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第1話 戦闘待機 アステリズモ内、打ち合わせ

 どうやら周囲の救助活動はひとまずの終息を迎えたらしく、周囲からひっきりなしに聞こえていた指示を呼びかける声などは聞こえなくなってきている。

 アステリズモのトレーラーには待機用のブリーフィングスペースや長距離移動用のベッドルームなど多種多様な施設が整備されている。アイーシャとクルガンはブリーフィングルームでファルフリードから提出された報告書をにらみつけていた。


「それで、あのあと指揮所で色々と話していたみたいだけどこれからどうなりそう?」


 アイーシャは目を通し終えた報告書を机に置き、体を伸ばしてクルガンに問いかけた。


「そうですね、ひとまず第一次救助活動は予定通り3時間後に実施されるそうです。無事、戻ってくればと付け加えられましたけど。」


 クルガンに目を向けるとどうやらとっくに読み終わっていたらしく、別の報告書を眺めている。


「無事に、か。救助部隊が襲撃を受けているかもしれないものね。」


 アイーシャは口に手を当てて考え込んでいると、クルガンは困ったような笑顔をしながらつぶやいた。


「ただ、十中八九無事に帰ってきますよ。ミッションは恐らく継続します。」


 やけに断定的にクルガンが答えたことにアイーシャが不思議な表情を向けるとクルガンはなんて事の内容に答えた。


「まぁ、その筋では有名な話なんですが、ホワイトヘザーの救助部隊にはある悪名があるんですよ。」

「・・・悪名?」


 アイーシャはなんて事の無いように答えるクルガンのいつもの笑顔に少し影が見えた気がした。


「人さらい、です。」

「救助部隊が?なんで?」

「救助された後に救助された人々はテストを受けた後、それぞれホワイトヘザーが用意した再就職先に配属されるんですよ。そこに、個人の意思は関係ないんです。ま、衣食住が用意されている状態で何を言うか、と誰もが思いますが、ね。そうやってホワイトヘザーの実行部隊にとって優秀な人間を育てるんですよ。」

「それが何で人さらいなんて不名誉な名前が付けられるの?」

「そうですね、救助された人同士は連絡が取りあえるのですが、されなかった人とは連絡ができなくなるんですよ。そうして残された人と離ればなれになって、家族の関係もなくなるんです。なんで、残された人たちからは人さらいと呼ばれてしまうんですよね。」


―救助という名目で働き手を確保して連絡させるからそんな不名誉なあだ名をつけられてしまうということなのかしら?


 アイーシャは今のクルガンの様子になんとも落ち着かない気分を味わっていた。

 クルガンからなんというか、『いつもと変わらないように話をしている』と感じるのだ。正直、こういう業界ではあまり、身の上話を聞くことはタブーのような気がして聞けない。いつもと違うようなクルガンが心配で気になるが聞いてもよいだろうかと逡巡してしまう。


「クルガンはホワイトヘザーと何か関わりがあったの?」


 結局のところ心配が勝り、何が聞きたいのか収集がつかないまま聞いてしまった。断られたり、はぐらかされたりすればそれまでだと思うことにする。


「・・・?いきなりなんですか?」


 まぁ、それもそうだろう。クルガンもいきなり話が途切れて、しかも踏み込まれたことを聞かれたら驚くだろう。


「いや、いつもと違うような気がして・・・、心配だったの。いきなり話変えてしまってごめんね。」


 何ともバツが悪いような気がして後頭部をかきながら横を向いて謝る。


「いえ、心配をかけてしまうようなことは何もないですよ。私とホワイトヘザーの人さらいの下りとは全く関係ないんですよ。ただ、ホワイトヘザーとは少し関わったことがあるんです。心配していただきありがとうございます。」


 これ以上、踏み込んで聞いてしまっても答えてくれはしないだろう。話を戻すことにする。


「いや、なんか話の腰を折ってしまってごめんね。それで、人さらいだっけ?」

「そうなんですよ。残された人からすればこれほどやるせないことは無いですよね。そんなこんなで不評なんですよ、ま、それはともかくですが、六番街は最近、産業で成り立っているわけですよね。」


 どうやら、いつも通りのクルガンに戻ったようでなんとも安心する。


「そうすると、襲撃を受けるからって働き手がいなくなってしまったら困るってこと?」

「そうなんですよね、半ば強引に救助活動すすめちゃうもんですから、六番街のトップにとってはこれほど嬉しくないというか余計なお世話ってことは無いってもんです。」


 肩をすくめてクルガンはため息をつく。


「生産者のいなくなってしまう街はなかなかしんどいと思いますよ?せっかく自治区なのにホームからの支援が無ければ立ち行かなくなってしまう、また、逆戻りってなもんです。」


 ふと、ここまでの話を聞いて疑問がわいた。


「あれ、そうすると、今回の襲撃って航空機に対してってことの可能性がある?」

「そう推測することも可能です。救助活動が始まったのであれば航空隊が来ていてもおかしくないですし、航空隊が離着陸するスペースだけでも襲撃成功すれば救助活動を行うこともままならなくなりますから。」

「だから、救助部隊の本隊は無事だと?」

「えぇ。救助部隊の襲撃が目的ではなく、救助そのものを取りやめさせたければ拠点を襲撃しますよね。その証拠に救助部隊は襲撃の情報を受け、活動もそぞろに引き返していますから。わざわざ武装している組織を襲撃はしないってことです。ですので、武装がしっかりしている救助部隊は無事です、というわけです。しかも今回の奇襲のせいで拠点防衛用の戦力を割くので恐らく救助部隊の護衛戦力は大幅に下げられることが考えられますから・・・。やはりこれから忙しくなると思いますよ。」

「・・・そう、ね。それじゃあ皆にもこのこと伝えないと。それにそろそろお昼ご飯の時間でしょ?みんなの分なんか適当に用意しておくわ。」


 時計を見るとそろそろ時間は昼に近づいてきている。高速戦闘をするファルフリードはそんなに食べられないだろうけど他のみんなには普通の食事を用意してあげたい。

 焦ったように席を立ち、アイーシャはブリーフィングルームの扉を開ける。後ろではクルガンはいつも通りの笑顔に戻り別の報告書に目を通し始めた。


「えぇ。お願いします。楽しみにしていますよ。これから本当に厳しい戦いになる可能性が高くなってしまいましたから。」


 最後の方はうまく聞き取れなかったが、結局やることは変わらないのだ。そもそも、交渉事すら結局クルガンに助けられてしまったから、何か自分でみんなにできることがほしい。

 今は自分の若さと経験の無さが恨めしい。毎回のことなのだけど焦る気持ちで心がどうにも押しつぶされそうな気がする。

 トレーラーの中は空調が聞いているため涼しいはずなのだが妙に暑く感じるし、明るいはずの廊下がどうにも暗く感じてしまう。今はせめて自分のやれることを一つずつやっていくしかないと自分に言い聞かせながらアイーシャは足早にトレーラーのキッチンルームへ向かうのであった。



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