第39話
ーーど、どう言う事だ?どうして……アレがこんな所に。
観客席の1階と2階の間に設けられた貴賓室の一室、他の大司教に混ざり椅子の背にもたれ掛かりながら気もそぞろに試合を見ていた男の頬を、焦燥感が汗と化して滑り落ちた。
ーーいや、落ち着けアルドル。これは彼を捕らえ損ねた失策を挽回するチャンスではないか。
教国からタナシ寺院へと、定例監査の名目で訪れたのがつい数日前。
その道中で捕獲失敗の報を受け、仕方無く滞在期間を消費する為だけに大会への招待を受けたが、本心では泥臭い田舎試合などに男は興味すら無かった。
だがそれが偶然とはいえ、5年前に教国から消失した実験体の発見に繋がった事は彼にとって僥倖となった。
ーーアレがどういう存在なのか、こちらの連中にはまだ気付かれてはいない筈。となれば私が処分を名目に……。
素早く居並ぶ大司教達の反応を盗み見、態度を変えずに如何に実験体を回収するか頭の中で計画を練り、彼は他の大司教に所用が出来たとだけ手短かに伝え、通路の奥にある一室へと足早に動きだした。
その半刻後ーー
嫌な気分だけの試合が済み待機室にいた俺達の元へサシャがやって来た。
サシャの話だと‘‘彼女”は奴隷では無く武器として登録されていたらしい。
それも予選前に棺の中身を検めた時からあの姿だった為に、遺体を使った呪法具という認識で手続きが成されていたそうだ。
然し、‘‘彼女”が生きていた事で話は一転、生体兵器に近い‘‘彼女”を『自分達が厳重に管理する!』と所有権を主張する派と、争いの火種になるまえに『処分するべきだ!』と主張する処分派に、大会委員会の中で議論が真っ二つに対立してしまったらしい。
んで、何で俺に来たのかって〜と、大会中の利権は勝者が主張出来るってルールが存在するらしく、人道的な観点からも俺が所有権を主張してくれないかというのだ。
「はぁ〜、そうは言われてもなぁ……。」
いきなりな話に一人では決められないからと、皆で相談する猶予をもらいサシャには部屋の外で待ってもらうとして、みんなの意見を聞く。
「僕は処分が相当だと思う。別の誰かが同じ事を繰り返すかもって可能性もあるし、危険度は未知数だからな。」
キースは処分派に賛成らしい。控え席から見てただけでも、何かしらの畏怖を感じたんだろう。
「私は人ならば容易く命を奪うべきでは無い…と思います。……例えば誰かが、適切な処置と責任を持って所有するなら…そちらの方がいいと思います。」
メイアはサシャよりと言うか、らしいと言えばらしい答え方だ。
「私は断固反対だ!あれは、人がどうこう出来る物では無い!ユージが危険を冒す必要など無い。」
ニアはやっぱりと言うか、当然な結論で処分派か…。
リリアはどうなんだろう?
「わらわにはアレをどうこうしはると言うのは、決めかねますなぁ。せやけどサシャはんが言う様に、ユージが所有するのが一番ええと思いますぇ。」
ーーいやいや、リリアさん俺を買い被り過ぎじゃね?
ーーそれに、俺が所有するって事の方が大会委員会にとったら、もっと問題になるんじゃ無いのか?
とりあえず一通りの意見を聞き、その辺りの事は如何なのかと通路に待機していたサシャに確認してみようと声を掛ける前に、俺が所有すると結論が出たと勝手に感違いした彼女になし崩し的に議論をしている会議室とかに連れて行かれた。
「いい事、所有権をしっかり主張して!後は私が援護してあげるから。」
「いや、ちょ…話を……。」
部屋に着くまで何度も話し掛けた言葉を遮り、一方的に捲し立てられ続けげんなりとしている間に、いきなり扉を開けやがった。
会議室の中では当然、議論が続いてたんだと思うが…唐突に扉が開いて、キョドったヒョロ男が横向いて(正確にはサシャの方を見てたんだが)突っ立てるもんだから、一瞬にして室内が静まり返り大注目を浴びる。
「君は……誰かの?」
「うぇ…あっお、俺はユウジ・アカギと言います。さっきの試合の勝者チームから代表で来ました。」
真正面に座っていた爺さんの質問に答えると、不審者を見る様な目つきをしてた他の爺さん達の間から、一瞬さざ波の様な小声がザワザワと流れた。
ーーあ~、もうっ、どうにでもなれっ!
半ばヤケクソ気味に開き直って部屋に入る。
「ここに来たと言う事は、君達が大会ルールに従って所有権を主張しに来た…という事かの?」
「はい!」
「ならん!」
腹を括り即答すると左側の列に居た爺さんが即座に異議を唱え、危険物については寺院が処分、管理するのが役目だと主張してきた。
それに対して、後ろから「失礼します」と丁寧なお辞儀をして入ってきたサシャが、黒騎士討伐と鎧の奪還の功績を話し、彼なら大丈夫だと反論を唱えた。
ーーさっきのはタナシ寺院のお偉いさんか?爺さん、サシャに反論されて苦い顔してやがる。
「……確かにその件では、助力を受けたかもしれん。だが、未知の危険性を秘めた物を素姓の知れん者に渡して安全だと言い切れる保障がはたして何処にあるのかのぉ?」
「そっ、それは……。」
真正面の爺さんの言葉にサシャが言葉を詰まらせチラリとこっちに視線を投げかけてきた。
ーーまさかこいつ、爺さんの言いたい事は判るけど、反論の材料に俺の事バラすつもりか?
一瞬だけ合った視線で何とか其れだけはヤメろと告げたのが通じたのか、俯きがちに唇を噛み締めるサシャの姿に胸を撫で下ろす。
「確かに、この場で保障を口に出来る程自身過剰では無いですけど、権利なら俺にもあるんじゃ無いですか?」
俺がそう言うと、また爺さん達は何人かのグループに分かれザワザワしだした。
ーー多分お偉いさんにとっての都合のいい利権ってやつが絡んで、権謀術数が張り巡らされてるから揉めてるんだろうけど……俺はそれで踊らされるつもりはサラサラ無いんだよね。
俺を無視して何時迄続くかも判らない小さな派閥の小競り合いに、うんざりしながら溜息を一つ提案をしてみる。
「あの〜、もし大会に優勝した褒美としてなら納得できますか?優勝出来なかったら権利は破棄しますし、その間に有益な話し合いを存分に続けられると思うんですけど。」
「なっ!?」
一瞬口を挟み掛けたサシャにウインクを一つ、もっとらしい事を口にすると一応は俺にも権利があるという認識なのか俺が話し始めた途端、静まり返った爺さん達が提案を聞いてまた一層騒つきはじめた…。
ーー不味いな。
大会主催者たる豪商や隠居貴族達が派閥を作った所まではアルドルの想定内だったが、不意の珍入者の言葉に皆が騒つく姿を横目に内心舌打ちをする。
ーーそもそも私が賓客としての主張して事を複雑化させるよりも、寺院としての立場を主張しつつアレをタナシに移送すべく流れを作っていたというのに。
アルドルは突然現れたユージを激しく睨みつけたい気持ちに駆られたが、胸の内で深く息を吐き自らが帰国する頃合いに合わせ教国へと持ち帰る為にどうすればいいかを考えだした。
「ちょっと、何考えてんのよアンタ?」
「おいおい、素が出てるぞサシャ。ってか、俺としても聖人君子じゃないんだから、やれる事はこれが精一杯だぞ?」
グイッと襟元を掴み強引に耳元で囁くサシャに苦笑を浮かべながら答えると、物凄い眼つきで睨まれた。
「アンタ、ちょっと自分の事、過小評価し過ぎてない?」
「そんなつもりも無いけど。」
「ふんっ、まぁいいわ。その代わり絶対優勝しなさいよねっ!」
「……は?」
いまいちサシャの怒ってる理由が判らないが、最善は尽くすとだけ答え、爺さん達の結論を待った。
程なくして蜂の巣をつついた様な騒めきは少人数の爺さん達が真正面に座る爺さんに何やら耳打ちして、やっと終わり結論が出たらしい。
「それでは結論から言わしてもらうが、我々は君の提案を呑もう。所有権については優勝後に契約書へ明記してもらうのがいいじゃろう…その上で、こちらも一つ注文をつけたいのじゃが良いかの?」
「ええ、多少の無理ならコチラが先に言い出した事ですから呑みますよ。」
「よろしい、なら優勝後の余興としておる特別枠の試合にも勝つ事と、君は個人戦にも出ているそうじゃが、其方でも優勝してもらおう。」
「はい!」
ぶっちゃけ個人戦での優勝なら油断しなければ問題無いだろう。問題があるとすれば団体戦だが、これだって最悪は俺だけで勝ち抜けるから問題無い。
そう反対したからこそ即答しただけだったが、背後から睨んでいたサシャの眼つきが一層剣呑になった。
「君もそれでいいかの?」
「……わかりました。」
爺さんが同意を求めたサシャは俺の後ろから俯いたまま頭を下げた。
そのまま再度会釈をして会議室を出ると、サシャが下から今にも呪い殺しそうなジト目で数秒俺を見上げ、顔を背けて深い溜息を吐いた。
「……何か言いたい?」
「~~~っとに、馬鹿?いくら強くてもまだ前回優勝者や正体不明の特別枠が残っるのに、な~にが『はい!』よっ、さっき言った言葉は撤回するわ!アンタは馬鹿よ。それも私が今まで出会って来た人間の中で一番の自身過剰な大馬鹿よっ!!」
そこまで一気にまくし立て肩でハァハァ息をする。
「ま、まぁ、流れで決まったんだし仕方ないよ。」
「く~~~~ほんっ~~との馬鹿っ!!!」
サシャの気持ちはわからんでも無いが、馬鹿馬鹿言いすぎだろっ凹むぞ……。
とりあえずサシャを宥めすかしながら待合室へと戻り、さっきの出来事を簡単に説明すると、キースとニアは不承不承といった感じで納得してくれたのに対してニアには拗ねたように顔を背けられてしまった。
それでも優勝する事に異議は無いらしく顔を背けたまま会場へと向かい、割れんばかりの声援を受けながら席に座ると、前回の準優勝だったチームがすでに待っていた。
ーーありゃ?相手はてっきり前回の優勝組かと思ってたけど勝てたのか。
全身鎧を着込んだ5人を見ながらそんな事を思いつつ、慢心しかけた自分に喝を入れる。
「先ずは私から行かせてもらうぞ。」
「ああ、だけど油断するなよ。」
ニアは片手を振りながらいつも通り両肩に大剣を担ぎ中央まで歩いて行くと、相手と向き合いながら大剣を地に突き刺した。
「皆様、2日に渡る団体戦も残す所、あと2戦!特別戦に挑む勝者を決める団体戦の決勝を~~~これより開始しま~す!」
司会の言葉に割れんばかりの歓声が降り注ぎ、ニアが大剣を手に構えると相手は戦斧をゆっくりと棒術の様に回し始めた。
どちらも破壊力重視の一撃武器だ。
ニアは前回と同じく大剣を正面よりやや斜めに構え、連撃の準備体勢に入る。
対する相手は駈け出すつもりなのか、やや中腰に構えながら戦斧を振り回す速度を徐々に上げていく。
数秒の睨み合いが続き、相手が駈け出すのを待ち構えていると思っていたニアが意外にも先に動いた。
っと思った瞬間、相手も駈け出し戦斧の振りが斜めにニアを襲う。
それを見越していたのだろう、咄嗟の攻撃を大剣で完全に防いだ筈だったニアの脇腹に相手の爪先が深々と突き刺さる。
「カッ…ハッ……。」
「二、ニアッ!」
武器に集中し過ぎた隙を突かれた形でニアが体勢を崩した所を今度こそ戦斧の一撃が襲い、弾かれたように大きく吹き飛んだ後、二転三転して動かなくなるニア。
まさか、あのニアが一撃?
相手の巧さに内心舌を巻きながら、その実力に愕然とする。
そこへ医療班が駆け付け、ニアを診断すると頭の上で両腕を交差させ審判が相手の勝利を宣言。
俺もニアに駆け寄った。
「お、おい。ニアは…ニアは大丈夫なんだろうな。」
「幸いにも斧の部分が外れていたらしく斬撃では無いので致命傷には至りません。裂傷と骨が何本か折れ失神していますが、この程度なら治癒法術で適切な処置をすれば後遺症も残りませんので、安心して下さい。」
慌てる俺を宥めるように説明してくれた医療班の言葉にホッと一息。
と、同時にニアを倒した男に沸々と怒りが込み上げてきた。




