第1話 日常 買い出しはまとめて
第1話、始まります。
日常パートは若干文字多め。
この星には一番街から十番街までそれぞれの街が整えられており、それぞれの人口は平均で7000万人近くいることになっている。一つの街区の広さは100平方キロメートル近くあり、それぞれの街から出ずに一生を終える人々は多い 、のだが、今日はこのうだるような暑さの中、五番街の北区には多くの街の出身者が街に溢れていた。
通常、街区の移動は許されていないが、この2週間だけは五番市のため特別な許可が無くても許されている。
五番市では通常生活していれば手に入らない様々な街区に存在する物がこの場所に紆余曲折を経て出並ぶのである。人々は観光に、また掘り出し物を探すためこの場所に来る。
街の政府機関が行うこの市の歴史は古く、始まりはそこに住む人々による盗品市だったのだが今は扱うものは盗品だけでなく、正規の企業もわざわざこの日のためだけに製品を輸送するほどである。
五番街は拡張に拡張を加え続けられた都市でもあり、道は入り組み裏路地にも人は溢れている。この街はある程度の治安が確保されているため裏路地に入っても日も高いうちに絡まれることは少ないので、狭い路地に日陰を求めて座り込む人々が多くいる。
「ふー。人ごみを抜けると多少は涼しいわね。でも、いやー、暑い!!人も多いからさらに暑いわ!!」
「アイーシャ、それでもいいものが買えて良かったってもんじゃないか。」
アイーシャと呼ばれた小柄な若い女性が少し路地に入り、叫んでいた。青みのかかった黒色の髪を後ろに束ねて活発そうな風体をしているが、顔立ちは落ち着きがあり、年齢が19と一応まだ未成年であるということを聞くと、聞いた多くのものがその若さに見ることができないというだろう。
「そうね・・・。もう行き始めて6年になるけどさらに人も規模も増えているのよね。その分、粗悪品も増えてるし」
「6年って、アイーシャは13の頃から行ってるのか?その頃は、あー、父親と?」
「そうよ?ファルフリードに会う前の1年は行けなかったけど、父さんが生きているうちはいつも一緒に連れて行ってもらってたわ。その時から行ってるけど、年々五番市は観光地化してるわね。昔に比べて定価に近付いてるし、関所に払う金が多くなってるもの。」
短髪の茶色の髪に長身痩躯のくたびれた男は今回の戦利品を、その細見の体からは想像できないほどの量を抱えている。配送手段があれば送ってもらっているが、配送できない小物を抱えているだけでも今回の戦利品はかなりの量となっている。若干顔色が青白く見えるのは体調が悪いからなのだろうが、前を歩くアイーシャはそれに気づいた様子はない。
アイーシャはいつもは敬語で話してくるファルフリードに、二人きりで出かけるときは敬語をやめてもらうように頼んでいる。
こちらの方が親しみを感じて話していて心地よいのである。
この時期の五番街は昼は湿気を多く含んだ暑さになりがちで二人とも薄着なのだが、日向にいて動いているとあっという間に汗が滲んでくる。アイーシャとしては住み慣れた七番街にくらべると涼しいと感じているのだが、周りを見ると暑さにばてている人たちも多く見え、何をこの程度でへばってしまって、と思ってしまう。
今回の五番市は当たりで多くの掘り出し物を手に入れることができた。しかも、前回のアルケーの依頼の報酬で台所事情としてはかなり潤うことができた。他の社員にも協力してもらったけど思いっきり締め上げて巻き上げておいた。
これでしばらくの間は整備と生活に困らないだけの潤沢な資金がある。あれから3か月たつが当分は荒事を請け負わなくても問題ないだろう。
「それにしても、パーツの値段はどんどん下がっているわね。お父さんがスカベンジャータイプのM,Aに乗り始めた時なんてパーツなんて出回っていなかったからわざわざ作ってもらってたものだから値段がすごいことになっていたんだから。」
ファルフリードが抱える袋の一つからパーツを取り出す。
「このシリンダーコアなんて関節とかに欠かせない消耗品パーツなのだけど3年前は市場価格で大体3,000クレジット必要だったのに今は掘り出し物価格とはいえ良品が1,600クレジットよ。3年で半額なんてペース的におかしいわよ。」
「そういうものか?それだけM,Aが進化してきているって話にもなるのか?」
「それもあるだろうけど、大量に作られなきゃこんなことにならないわ。これから全ての軍事兵器がM,Aにでもなるんじゃないかしら?」
「あれの操縦は結構コツ必要なんだがなぁ?操縦技術がそこまで高水準になるとも思えないんだが・・・。」
「あるいは、別の理由かもしれないけど、ね。それより、当面必要なものはこれで全部よね。何か欲しいものある?思ってたより安く済んだから買えるわよ?」
「・・・なら、水が欲しい。」
思ったより弱々しい声にぎょっと振り返ると、ファルフリードは顔を青くしており明らかに暑さにやられているのであった。
「早く言ってよ!もう!」
連れまわした自分も自分かもしれないが、と思いつつ日陰を探すアイーシャであった。
「用心棒失格じゃないの、それじゃ・・・。」
いやぁ、面目ないと言いつつ横になるファルフリードを、やっと見つけた日陰で扇ぎながら様子を伺う。この男は荒事にはめっぽう強いがだらしないやら無頓着やらでどうしようもない男なのだ。
うーむ、とうなりつつ寝返りを打つ姿から先日の戦場での姿は全く想像できない。そもそもこの男と出会ったところも、飢え死にしかけていたところに出会っただけだ。
日陰に入っても 湿気のせいで日陰に入った心地にならないのが五番街の特徴だが、路地裏といえども、車両が通り抜けられるだけの道幅が確保されているためか体を止めて風通りを感じることができるので 多少涼しさを感じる 日陰でじっとしていれば穏やかな昼下がりの空気としてはある意味理想的であるともいえる。
ファルフリードの様子も落ち着いたようで、そういえばあそこの屋台がおいしかったや、市に出並んでいた商品について語り合いつつ時間が過ぎていく。
「そういえば、ニコはどうだ?」
ふと、ファルフリードがこちらを向き問いかけてきた。ニコというのは先日の救出作戦でファルフリードが救出してきた少女のことだが、どうやら行く場所が無いらしく、かといってそのままさよならというのは心苦しかったので、仕事ができるか聞いたところ電子制御系のプログラムができるとのことであったのでうちで雇い始めたのであった。
「仲良くやってるわよ?ケイティとも気が合っているみたいで、最近3人でお茶しているわ。」
拾ってきた責任でもあるのかしらと、的外れなことを考えながら答える。ケイティはアステリズモにいる腕利きの経理兼整備士だが、自分以外の唯一の女性で尊敬する女性の一人だ。
「そうか、いや、思ったより制御系の知識が深くてな、俺としても助かってる。その辺の経緯っつーか、どこであんな知識を手に入れたんだか気になったんでな?」
「ううん、あまり聞いてないし、喋ろうともしていないかな。ケイティもほめてたけどそんなにニコの腕ってすごいの?」
研究施設では色々やっていたようであるが、ニコにきいても、現場はかなり分業をされてあったため、自分でも何を作っているのか分からなかったようだ。大企業ともなるとそんなこともあるのだろうか?
「そうだな、技術者としてはかなり優秀だと思うぞ。ただ、あの年齢でと考えると異常だ、かな。」
あの年で研究施設にいたのだから、優秀なのは想像できたがそこまでだとは思わなかった。でも、なぜアルケーに救出されずにアステリズモに来てそのまま所属しているのかはよくわからない。うちは極秘作戦や戦闘行為の依頼を受けるのはごくまれだから、特に素性が分からなくても問題ないのが救いだ。正直、有能な人物が格安な給料で働いてくれるのは非常に助かる。
「助かるからいいけど、ニコはそれでいいのかしらね?」
「いいんじゃないか?ニコもそれでいいって言ってんだし・・・。と、悪かった社長。とりあえず、回復できた。」
体に着いた埃をぱたぱたと払いながらファルフリードが申し訳なさそうにしながら立ち上がった。
「いいのよ、荷物持ちだってさせてしまってんだから。それに、こういう時は社長じゃなくてアイーシャって呼んでよ。」
照れ隠しなのだが、よくわからない言い方になってしまったが、こういう時間は嫌いではないのだ。
「そうか、すまんアイーシャ。埋め合わせにどこか行きたいところにつきあうぞ。」
「いいの?じゃあ、さっきおいしそうな店を見つけたの。そこ行って今日は帰りましょ。」
困ったような笑顔でファルフリードが埋め合わせを申し出てきたので、遠慮なくその手を取って日の光に向かって歩き始めた。
食事に行ってしばらく道を歩いていると布を取り扱っている出店が見えた。どうやら高級な布も取り扱っているらしく店を眺める人々も身なりが良い。
「あーゆう人は布買う必要ないじゃない?なんで買うのかしらね。」
―暮らしがいい人は服を自分で作るなんてしないでしょうに、なんで買うのかしら。
「ステータスに欲しいんじゃないか?自分で選んだ布を自分で選んだ店で仕立ててもらうことにしたいんだと思うぞ?ある程度金があれば何に金を使っているかすら周りから見られるようになるのさ。」
「そういうもの?父さんはしてなかったと思うのだけど・・・。」
自分には理解できない感覚だ。先代社長であった父さんも特に着る物とかに金はかけてなかったように思う。自分の仕事と人の命にかかわることについては非常に金払は良かったと記憶しているけど、基本的にぜいたく品を買っているのは見たことない。
「いやぁ、噂を聞くと結構金遣いは豪快だったらしいぞ?この前入った店で聞いたんだが、生き方が気に入ったってその店の娘さんの身請け人になったって逸話があるそうだ。」
いやぁ、うらやましいと笑いながらファルフリードが言ってくる。そのお気楽な姿にアイーシャは半眼で睨みつける。
「聞きたくないわよ、父親の恥なんて。一応、娘の目から見ると両親仲睦まじかったんだから、そんなことしてないと思うんだけど。」
―でも、確かにあれだけ仕事も有名だったのだから、もっとお金持っててもおかしくないはずなのだけど、不思議なのよね。
考え事をしながらぼうっと歩きつつ横目に交渉を見ていると、ファルフリードがふと止まった。
「なぁ、アイーシャ。ご近所さんの・・・ヨアンナさんだっけ?子供産まれるんだっけか?」
「いきなり何?でも、そんな話聞いたわ。予定日はまだ少し先みたいだけど。」
真意が分からず聞き返す。
「あー、そのヨアンナさんって出生登録して預けんのかな?」
この星で生まれた場合は法律上例外なく出生登録する決まりになっているが、六番街から十番街に住む人々は登録していない人も珍しくない。
出生登録をするとホームから教育が割り当てられた上に仕事の方向性も決められてしまうので 自分たちで稼業を開いている場合はあまり好ましくないと捉えられている。かくいう私も実は登録されていない。恐らく、うちの会社にいるのはアルガスとニコを除いて誰も登録されていないと思う。
ニコは登録されているのかは聞いていないが、中央の企業に雇われていたのなら出生登録されていた可能性が高いだろう。
「ヨアンナさんは畑持ってたし、周りが子供を育てている姿を見ていたからしないんじゃないかな?」
自分たちのいる街では稼業を持っていなければ出生登録することはあるのだろうが、基本的に生業がある人が多く、そうでない人も親戚の稼業に働きに行くこともあるので基本的に登録していない人が多い。
「なら、服作れる布は喜ぶかね?」
言わんとすることは分かるが、そもそも布を買えるだけの手持に余裕なんて持っていないが、ファルフリードは楽しそうに話しかけてくる。
「うーん、そんなお金ないけど・・・。」
「まぁ、聞いてくるさ。」
その服を売っている屋台は展開式となっており、まるで高級店のようにきれいに商品が陳列されている。その商品も分かりやすく、手前には値打ち品の安い布を置き、奥には明らかに高い布が鎮座するように置かれている。
どうやら陳列だけでなく雰囲気にもかなり気を使っているようで、屋台の中は綺麗に掃除もされている。
「すごいわね・・・。」
自分が感嘆して店を見回している間にファルフリードは店内を無遠慮に入っていき、店主に声
をかけていた。
「すまん、ちょっと聞きたいことがあるんだが・・・?」
「おや?どうしました?何かご入用のものがございますか?」
ファルフリードはにこにことしながら店主に声をかける。正直、奥のこぎれいな場所に入りにくいので遠目に眺めていると、店主の顔が強張っているのが見える。
色々と更に話し込んでいたが、店主はガックリとうなだれて手を振りファルフリードに中程度の品を一反そのまま渡していた。
「・・・どうやったの?」
「ん?さっき渡していた品は明らかに偽物だったんでな。ちょっとかまかけてお願いしただけさ。」
なんてことないようにファルフリードが語るが、高級な布なんて出会うことなんてないだろうに。
「昔、ちょっとこういう人たちと仕事したことがあったんでな、それとそっくりだからつ
かえた手口さ。」
「・・・どういうこと?」
「いや、単純にヴィンテージ品というのはいろいろと落とし穴があるのさ。あの布は三番街南区の自然繊維を使っているって話だったんだが、当時は三番街で自然繊維を作り始めたばかりで四番街って書かないと売れなかったんだよ。で、さっき小耳にはさんだのが、まさにその部分だったから運が良かったのさ。」
「いや、本当にあなたってわからないわ。」
笑って、布を肩に担ぐファルフリードの姿に苦笑しながら、アイーシャはまた歩き始めたのだった。