第1話 戦闘待機 マスタープログラム
「ファルフリード機、収容完了したわ。」
ケイティから報告を受け、安堵のため息をつく。最初の通信で、相手側にスカベンジャー2機と聞いて肝が冷えたが何とか無事に戻ってきたらしい。ファルフリードの機体の状態を示すモニターにも特に甚大なダメージを受けたという報告は無く、若干関節モーターに摩耗が見られる程度の状況なので次の出撃も問題ないだろうと判断できる。
戦闘区域から離脱し、避難者を乗せたトレーラーとアステリズモのトレーラーは拠点に向かって走っていた。恐らく、もう10分もしないうちに拠点にたどり着けるだろうと思う。
「少し、冷や汗をかいたわ。ファルフリードの腕のおかげで何とかなったけど・・・。
ケイティ、ちょっと質問があるんだけど、ファルフリードの通信で言ってた最適化されたマスタープログラムって何なの?」
色々と疑問もあるが、まずは一つずつ何とかしていかなければならないだろうと思う。ケイティは口元を手で覆って考え込む。
「正直、一攫千金すら狙えるものね。そもそもM,Aの中でスカベンジャーは駆動させなければならない関節の数が段違いで多いわ。それを運転するのに必要なプログラムは通常の技師では作れないほどよ。だからこそスカベンジャーを運用できるのは一つのステータスとなりえるのだけど・・・。
スカベンジャーの機体を持っているけどプログラムを持っていない会社、持っていないけど一攫千金を狙っている会社はのどから手が出るほど欲しいものだと思うわ。」
「たとえ、ホームと敵対しても・・・?」
「そもそも、彼らみたいな、というか私たちもそうだけど、登録していないからホームに目を着けられても、組合から仕事が受けにくくなるってぐらいだもの。」
「・・・まぁ、それもそうよね。」
背もたれに体を預ける。うちは元からあったプログラムを使えているので求める人たちの気持ちは分からないが、父さんからもそれは必ず企業秘密にして厳重にしておけと言われている。
―だけど、なぜそれでファルフリードが注目されてるのかわからないのよね、この前の作戦のせい?でも、知っている人からしたら実はそれも当然なのかな?
考え込んでいるとケイティから声がかかった。
「注目されている理由としてはやっぱりここ2年で躍進した会社で凄腕のスカベンジャー乗りがいるとなるとその前身まで調べられてしまうのでしょうね、有名な父親を持つと大変ね。」
「パルサー持ってる、って知られている時点で自己紹介しているようなものだしね・・・。」
父ことバスカードはアステリズモの前身、ゾディアックの社長であった。父さんが何故スカベンジャーやパルサーを手に入れていたのかは知らないが、最初期のスカベンジャー乗りであったのだ。その時代の先駆者であった父は七番街で最も有名な男だったともいえるだろう。
「そうよ。あまり褒めるのも腹立つけど、ファルフリードの腕は超一流よ。あんな腕を持った男が流れ着いているこの会社もどうかと思うけど。あとはファルフリード個人に何か恨みを持っている組織があれば別でしょうけど、でもこれは勘だけど、恨みってわけではなさそうなのよね。」
ケイティは嘆息しつつ頭を抱えている。
「ま、なるようにしかならないわ。実力があると思われることは悪いことばかりではないし、声かからないってことは風評も政府側ってことなんでしょうから。」
笑って大丈夫と声かけながらケイティの肩をもむ。考えすぎても碌なことにならないのなら臨機応変な対応ができるように体をほぐしておくことも大切だと思うのだ。
「まったく。そういうところは本当に父親に似てるんだから。」
良くわからないし、褒めてるのかどうかわからないけど、ケイティのまぶしい笑顔を見ていると多分褒められているのだろうと思う。気恥ずかしさに頭をかいて改めてケイティに笑って、ファルフリードを迎えに行くために立ちあがる。
「ありがと、褒め言葉として受け取っておくわ。」
・・・-・・・
ファルフリードを出迎えてケイティとニコに整備へ向かってもらっていると、先ほどともに活動していたホワイトヘザーの部隊長から通信が入った。アイーシャは内容が想像できるのでため息をつきつつ無線に応答した。
「アステリズモ!なぜ撤退した!!」
「残弾と関節駆動部の摩耗値が高かったからだ、むしろ一人で囮を請け負ったうえで時間稼ぎをして更に1機のスカベンジャーまで撃破している、そのような罵倒を受ける筋合いなど無いと思うが・・・。」
やはりというかなんというか開口一番に罵声の通信を受けた。いつものことだし覚悟していたがうんざりする。戦車部隊には自分の顔が割れていないと思うので自分が対応しているが、それでもため息が出てくる。
交渉の際に自分が話すときは意図的に声色を低く話しているが、それでも女性の声だとわかるとヒートアップするのもいつものことだが腹立たしい。
「何のために護衛を雇ったと思っている!こっちが雇用元だろうが!金額分まともに働くこともできんのか!」
通信機越しの野太い声から察するに顔を真っ赤にして叫んでいるのだろう。そもそもこちらに苦情を言うのは筋違いだと思うが、部隊は甚大な被害を受けたのだろう。そうなると、誰かに責任があったと示したいのだろう。企業が大きくなるとこういう責任の所在が自分に来ないように怒鳴り散らす人間が多いことにうんざりする。
「では、破棄してもらって構わんよ。私たちはもうすでに十分な報酬が得られるだけの働きをしたと思っている。
拠点防衛戦でM,A16機、あと先ほどの戦闘でM,A8機とスカベンジャー1機だ、まぁ、貴様らの申し訳程度の援護射撃があったことで半分にしても合計M,A20機とスカベンジャー0.5機だ。たった1機で上げる戦果としては十分じゃないか?」
意図して皮肉気に強気を見せて言い募る。正直、逆上してこのまま破棄してもらえるのが非常に助かる。ここまでの戦果でこちらの実力も分かってくれたと思うし、意図して被害を拡大せずに最大目標の達成を優先して依頼をこなしているのだ。正直、今後も作戦を続けることにはもうメリットが無さすぎる。
「・・・そう来るか・・・。アステリズモよ、いいだろう、ならばこちらにも考えがある。先ほど聞いたのだが、・・・アステリズモの社長はなかなか上玉じゃないか、社長の玉の肌に傷がつけられてはかなわんのではないか?」
―いま、通信しているのが社長の私なのだけど何考えているんだか、この男。
怒りですっと頭の芯が冷えたような感覚がする。
「くだらんな、ホワイトヘザーも名だけが優秀なようだ。たかがスカベンジャー1機に戦車24機もいて敵わなかったということを自分で言っているようなものではないか。外注の戦力が無ければ敵わんと?笑わせてくれる。」
ぶつっという音と共に通信機が切れたことで、ふと、冷静になって言い過ぎたと反省した。あの拠点の指令の部下だったことを忘れてホワイトヘザーの名前だけから考えてしまった。通信機が静かになっていることを考えると、もしやもしたら直接殴りこんでくるかもしれないと思って、切り替えてケイティを呼び出そうとするとケイティ側から通信が来て少し驚いた。
「アイーシャ、通信を聞かせてもらったわ。よく言ってくれたわ、身の程知らずには少し痛い目を見てもらいましょ。ファルフリードもその気だから。アイーシャはそのまま部屋で待ってて。」
ケイティの怒気をはらんだ声が通信機から届く。恐らく通信を共有モードで聞いていたのだろうが・・・、ファルフリードに後でやっぱりケイティは怖いと訂正しておかなきゃいけないなと思う。怒ると普通に怖かった。
中にいてほしいと言われてもと思い、アイーシャは自分のことが原因の話だったら見届けなければならないだろうと、とりあえずハッチに向かうのであった。




