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襲名の時



 結局あの日は宗春さんと会えないまま帰宅することになった。


 クリスマスプレゼントを真希子さんと隆宗さん、それから宗明さんと大八さんに渡し、宗春さんの分は預けて。

 中身は久世家のみなさんには色違いの薄手のセーター。

 ノルディック柄って呼ばれているらしいんだけど、首元から胸の辺りまでレトロな幾何学模様が編み込まれている。

 真希子さんは臙脂色で隆宗さんは灰色、宗明さん緑色で宗春さんは紺色を選んだ。


 いつまでもラブラブな二人は「お揃いね」って嬉しそうだったけど、宗明さんは反応に困っているような感じだった。


 ごめんなさい。

 でもすごく可愛くて、絶対に似合うと思うから。


 大八さんには手触りの良いマフラーをあげたらその場で首に巻いてすごく喜んでくれた。

 えへへ。


 そんなこんなでお仕事と事務所の掃除をこなして無事に仕事納めを済ませた後、二十九日だけで家の大掃除を集中して終わらせ、着替えの入った荷物を抱えて千秋寺へとやってきた。


 年越しするためお寺は忙しいらしく真希子さんからSOSが出たからだ。


 普段からマメにお掃除しているけど、天井の煤払いとか高い所の清掃を徹底してやるらしいので私も気合十分。


 薄いTシャツの上にマフラーを巻いた大八さんと共にせっせと本堂の掃除に明け暮れ、途中で真希子さんの美味しいご飯やお菓子をいただき休憩しながら一生懸命励んだ。


 心地よい疲労感と満足感に満たされ、みんなで夕ご飯を食べて、順番にお風呂を済ませて就寝の予定だったんだけど。


 ご飯を食べた後で隆宗さんが話があるから全員本堂へ来て欲しいってお願いされて。

 みんなそれぞれ立ち上がる。


 なんの話だろう。

 龍姫さまと天音さまについてかな?


 宗明さんは少し首を傾げているし、宗春さんもパチパチと瞬きをいつもよりしている。

 真希子さんだけは平然としているから内容を知っているのかもしれない。

 大八さんは自分には関係ないって思っているからか一番最後をゆっくりとついてきていた。


 隆宗さんが菱形の灯篭に火を入れて、仏さまの前の蝋燭にも次々と火を灯す。

 流れるような動作は何度もその行為をしている人特有の優雅さと余裕があって、丁寧に一体一体に手を合わせてから畳に座っている私たちの前の段に立つ。


「宗明、宗春」


 名を呼ばれて何事だろうかと緊張しながら二人は隆宗さんの前まで移動する。

 手で座るようにと促され右側に宗明さん、左側に宗春さんがすっと腰を下ろした。


「今回お前たちがこれまでにどれほど修練し、技術を付けてきたのかを見せてもらったが」


 隆宗さんは姿勢良く立ったまま二人の息子に視線を向け言葉を切った後、残念そうに息を吐く。

 静かなお堂の中に響き渡った隆宗さんのため息は空気を動かし、そして宗明さんと宗春さんの背中に緊張を走らせた。


「足りないものばかりが目についた――宗春」

「はい」

「お前は兄である宗明が役目を継ぐと決めつけ鍛錬を怠っている。私は誰に跡を譲るか明言していなかったはず」

「ですが長男が家業を継ぎ、次男はあくまでもその手助けと有事の際の保険として在るべきだと」


 宗春さんが反論をし始めた途端に隆宗さんは眉を吊り上げて低い声で唸るように叱った。


「そんなことを誰がいった?誰がお前にそれを教えた?」

「それは」

「誰もいってはいない。私もお前たちの祖父でさえ恐らく口にはしていないはず。ならばそれはお前が勝手に真実と思い込み、間違った方へと思考を進めた故の盲信」


 未熟者がなにを覚った気になっているのか――それこそ傲慢であると説いて隆宗さんは厳しい眼差しをそっと閉じる。


 心を落ち着かせるようにそっと鼻で息を吸い、口から細く吐き出して。


「宗明。弟である宗春が誤った道へ進んでいるのを黙って見ていた罪は重い。しかし己にない宗春の天性の才に怯え、己の凡庸さを憎んでいるお前がどれほど努力したか知らぬわけではない」


 それが長男としていずれ千秋寺を背負っていかねばならないという責任感と強い信念から成されたものということも。


「お前たちは誰に似たのか。頭が固く思い込みが激しすぎる」


 しゃんと背を伸ばして座っていた宗明さんもいつしか項垂れて、真っ直ぐ隆宗さんを見上げていた宗春さんは壁の方へ視線を向けている。


 まあ家族じゃない私や大八さんがいる前で耳が痛いことをいわれたら落ち込むのも不貞腐れたくなる気持ちも分からなくはないけど。


「私の役目をお前たち二人に譲ろうと思う」

「え」

「それは」


 驚いた二人がもう一回隆宗さんへ視線を集める。

 隆宗さんは満足げに微笑んで優しい声で二人の息子の名を呼んで。


「今の時代はもっと柔軟にならなければ。実際問題として一人で全国を回り、妖や悪霊を祓い続けるには依頼が多すぎる。愛しい妻の傍にいられるのは年に数回しかないんだぞ。そんなの耐えられるか?」


 だから。


「兄弟二人で分け合い、助け合えれば、怪異で困っている人たちの元へ迅速に向かうこともできるし」

「大切な家族と一緒にいる時間も増えて一石二鳥ってことよ」


 言葉の最後を真希子さんが奪ってうふふっと楽しそうに笑うと二人は視線を絡めて蕩けるような顔をする。


「あー……つまり引退して母さんともっと一緒にいたいってこと」

「そういうことだな」

「呆れた」

「全く」


 宗春さんに同意して宗明さんも深く頷く。


「あのな。一応これは達真たつまから頼まれたことでもあるんだぞ」


 なにやら達真さんの所の一番上の娘さんが僧侶の資格を持っている男性とお付き合いしているらしく、ゆくゆくは結婚して達真さんのお寺を継ぎたいらしいって話が出ているらしいんだけど。


 突然達真さんのお寺の話が出てきたので隣に座っている真希子さんにこっそり尋ねると笑顔で教えてくれた。


「普通お寺って檀家さんがいらっしゃって、その方たちのお墓の管理とかお盆やお彼岸のお参りとか月命日とか色々なお勤めがあるんだけど、千秋寺うちは妖関係で外に出ていることが多いでしょ?だから日常の細々したお勤めは達真さんがやってくれてるのよ」


 達真さんのお寺である百古寺は千秋寺の分家に当たるお寺で、そこに跡継ぎの男子がいなければ千秋寺の跡を継がなかった男性が住職として入るらしい。

 だから達真さんは娘さんの結婚相手に跡を継がせたいということを隆宗さんに相談したんだって。


 千秋寺とは違って地域密着型のお寺で住民との距離も近いからイベントをしたり、本堂でお習字教室をしたり。

とにかく人の出入りが多いお寺なんだそう。


 更に除夜の鐘とかも達真さんのお寺である百古寺ひゃっこじに商店街の人たちが集まって突いて、焚火の前で暖を取りながらわいわい年越しをするんだって。


「明日は達真さんのとこのお手伝いに行くの。午前中は餅つきをして、午後からは夜のために準備をして」


 忙しいわよって声を弾ませる真希子さんはとっても楽しそうで。

 私も今までと違う年越しを期待してなんだかわくわくしてきた。


 話が逸れて浮き浮きした空気になったのを隆宗さんがこほんと咳払いで引き締める。


「いきなり全てを任せようとは思っていないから安心しろ。年明け後日程を検討し、然るべき日に襲名の儀を執り行うからその予定で心づもりをしておくように」

「はい」


 恭しく頭を下げた二人の呼吸はぴったりで上げたタイミングも同時だった。


 正反対なようで似ている不思議な二人。


 これを期に宗春さんの自分には価値がないって気持ちが変われたらいいな。

 そして宗明さんも重たい荷物を半分ずつ分けた宗春さんと仲良くなれたらもっと嬉しい。


 時間の流れも、時代も。

 変わっていくのはなにも悪いことばかりじゃないんだよね。


「クゥン」


 隣に座っていた白が首を伸ばして頬をペロリと舐めてきた。

 青く澄んだ瞳がキラキラと輝いてまるで「そうだよ」っていってくれているみたいだ。


 白の首に右手を回してぎゅっと抱きしめると太陽と森と湿った雪の香りがする。


 もしかしたら夜のうちに初雪が降るのかもしれないなって思っていると「お風呂入ってらっしゃい」って真希子さんに勧められたのでお礼をいって部屋へ着替えを取りに行った。



 翌日。


 真っ暗な中で支度をし、本堂へと向かう外廊下に出た途端あまりの冷たさに「ひっ」と悲鳴が出た。

 暗いのに外が白く輝いているのはうっすらと積もった雪のせい。


 空気も冷え切って痛いし、廊下がすっごく冷たいんですけど。

 私は靴下はいているからまだいいけど、隆宗さんを含む僧侶の方々は裸足なんだよね。


 よく我慢できるなぁ。


 しかも僧衣だったり作務衣だったり、温かそうとはとても見えなくて。

 きっと厳しい修行をしているうちに寒さにも強くなるんだろうな。


 そういえば大八さんも裸足なんだけど彼は火車っていう火に属する妖なのでそもそも寒さとか感じにくいんだって。


 そんな大八さんにマフラーって迷惑だったかもしれないんだけど、すっごく喜んでくれて部屋の中でも着けてくれているから外したらどうですかなんて私からはとてもいえない。


 次なにかプレゼントする時はよく考えて選ばないとね。

 うん。


 隆宗さんがお寺にいる間はお勤めの間、中央の紫の座布団に座るのはもちろん隆宗さんだ。


 伸びやかな隆宗さんの読経に宗明さんの深く響く声と宗春さんの涼やかな声が重なり、混じりあっていつも以上になんだか華やかに聞こえる。


 蝋燭の火までもが嬉しそうに踊り、お堂の壁に影が濃くゆらゆらと揺れた。


 じわりじわりと染み込んでくるお経と心落ち着く香の臭いに包まれて私の体の細胞までほろりほろりと解けていく。


 ああ。

 やっぱりすごい。


 この人たちは本当にすごいんだなって感じる。

 でもそのすごさを言葉で説明することは難しくて。


 体を流れていく音に身を委ねているといつしか寒さも無くなって、気が付けば一時間があっという間に過ぎていた。


 朝のお勤めが終わったことにすぐには気が付けずにぼうっとしていたら宗春さんが前に立って眉を寄せて嫌そうな顔をする。


「なに泣いてんの?気持ち悪い」

「え?泣いてなんか、あれ?うそ」


 いわれて疑いながら手のひらで顔に触れたら濡れててびっくりした。

 しかも結構な量流したらしく、お尻が隠れる丈のゆったりとしたセーターの上とジーンズもポタポタと水滴が。


「ひゃああっ」


 赤くなりながら涙を手で拭っていると宗春さんがポイッとハンカチを膝の上に投げてきた。


「ありがと、ございます」

「どういたしまして」


 眼鏡を左手で浮かせてハンカチを目元に当てるとふわりと宗春さんの匂いがして固まる。


 いやそりゃね。

 宗春さんのズボンのポケットから出てきたんだからするよ。


 当然。


 でもなんか一気に宗春さんの香りがする布団を奪って寝てしまった日のことが蘇ってきて頭の中がボンって爆発したみたいになった。


 あー!もうっ。

 なんなんだろう、これ。


 やだやだ。


 ちょっと待って。


 なんかぐちゃぐちゃしてて、感情がグルグルしてる。


「あの、えと、あの」


 そうだ。

 謝らなきゃ。


 私まだ宗春さんにごめんなさいしてない。


「宗春さん!――ってちょ、白、待って、ちょっと、いいから」


 気合入れて顔を上げた途端濡れたままの頬を白がベロベロと舐めはじめた。

 心配してくれてるんだろうけど今はちょっと大丈夫だから。


「キュン」

「うん。ありがとう」


 鼻先を押さえてなんとか白を引きはがしたけど宗春さんは私たちのやりとりをなんだか興味深そうに見ていた。


 そんなに面白いものでもないと思うんだけど。


「えとですね。この間、宗春さんのお布団を奪って寝てしまった件なんですが」

「ん」

「本当に申し訳ありませんでした。怪我をしてて熱があった人の寝床を奪うなん本当にとんでもないことをしてしまいました。この通りです」


 三つ指ついてぐっと畳に額を着けるように頭を下げると白がなにをしているんだろうという感じで鼻先を耳元に近づけてくる。


 や。

 ちょっと白、今は止めて。


 フンフンって鼻息荒く嗅いでくるから「もうっ、白邪魔しないでよ」って許してもらう前に頭を上げざるを得なくなってしまった。


「別に謝ってもらう必要はないし、どうでもいいから今更そんなことする意味ないよ。鈍い紬より犬の方がよく分かってる」

「犬じゃないです。狼です」

「同じようなもんだよ」


 やっぱり宗春さんにはどっちもたいした違いはないって認識らしく、白が不満そうに喉の奥でグルグル唸っていても取り合う様子もなかった。


「今日は百古寺に行ってもち米を炊く準備とか色々あるらしいから兄さんとそっち行って」

「はい。分かりました」


 そういわれて慌てて宗明さんの姿を探したけどすでにどこかへ行った後だ。

 ちなみに隆宗さんもいなくなっている。


「上着を着て玄関で待ってたらそのうち来るよ」

「そうします」


 教えてくれた宗春さんにぺこりと頭を下げて本堂を出ると、凍えるような寒さにさらされてきゅっと縮み上がる。


 これはちゃんと着こんで行かないと辛いかもしれない。

 上着だけじゃなくて防寒していこう。


 部屋に戻ってセーターの下にハイネックのシャツを着て、ダウンのベストとコートを羽織ってから足元が冷えるなって気づいて、いったんジーンズを脱いで寒い寒いっていいながら急いでレギンスとジーンズを穿いて玄関へ急いだら宗明さんもう来てた。


「すみません。遅くなりました」

「いいえ。沢山着てきましたね」

「はい」


 誰が見てももこもこに着ぶくれてるのが分かるのでちょっと恥ずかしかったけど、寒さに負けて風邪を引いたら良くないからね。


 うん。


「行きましょう」


 靴を履いて外へ出たら参道の上は凍っていてちょっと怖い。

 恐る恐る足を前に出している私を見て宗明さんが「どうぞ」って手を差し出してくれた。


「ええっと」


 これってどうなんだろ。


 私ってそそっかしいから片手を宗明さんに預けた方がいいんだろうけど、両手が空いてないと逆に安心できない気もする。


「転びそうな紬さんを支えるくらいはできると思いますが、俺では頼りないですか?」

「いいえ!そんな、滅相もないです」

「では」


 どうぞともう一度いわれちゃったら断れない。


 おずおずと左手を宗明さんの右手に乗せると指先は冷たいのに手のひらは温かくてなんだか汗が出そう。


 ああ銀次さんと繋いだ時も思ったけど、こういう時ってみんな汗かかないのかな?

 こんな所を宗春さんに見られたらまた激しく嫉妬されていじめられそうだ。


「階段は危ないので遠回りになりますが別の道を行きましょう」


 ゆっくりと歩きだし宗明さんが向かったのは山門の方とは逆の方。

 母屋の横を通って垣根代わりに植えられている山茶花と竹林の間にある細いけど緩やかな坂道を行く。


「この道、初めてです」

「そうですか。ここを下りると丁度裏山の辺りに出て、そこに駐車場があるんです。車でお越しのお客さまはこの道から来ますが、紬さんは電車だったから」


 初めて来た日のことを思い出しなんだか懐かしくなって私はちょっとだけ山門の方を振り返った。

 真っ暗だし母屋に隠れて見えないんだけど、なんとなく後ろ髪を引かれるような気持ち。


「紬さん、前を見てください。危ないですから」

「あ。すみません」


 注意されて急いで前を向いたんだけど、宗明さんはこっちを全然見てなくて、なのにどうして私がよそ見してたのが分かったんだろう。


 不思議だ。


 滑らないように慎重に足を運んでいると段々と息が上がって体もポカポカしてきた。

 宗明さんの手も私の手も熱いくらいになっていて、やっぱりしっとりと汗ばんでくる。


 気になる。

 すごく気になる。


 解いてもらうのはなんか失礼な気がしていえないんだけど、宗明さん気持ち悪くないかな?


 私は別に気持ちが悪いとかじゃなくて、どちらかというと恥ずかしいだけだし。

 こんなことなら手袋してくればよかった。


 後悔と羞恥に悶えていると宗明さんが顔を上向けて「プレゼントありがとうございました」って突然お礼をいわれる。


 白い息がほわほわって寒い空気に滲んで行くのが綺麗で見惚れていると宗明さんの切れ長の目がこっちを見た。


「家が仏教なのでクリスマスを祝ったことがなく、紬さんにプレゼントを用意するという発想が全くなくて申し訳なかったです」

「いいえ。いいんです。私がみなさんにプレゼントしたかっただけなので。いつもお世話になりっぱなしですし」


 そうだよね。

 お寺だからクリスマスのお祝いしないよね。


「迷惑じゃ、なかったですか?」

「そんな。嬉しかったですよ」


 目を細めて笑う宗明さんに私は苦笑いを返す。


「でも家族でお揃いって困ってたじゃないですか」

「ああ、それは。この歳になってお揃いは、ちょっと気まずいというか」

「ですよね。でもあのセーターを見た瞬間みなさんの顔が浮かんで。絶対これだ!って思っちゃったんです」


 だから後悔はしてない。


 たとえ着てもらえなくても、同じ柄のセーターを久世家のみんなが持っているっていうだけで繋がっている気がして。


「私の自己満足なので貰っていただけるだけで十分」

「ちゃんと大切にします」

「はい」


 そんなことを話している間に駐車場へ到着した。

 下の方は全然積もっていなくて、道路が黒く濡れているだけだった。


 なのに。

 なんとなく離す機会を失った手は百古寺の門を潜るまで握られたまま。


 達真さんの二人の娘さん――宗明さんとは従姉妹になる――を紹介してもらった後は宗明さんとは顔を合わせる暇もないくらい忙しかった。


 たくさんのもち米を炊くためにガス釜はフル稼働。

 それだけじゃなくご近所さんから借りてきた炊飯器も頑張ってくれた。


 外が明るくなってきた頃には商店街の男手がやってきて餅つきが賑やかに始まり、まずは仏さまに供える鏡餅が作られて、その後は若いお嫁さんや子どもたちがつきたてのお餅を千切って丸めて。


 わいわい賑やかに餅つきが進む。


 樺島堂のおばちゃんが餡子ときな粉を持ってきてくれたので出来立てのお餅にからめてみんなで朝食代わりに食べたんだけど、すっごく美味しくて、ついたくさん食べ過ぎてしまった。


 それからできたお餅を商店街の人たちに配って午前中は終わり。

 次は夜の除夜の鐘つきのための準備。


 男の人たちは掃除をしてから白いテントを張って、パイプ椅子を並べ、焚火をするために木を組み上げる。

 女の人たちは餅つきで使った道具を洗って片付けてからちょっと休憩して、それから外で動いている男性陣のためにおにぎりを握ってお茶を用意し、それが済んだら夜お参りに来てくれる人たちのために甘酒を振る舞うために動き出す。


 達真さんの娘さんの長女の真耶まやちゃんとは同じ歳だったこともあってすごく話が弾んだし、次女の穂乃ほのちゃんも素直で可愛くてすぐに仲良くなった。


 商店街の人たちとも随分と親しくなったし、私のことを良く思っていなかった妖のおじいちゃん――弦さんってみんなから呼ばれていて頼りにされている――や、パチンコ屋をしている狸の妖、穴熊さんがわざわざ訪ねて来て申し訳なかったあの時の失礼な態度を許して欲しいって改めて謝られた上にお礼まで言われて和解できたから、お手伝いとして参加できて本当に良かったなって思う。


 たくさんの人たちが百古寺の参道に集まり、十二時の四十分前には鐘の前に長い列ができている。


 私はテントの中でストーブに当たりながら甘酒を配る役。

 こうしておもてなしをする側っていうのもなかなか楽しくて充実している。


 ゴーンっとひとつめの鐘が鳴り、みんなが「おお」ってどよめいた。

 子どもたちが「ひとーつ」ってはしゃぎながら数え、次々と人が代わりながら百古寺の鐘が重く豊かな音を響かせていく。


 百を超えたあたりで時間は十一時五十分を過ぎ、後は時間を見ながらゆっくりと進む。

 煩悩の数だけつく習わしの除夜の鐘は、最後の百八つ目を年が明けてからつくんだって。

 ここ百古寺では最後の鐘は達真さんがつくのが決まりらしい。


 百七つ目が鳴って、みんなはスマホや携帯を手にカウントダウンを始める。


「三、二、一」


 一拍開いてみんな吸った息を吐きだしながら「明けましておめでとう!」「ハッピーニューイヤー!」って口々に騒ぐ。


 そんなお祭り騒ぎの中で達真さんの思いのこもった最後の鐘が鳴り響く。


 私はそっと手を合わせて鐘の音を追い、今年も良い年にしようにと静かに決意した。



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