風は寒さを感じるほど涼しく、夜になるとこれ以上冷えるのだろうと考えるとそれこそ夜に外出は必ず止めておこうと考えながらカルディエはトラックの外で初めて見る八番街特有の針葉樹に囲まれた景色や寒さに目を輝かせていた。
「お疲れ。整備をしっかりしてくれて助かった。ありがとな。」
後ろから声をかけられて振り向くとファルフリード先輩がいつも通りな笑顔で声をかけてきた。
先ほどの戦闘を思い返すと、その戦いぶりには驚かされるものがあった。そこまで兵器として大きく質が違うというわけでないにも関わらず、本陣に被害を与えず、更に自らも無傷で帰還してみせた。入社してしばらく経ち、様々なところで情報を聞いていれば、何か特殊な動きや装備がない中でこの戦果というものが凄まじいものであるということはわかる。
-ここまでの技量をどこで手に入れたんだろう・・・。
少しの間、呆然とファルフリード先輩を見上げてしまっていたところ、ファルフリード先輩はその長い体を折り曲げて後頭部を掻きながら困ったような表情をしていた。
「いや、その、なんだ?どうした?」
申し訳なくなってしまって慌てて手を振って応えた。
「いえ、すいません。むしろファルフリード先輩こそお疲れ様でした。単機であれだけの相手を出来るなんてすごいです。」
「整備を信用できればこそ、スペック値ギリギリまでの動きが出来るものさ。自分で整備していると後のことを考えて8割くらいの状況で戦闘しなきゃいけなくなるからな。」
飄々と言ってみせるファルフリードにカルディエは先ほど浮かんだ疑問を投げかけた。
「先輩はどうしてそれほどまでの操縦技術を手に入れたんですか?」
あまりこの業界で相手の過去を詮索するのは好まれていないと口酸っぱく言い聞かされていても聞いてしまったのだが、ファルフリード先輩はその飄々とした居住まいを変えずに応えてくれた。
「色々と経験してきたのさ、それこそ整備から始まって、色々な戦場を経験してきたさのさ。実はここで働いていたことになっていた時期があるんだぞ?」
語り口や声音は飄々としていたが、懐かしむというにはあまりにも哀しそうな表情で目の前に広がる景色を眺めながら呟いているファルフリード先輩の姿は何かあったものだと感じさせるものがあった。
「・・・ここで?」
「そうさ。この街には予備兵役部隊というM,A部隊があるんだよ。・・・ま、碌でもない部隊だし、普通は関わることのない部隊さ。
だが、この街は良いぞ?外気は寒いから温浴施設とかはかなり充実しているからは色々と楽しい街だからな。ちょいと閉鎖的な性格の住民ってのがキズなんだがな。ま、それも経験だ。クルガンかアルガスに言って街を見て回ると良い、楽しんでこい。」
そう言ってファルフリード先輩はこちらの頭をぽんぽんと叩いて、トラックの荷台にあるスカベンジャーの方向へ足を向けて戻っていった。
カルディエは頭を撫でられたことに対して悪い気はしないが子供扱いされていることに不満に思うのであった。
・・・-・・・
トラックのキャビンに戻ると達成による交渉が良い結果に終わったようで鼻歌を歌いながら書類を整理しているクルガン先輩の姿があった。少し調子の外れた鼻歌を歌いながらニコニコと整理している姿はちょっと怖い。部屋に入るのに尻込みしているのに気づいたクルガン先輩は上機嫌であることを隠さずにこちらに話しかけてきた。
「おや、カルディエさんですか。どうです?この街は寒いでしょう。特に七番街に慣れた人にはこの寒さは堪えるものがあるでしょう。」
「・・・え、ええと、はい。外に出てびっくりしました。街区を移動するだけでこんなに寒くなるとは思わなかったです。」
「ふふ。そうですか。得難いですよ、こういう経験は。色々と見て回ると良いですよ。何か分からないことがあったら聞いて下さいね。」
クルガン先輩の笑顔を見て、先ほどクルガン先輩と真逆の表情をしていたファルフリード先輩のことを思い出した。
「・・・それなら、予備兵役部隊って聞いたことがありますか?」
書類を整理する手をピタリと止めてクルガン先輩はニコニコとした表情を少し固めながらこちらに向き直った。
「本人から聞いたのですか?」
恐らく、ファルフリード先輩から直接聞いたことを聞いているだろうという意味だと捉えて頷く。
「そうですか、ですが、僕から説明できることはあまり無いですし、調べれば分かる程度のことでよろしいですか?」
もう一度頷くとクルガン先輩は顎に手を当てて話し始めた。
「そうですね、まず、この街について説明をしましょうか。そもそもこの街は初めはその気候を利用した、居住者がほとんどいない監獄施設のための街区だったのですよ。ですが、この施設を運用するために派遣された人々達がそのままここで暮らし始めたことがこの街の始まりなんですよ。ですから、逆説的に言えば政府部隊も少ないということでもあるのです。
しかし、ここに来る際も襲撃がありましたが、実はこの街の近くには九番街と呼ばれるホームですら管理しきれていない無法地帯があるのです。砂漠の不毛地帯ですが誰も住まないからこそ、そこに居たいと思う人々はそれなりの理由があるものです。所謂、略取行為や襲撃を生業とする傭兵というかならず者たちが拠点としている場所なのです。
そして当然監獄施設でもあるこの街に身内を取り戻そうと戦いを挑んでくる組織は当然います。だからこそそれなりに戦闘が起きますが、正規兵にそんな危険な真似はさせられないということで、犯罪を犯した人や身元の不明な人たちで構成された部隊があるのです。それが予備兵役部隊とよばれる部隊です。」
ゆっくりと理解しやすいように語りかけてくれているが、つまりファルフリード先輩がそこにいたということはなにかあってそこにいたのだということがわかるが・・・。
「僕たちもファルフリードさんがその場所にいたということは知っていますが、なかなか過酷な戦場だったということは想像に難くありません。その分報酬はかなり良いようですがね。
そもそも、予備兵役部隊を生きて退役できるほど稼いだということはそれだけ長い間戦っていたということでもあります。僕自身調べたのですが、ファルフリードさんはそこで正規の手続きをした上で退役しているのです。しかし、退役できるほど稼いだ上で実際に退役できた人は年に数人いるかいないかと聞いています。
大体これくらいが分かる情報ですね。ファルフリードさんがどんな戦場を経験してきたのか分からないのですが、噂に聞く限りは楽な戦場などあり得ないでしょう。」
今の話でファルフリード先輩がなぜ、あそこまで強くなれたのか乃片鱗が分かった気がする。いくつもの過酷な戦場があれだけの戦闘技術を身につけさせたのだ。
そういえば、さっきはもの凄くクルガン先輩が上機嫌だったのだけど何があったんだろうか。
「教えてくれてありがとうございます。そういえば、さっきは凄く上機嫌でしたね。」
「そうなんですよ!さっきの武装勢力がどうやら賞金首だったようで、それなりに報償が出ましてなかなか良い結果だったのですよ。
あ・・・、そういえばですが、その結果八番街の方々から温浴施設を一棟貸して頂けることになりました。名物のサウナやお風呂など入ってきてはいかがですか?もしやもしたらファルフリードさんもアルガスさんも整備していますし、僕もしばらくは書類を片付けて報告もしますから、今のうちであれば独り占めできますよ?」
1人で入れるのであれば助かる。ではクルガン先輩の言葉に甘えて本当に久しぶりにゆっくりとお風呂に入れそうで嬉しくなる。
「ほんとですか!なら、ちょっと体験してきます。」
そう言ってキャビンから衣服などを持って指定された施設に急ぎ向かうことにするのであった。
・・・-・・・
温浴施設は木造作りのサウナと大きな風呂がある清潔感を感じる平屋の住居のような施設であった。トラックから数十メートルといった距離を歩いて、扉を開けると歩く際に冷えた体を湿気を含んだ暖気が体を包んで期待感に身が包まれる。建物に入ると管理人がおり、一通り説明を受けたが、どうやらここはよその街から来た人向けの貸し切り専用施設のようであった。中は単純な間取りになっており、管理人から鍵を受け取って中の扉を開けると広い脱衣所となっており両翼にサウナと浴場が設置されていた。
カルディエはサウナか風呂か迷ってまずは体を洗おうと風呂にすることに決めて服を脱いだ。アステリズモにいる間は皆とタイミングをずらすためにさっとシャワーを浴びるだけの生活だったのでお湯に体をつけることはできていなかった。
先ほどのクルガン先輩ではないがリラックスしながら鼻歌を歌いつつ体を清めていると、突如、扉が開く音が聞こえた。
「!!!」
-まずい!
急いで、服を探すにも外には既に人がいる。焦る思考が整理できずにあたふたしていると、とうとう、風呂場の扉が開いてしまった。
「おぉ!カルディエか、入ってたか。しつれ、い、する、ぞ?」
カルディエは恐らく、人生で今まで出したことのないような悲鳴を上げるのであった。
そこにあるカルディエの体は男に本来あるはずのものはなく、その胸の微かな膨らみなどは紛うことなく女性の体であるのであった。




