仮の約束
白い尻尾をぐるんぐるんと回してお布団の上から私の顔を見下ろしている白を見た時、呑気に「おはよう」なんて返した自分をどれほど恨んだか。
いくら疲れていたとはいえ怪我人である宗春さんのお布団を奪って私が寝ているなんて本当になんとういうことをしたんだろう。
目覚めた部屋が自分の部屋じゃないことに気づいて飛び起きたけど、すでに宗春さんの姿はそこにはなく。
朝ごはんをねだる白をなんとか宥めて私はとりあえず台所へと走った。
外はすっかり明るくて、この時間帯なら真希子さんがそこにいるはずだから。
味噌汁を作っているのか煮干しの良い香りがしてお腹がぐうっと鳴ったけど、宗春さんにごめんなさいっていうまでは絶対に自分の欲求を優先しちゃいけない。
「真希子さん!おはようございます。宗春さんはどこですか!?」
「あら、紬ちゃんおはよう」
台所の入口に立っている私をおっとりと振り返り真希子さんが笑顔で挨拶してくれる。
お味噌が投入されたお汁の味見の途中だったのか小皿を差し出して「味見する?」なんて早速誘惑してくるので首を振って辞退した。
いや。
それよりも宗春さんの居所を教えて欲しいんですが。
言葉にしなくても必死な顔から察したのかうふふっと笑って真希子さんは「宗春ったらね」と小首を傾げる。
「もうすっかり良くなったからって商店街の方のお手伝いに行っちゃったの。大八さんもまだ帰って来てないし、朝ごはんは隆宗さんと宗明と多恵さんの五人で食べましょうね」
手伝いに出かけたって真希子さんいうけど、昨日の怪我を状態を思えばとても信じられないんだけど。
「良くなったって、本当に大丈夫なんですか?」
「本人が大丈夫だっていうんだもの。わたしには止められないわ。癒し手のお嬢さんは若いけどすごく優秀だって聞いてるから」
癒し手のお嬢さんってもしかして夢うつつで聞いたあの優しい声の女の人のことなんだろうか。
真希子さんがおたまと小皿を置いて水屋の前へ移動しお碗を五つ取り出すのをぼんやりと眺めていると「そんなに心配なら宗春が帰ってきたらちゃんと治ってるか見せてもらえばいいんじゃない?」って肩を竦められた。
「さあ、ごはんにしましょう。宗明を呼んで来てくれる?」
「はい」
「宗明の部屋は一番奥だからお願いね」
さっき謝るまでは自分の欲求は我慢するって決意したのに、私が朝ごはんを食べないままだといつまでも片付かなくて真希子さんが迷惑してしまう。
簡単に意思を曲げてしまう自分に嫌気がさしながら宗明さんの部屋までとぼとぼと歩いて行くと、一番奥まで行きつく前に廊下の向こうから宗明さんが歩いてきた。
目が合って足を止めた宗明さんの顔がいつも以上に固い。
そういえばおやすみなさいを返してもらえないくらいに困らせてしまったんだった。
青ざめて咄嗟に謝る。
「あの、ごめんなさい。朝ごはんです。真希子さんから呼んでくるように頼まれて」
これだとなんの謝罪か分からないけどそれ以上口にできずに俯いていると気配が近づいて来て宗明さんの足先が視界に入る。
「昨日はすみませんでした。紬さんを必要以上に怖がらせてしまいました」
深々と下げられた頭に驚いて一歩下がると白が不思議そうに私と宗明さんを交互に見上げた。
「そんな。頭を上げてください。宗明さんが謝ることないです。私がお節介を焼いたせいで困らせてしまったんですから、謝るのは私の方でしょう?」
「いいえ。紬さんは悪くない」
「いやいや。謝らせてくださいよ」
「いいえ」
真面目で頑なな宗明さんはいくらいっても謝罪を受け入れてくれない。
このままじゃ朝ごはんに遅れてしまう。
しょうがないなぁ。
「分かりました。確かに宗明さんからおやすみなさいが返ってこなかったのはショックだったのでその点に関しては受け入れます。でも一方的に自分が悪かったって思いこむのはよくないですからね」
ちゃんとこっちの言い分も聞いてもらわないと。
「すみません」
「もう謝らないでください。朝ごはんにしましょう」
律儀な宗明さんに背中を向けて朝ごはんの匂いを辿って歩き始めると名前を呼ばれたので顔だけ後ろへと向ける。
「おはようございます」
昨日のおやすみなさいの代わりに朝の挨拶が返ってきた。
思わず笑いながら「おはようございます」と返せば宗明さんもにっこり笑ってくれたからもうそれでいいや。
隆宗さんがいる朝食はテレビは無しで真希子さんはずっと愛しい旦那さまを見ていたし、隆宗さんも愛妻の手料理を「美味しいよ」って幸せそうに食べていた。
宗明さんは両親のラブラブぶりを無の境地でやり過ごしながらいつものように無言で箸を運び、多恵さんも見て見ぬふりで赤ちゃんを片手に抱いたまま黙々と食べている。
私は大好きな真希子さんが大切な時間を嬉しそうに過ごしているのを見ているだけでお腹いっぱい――といいつつ朝食はやっぱり美味しくていつもと同じくらい食べちゃったけど。
食器を洗って片付けてからお掃除に勤しんでいると、大八さんが戻ってきて昨日の裏話的なお話をしてくれたので私は一段落したところで真希子さんに一声かけて商店街へと向かった。
山門を出て階段の上から町の全体を見ると首の後ろが落ち着かなくなる薄紫のベールのようなものがなくなって、薄青い膜が柔らかく辺りを包んでいるのが分かる。
そしてキラキラと輝く流れが滞りなく商店街を通り抜けていてほうっと安心するような、わくわくするような不思議な感じが湧いてきた。
白がぴょんとひとっ跳びで階段を下まで降りて、はやくといわんばかりにこっちを見上げてくるけど私はただの人間なのでそんな荒業を使えない。
地道に階段を下りて路地を抜け、商店街の石畳へと出た途端に清々しい風が右から左へと吹いてきた。
「すごく気持ちいい」
これなら結も大丈夫だろう。
今度こそこの素敵な商店街を案内してあげられる。
さっそく菊乃さんが「どこいくんだい?」って声をかけてくれたのでほのかへと答えるとまたお使いを頼まれた。
お金を受け取っていると開店準備のために外に出てきた和良日の直樹さんと恵子さんが「また銀次と来てね」「待ってるから」って手を振ってくれる。
「お義母さんがまた遊びに来て欲しいっていってたから遠慮せず顔出してよね」
「はい。必ず」
山本家のご先祖さまと、それから幸広さんももうここのお仏壇と繋がっているだろうから一緒にお礼をいいたい。
菊乃さんと和良日のご夫婦と約束をして、ほのかへ急ぐ。
時間的には開店してすぐだからお客さんは少ないだろうけど、龍神池の片づけとかでバタバタしてるかもしれない。
最悪お休みの可能性もあるなぁなんて思いながらお店の近くまで行くと稲荷ずしの甘い香りがしてきたのでほっとする。
おもいきり深呼吸していると「紬ちゃんなにやってんの」ってこちらも開店前のお掃除をしていた亜紗美さんに苦笑いされた。
「あ、えと。良い匂いだなぁって、つい」
「自然体の紬ちゃんは微笑ましいけど、女子としてはどうかなぁ?」
箒と塵取りを手にして有り得なくない?っていわれるとすみませんと謝るしかなくなる。
「ねえ。今度さ。また飲みに行かない?ご飯でもいいんだけど」
「いいですけど、週末は年末と重なるので難しくないですか?」
とことこと歩いてきた亜紗美さんが小声で聞いてくるので自然とこっちも声を落としてしまう。
「ああ……そっかぁ。だよねぇ。年明けたらまたバタバタしちゃうしなぁ」
「なんかあるんですか?」
もしかして急いで話したいようなことでもあるのかな?
それなら仕事納めが二十八日だからその夜とかでも都合が良ければ出てくるけど。
「えっとね。実は店を辞めて実家に帰ろうかと思ってて」
「え!?そんな、突然」
「ちょっと声大きいよ」
指摘されて慌てて口を押えすみませんと謝る。
今のお店は伯母さんが経営している雑貨屋さんで。
亜紗美さんは大学に進学と共にこっちに来てバイトしているうちに楽しくなってきて、卒業後は将来自分のお店を持つために勉強のために働かせてもらっていたんだって。
「なんかちょっと疲れちゃって」
手の中で箒を弄りながらため息を吐く亜紗美さんはそれでもちょっとすっきりとした顔をしていた。
悩み抜いて結論を出したんだって分かるから私には止めることもできない。
「諦めようって何度も何度もしたんだけど、近くにいて顔を見てたらやっぱり無理で。絶対振り向いてくれない相手を思い続けていられるほど強くないし、いつだって会える距離にいて気持ちを切り替えられるほど器用でもないし」
だからね。
「やめるの。コン汰のこともお店のことも」
「亜紗美さん」
本当にそれでいいの?
本当に諦められるの?
想いあっているのに。
惹かれあっているのに。
考え直して欲しいけどコン汰さんの葛藤も亜紗美さんの苦しみも分かるから。
「いつ帰るんですか?」
「三月は引っ越しシーズンだからその前にって思ってて」
一月いっぱいで引き払うつもりだって聞いて眩暈がした。
せっかくできた友だちなのに別れが速すぎる。
「……寂しいです」
「うん。ごめんね」
「じゃあ送別会しましょう」
「ありがとう」
またメールするねって亜紗美さんが箒を持った手を振ってお店の方へと歩き出す。
その小さな背中を呼び止めてどうしたのって振り返る亜紗美さん。
なにをいおうかなんて考えてなかったからちょっと困って。
でも二人を応援したかったから。
「もしコン汰さんが宇宙人だっていってもコン汰さんのこと受け入れられますか?」
「は?宇宙人?」
目を丸くした亜紗美さんは笑い飛ばそうとして途中で私が真剣なのを感じ取りきゅっと唇を結んだ。
そして。
「分かんないけど、中身がコン汰なら受け入れられる気がする」
あいつ本当に優しくて。
私のために本気で怒ってくれて。
「だからどんなコン汰でもきっと好きなままだと思う」
色んな思い出が亜紗美さんの胸の中で蘇ったんだろう。
うるうると瞳が濡れてふわっと笑った。
ああ。
恋している女の子って可愛い。
「亜紗美さん、コン汰さんのこと諦めないでください」
「でもせっかく諦めるって決めたのに」
「それは本当にごめんなさい。だけど最後に気持ちを伝えてからでも遅くはないと思います」
諦めるのは。
「でも、怖いよ」
途端に泣きそうになる亜紗美さんに向かって私は大きく頷いた。
その場の勢いで血迷って告白しようとしたけど私だって改めて榊さんに好きだって伝えようと思ったら逃げ出してしまう自信がある。
それでも二人には可能性があるし、二人には幸せになってもらいたい。
「じゃあコン汰さんが実家に帰らないで欲しいって亜紗美さんを引き止めたら」
その時は。
「亜紗美さんの気持ちをコン汰さんに伝えてもらえますか?」
迷うように視線を動かして亜紗美さんは何度も口を開いたり閉じたりする。
そして小さな声で「引き止めてくれたら」って約束してくれた。
「ありがとうございます」
「え、あの紬ちゃん!?」
なにをするつもりなのかって焦っている亜紗美さんに笑顔で手を振って私はほのかの引き戸に手をかけ中へと入る。
「いらっしゃいませ。小宮山さん昨日はお疲れさまでした」
赤いエプロン姿でいつも通り笑顔で迎え入れてくれたコン汰さんにそちらもお疲れさまでしたと頭を下げた。
「大八さんから聞きました。私の勝手な行動を止めさせようって追いかけて来てたおじいちゃんと狸の妖さんをコン汰さんと銀次さんで足止めしてくれてたって」
私の知らない所で動いてくれていたことが嬉しくて出て来たんだけど。
コン汰さんはたいしたことはしていないんだって謙遜する。
「正直おれは商店街のみなさんと争いたくなくて迷っていたんですが、店長は宗明さんの味方ですし、銀次なんかは迷いもせず小宮山さんの方につくっていって」
店長である柘植さんには逆らえないし、宗明さんのお札は怖いしで仕方なくと苦笑いするコン汰さんは優しいからきっと板挟みになって辛かったんだろうな。
そんな彼を更に困らせちゃうことをする私をどうか許して欲しいって心の中で手を合わせながら、ゆっくりとコン汰さんと視線を合せた。
「実はさっき亜紗美さんから聞いたんですけど」
「ああ、ここから見えてましたよ」
なにを話していたか分かっていない様子に安心しつつも、少しは察して焦って欲しい気持ちも出てきて自分の感情を持てあましそうになる。
「亜紗美さん、来月中に片付けて実家に帰るそうですよ」
「え」
意地悪な気持ちのままで伝えた言葉はコン汰さんの顔から笑顔を奪い、それどころか動きさえ止めてしまう。
どうやら考えることも停止してしまっているようなのでもう一度「亜紗美さんいなくなっちゃうんですよ?いいんですか?」と繰り返す。
「そう、ですか」
ぼんやりとしながらの返事を聞いて私はもうっと拳を握りしっかりしてくださいよってカウンターの向こうにいるコン汰さんに詰め寄った。
「実家に帰っちゃったらもう会えないんですよ?亜紗美さん、きっと電話をかけても出てくれなくなりますよ?」
「しかし、亜紗美さんが決めたことですから」
困ったように眉を下げて私の視線から逃れるように顔を逸らすコン汰さん。
確かに最初から諦めるつもりだっていってたからその反応は想像できていたけど正直じれったくてしょうがない。
「亜紗美さんの人生は妖に比べれば一瞬で終わります。その一瞬にコン汰さんが寄り添うことはできないんですか?その僅かな時間の間だけでも妖じゃなくて亜紗美さんの恋人として生きることはやっぱり難しいですか?」
長い年月をかけて忘れなくちゃいけないほど亜紗美さんを思っているのなら、最後まで隠し事を続ける苦しみや努力の上で共に生きていくことだってできるような気がするのに。
「コン汰さんは亜紗美さんの気持ちに気づいているんでしょう?だからいいますけど、亜紗美さん振り向いてもらえない相手を思い続けるのが辛いから、諦めるために実家に帰るんだっていってました」
コン汰さんが息を飲み、今にも泣きそうに細い目を揺らしていた。
本当は好きだっていいたいのに。
それを口に出すことを我慢している。
必死に。
「実は私、この前失恋したんです。初めて男の人を好きになったってことに気づいて舞い上がったまま迂闊にも勢いで告白しようとしたんですが」
「あの、小宮山さん」
突然失恋したエピソードを語り始めた私に「おれなんかがその話を聞いていいんですか」って動揺し始めたコン汰さんがあわあわと両腕を上げたり下げたりする。
「最後まで聞いてください。中途半端に止めちゃったら私が恥ずかしいだけですから」
「はい。すみません」
「で、ありがたいことに途中で邪魔が入って告白はしないままだったんですが、そこで彼が結婚するって聞いたんです。びっくりして頭真っ白になって。でもこんなに素敵な人に恋人がいるのは当然なんだよなって思って」
ずっと色んなことがあって考えずに済んでたけど、こうやって榊さんのこと思い出しながら話してたらやっぱり胸のどこかが痛くてズキズキした。
あれっきり顔合わせてないから今度会う時にちゃんといつも通りできるかどうか分からないけど結婚おめでとうございますっていわなくちゃいけないよね。
「両思いになれる確率って奇跡みたいなものなんですよ?コン汰さんも亜紗美さんも選ばれた者同士なのにどうして結ばれないのかすっごく不満です」
眉も目尻も下げて情けない顔をしているコン汰さんにむかって頬を膨らませて気持ちを表してみる。
「ねえ、コン汰さん。一度だけでいいですから素直になって、亜紗美さんに行かないで欲しいってお願いしてもらえませんか?」
無理強いはできないけど。
どうかお願い。
「ここで止めなかったら後悔しませんか?」
コン汰さんは右手で顔を覆って長い、長いため息を吐きだした。
カウンターの上に着いた左手がぐっとなにかを掴むかのように握りしめられ。
「します」
「それなら――って、うひゃっ!?」
目の前を赤い色がひゅんって通り過ぎた。
後ろでシュタッて着地する音がして振り返ると引き戸を乱暴に開け勢いよく走って行くコン汰さんの後ろ姿があった。
「び、びっくりしたっ」
バクバクと激しく踊る心臓を服の上から押さえ、コン汰さんが亜紗美さんのいる雑貨屋さんのドアの向こうに消えたのを見送って笑う。
「上手くいくといいけど」
「だな」
「ひょわっ!?びびびくりした。銀次さんやめて。心臓止まっちゃう!」
誰もいないと思っていたから油断して緩み切った笑顔をしてしまっていたので頬に手を当てて飛び上がる。
さっきまでコン汰さんがいたカウンターに今度は銀次さんが立っていた。
「心臓止まったら心臓マッサージしてついでに人工呼吸もしてやるから安心しろ」
「っっっ!!絶対に銀次さんの前では心臓止めたりしないようにしなきゃ!」
「そんなんできるの?それも修行の成果?」
心臓を止めたり動かしたりを自在にできんのスゲエなってニヤニヤしながらいうから「知りませんっ」ってぷいっと横向いちゃったけど。
だめ、だめ。
今日はお礼をいいに来たんだから。
ちゃんとしなきゃって深呼吸して気持ちを落ち着けてから銀次さんと向き合う。
「えっと昨日はありがとうございました。陰で護ってくれてたんでしょ?」
「まあな」
ひょいっと肩を竦めて銀次さんはちょっと照れくさそうに笑う。
そんな表情も美少年は絵になるからズルい。
「さっき兄貴にしてた失恋したって話、今度オレに詳しく聞かせてくんない?」
「え!?イヤですよ、なんで銀次さんに話さなくちゃいけないんですか」
「なんでって紬のこと知りたいなって思ってるオレの好奇心を満たすため」
「銀次さんの好奇心なんて私には関係ないです」
「なんだよ。紬を慰めてやりたいってオレの思いやりなんだけど?」
カウンターに肘をついて身を乗り出してくる銀次さんから逃げるために一歩下がる。
簡単にボディータッチしてくるから気をつけないと。
「オレが紬に近寄れない間に勝手に失恋なんかしてんなよ。まったくどこまで鈍感なんだか」
「勝手にっていうけど、好きだって気づいた途端に失恋しちゃったんだから」
私だって不本意というか、悔しいんですよ。
これでも。
「そう拗ねるなって。ほら」
小さな白い袋に赤いリボンがついたものを差し出されて私は首を傾げる。
「なんですか?」
「今日はなんの日?」
「二十四日、クリスマス、イブ」
え?
まさか。
「クリスマスプレゼントですか?」
「亜紗美に相談したら紬は高いものやっても喜ぶような女じゃないっていうから」
開けてみてっていわれて袋の口を開いたら中にバレッタが入っていた。
丸みのあるデザインで白いレースの土台に金の糸で繊細な刺繍が施されている。
中央に小さなパールがお花のようにあしらわれていてすごく上品で可愛い。
「どう?」
「どうって、こういうの初めてで、嬉しいです。あの、ありがとうございます」
似合うかどうかは別として家族や女友達以外で個人的にプレゼントをもらえたことだけでいっぱいいっぱいで。
「っでも、私なにも用意してない」
「いいって」
「よくないです」
銀次さんは必要ないっていうけどなにかお返しがしたい。
だって本当に嬉しかったから。
「じゃあ今度一緒に和良日でご飯食べませんか?」
さっきまた来てねっていわれたし。
今度は私が奢る約束もしてたし。
丁度いいよね。
「分かった。約束な」
「はい!」
いつって決めない約束は気軽で。
でも近い未来への希望だから。
小さな約束も。
大事な約束も。
たくさん結んでできるだけ叶えて行きたい。
そう思った。




