第18話
トボトボと路地を抜け大通りまで出ると、既に露天が建ち並び朝市が始まっていた。
ーーやべっ!てっきりまだ早朝だとばかり思ってたのに。
改めて時計の大切さを噛み締めながら、まだ人の数も疎らな疎ら大通りを駆け出し家に帰りつくなり食堂へと急いだが、扉を開け三人が食器を洗う姿を目にしてがっくりと膝から崩れ落ちた。
「おはようございます、ご主人様。どうかなさったんですか?」
「あ、いや…何でもない。と、ところでその〜、朝食はもう?」
「はい。ご主人様がいない時でもしっかり食べる様にと言われておりましたので、つい先程済ませたところです。」
ーーやっぱ手遅れか。
「朝食が必要でしたら、スグに用意致しますが?」
ーーうわぁ~ん俺の馬鹿~っ。
サミアの言葉に自業自得とはいえ昨日の夕飯であの気まず雰囲気には懲りたので冷たい飲み物だけ頼み、重い足を引きずるように自室へと上がる。と、すぐにリズがお茶を持って来てくれたので、それを一気に飲み干し午前中に髭男爵の所へ行ってしまおうと考え、リズに留守を任せた。
「畏まりました。ご主人様。」
軽くお辞儀を一つ飲みきったグラスを持って出ていこうとするリズとホールまで一緒に行き、また街へ向かって歩き出す。
そのまま一直線に商会に向かうつもりが、途中で食欲をそそる匂いに誘われ露店を彼方此方はしごしながら軽く食事を済ませたせいで、商会に着くともう昼前だった。
「こんにちは~。」
勢いよく扉を開けると受付カウンターの手前で、丁度髭男爵と寺院の僧兵が何か相談をしていた最中だったらしく、振り返った二人の視線に渇いた笑みを返す。
「……では、宜しく頼む。」
「はっ!承りました。」
俺がタイミングを間違えたせいで話を早急に終わらせたらしい僧兵を髭男爵が頭を下げて見送り、商会を出て行くと俺への挨拶もそこそこに2階の来賓室へと連れて行かれた。
「今日はわざわざご足労いただき申し訳ありませんでした。」
部屋に入るなりメイドにお茶を要求し、深々と頭を下げる髭男爵。
「いや、まぁこっちも何かタイミング悪くて、ごめん。」
「いえいえとんでも御座いません。元はと言えば時間を指定していなかった私めの失態です。」
「それに……。」
「それに?」
髭男爵にしては歯切れの悪い呟きに好奇心から聞き返すと、ほんの一瞬だけ疲れたような表情を見せたがすぐに笑顔を作り何でもありませんと話しを終わらせた。
「まぁ、話したく無いなら無理には聞かないし、今日は手紙の件が本題だからいいけど。」
「そ、そうですね。では早速ですが改めて依頼の件。お願い出来ないでしょうか?」
ーー流石は商人、やっぱ切り替え早ぇ〜。
「ん〜、その事なんだけど、先に二つばかり質問させて貰っていいかな。」
「はい!なんなりと。」
「先ず、‘‘最も信任のおける者”って、俺まだ一回しか取引してないよね?いくら社交辞令にしたって評価が高すぎない?それと‘‘護衛”ってのは何人で何人を護るかも書いてなかったし。」
率直な疑問をそのまま口にしながら髭男爵の反応をそれとなく注視してみたが、人の良さそうな笑みを浮かべたままそれは説明不足で申し訳ありませんと軽く頭を下げただけで、信任の置けるに対しては自分なりの評価で護衛は俺を含め5人を予定していると答えが返ってきた。
「ん〜出来たらもうちょっと詳しく、説明してくれないかな?」
「そうですね、先ずは冒険者ギルドでの評価。これは実力という意味で充分に信頼の置けるモノではないでしょうか?それとユージ様はこの街に住居を構えていらっしゃる。それは所在が明確であるという保証にもなりませんか?」
「それにしても買い被り過ぎな気もするけど……。」
「いえいえ、私めもそれなりに長く商人をしておりますので、人を見る目はそれなりにあるつもりです。それに、ユージ様とは今後も懇意なお付き合いをさせていただきたいと考えておりますので、今回はそれに見合う仕事をと思いまして。」
「人を見る目ねぇ〜。前の受付は最悪だった気もするけど?」
「いえ、はははっ。私めも人間ですので、偶には失敗も御座います。」
髭男爵が苦笑いを浮かべながら笑って誤魔化したところにメイドさんがお茶を運んで来てくれたので、軽く一息つき依頼の話に戻る。
「さっき護衛は5人って言ってたけど、それって多いの?少なくの?」
「そうですね。人数は少ない方なのでしょうが、何分場所が場所ですので大多数で向かうには問題も御座いまして。」
人数が多いと問題だという言葉に引っかかりを感じ、詳細を説明してもらうと、仕事自体は普通に道中に現れる危険な魔物や山賊から助祭士を護りながら送迎するだけの簡単な任務だったが、問題は目的地の方らしかった。
帝国との国境に位置する『交易街タナシ』
2国間では傭兵ギルドの提携が為されていないために、傭兵を護衛に雇おうものなら滞在手続きやら街への入場手続きやらと色々と手続きが多く、かと言って冒険者ならその辺の手続きが無くても滞在にはやはり人数制限があるらしい。
ーーはぁ〜。国が違えば色々とあるんだなぁ。
「ですので、人数ギリギリで後1名増やせはしますが、そうなると今度は新たに馬か馬車を用意しなくてはならなくて。」
ーー要するに経費節約って事か。んー、でも危険な魔物ってのも気になるけど、護衛する助祭士って誰だよ?
ーーもしかしてヨボヨボのおじいちゃんか、それとも、ここはファンタジーらしく巨乳なお姉さん?
出来るならお姉さん希望でお願いします。
ジジイならチェンジで!
などとくだらない事を考えながらも特に断る理由も無かったし、何より他国の文化を知る機会にもなりそうなので、依頼自体は請け負い仕事の明確な日を聞くと何と二日後の早朝だった。
ーーで、翌日は外出を一回に控え家に引き篭もるとメイド隊とのスキンシップをはかり、迎えた当日の早朝。
俺は朝霞の漂う中ハンソン商会の前に突っ立っていた。
目の前には巡礼用にとやたらと装飾に凝った白馬車と、道中に必要なテントや水・食料・その後諸々を積んだ西部劇に出てきそうな幌馬車の二台が並び、その後ろで俺と同じく雇われた冒険者の四人が入念に武器のチェックをしていた。
それらを一瞥しながら大あくびをしてると荷物のチェックを済ませた髭男爵がこっちに近付いてくる。
「本当に馬は必要無かったんですか?」
「んー、乗った事無いし護衛なら荷台にいた方が色々周りに目をやれますから。」
当日に俺用にと用意された馬を辞退した事が余程気に成ったのか、二度目になる質問に頭をかきながら苦笑する。
「では、武器等は………。」
「大丈夫だ!問題ない。」
そう言った俺の全身を見る男爵の目は明らかに不満そうだった。
なんせ普段の格好にトレンチコートを防水布に直しただけの物を羽織り、武器や防具の類は一切装備していないのだから、当たり前と言えば当たり前かも知れない。
一応木箱と出入り口を繋げておいたアイテムボックス代わりのバックを持って来てはいるが、街の中を歩く服装となんら代わり無い俺とは対照的に他の4人は革の胸当てにガントレットで防具を統一。腰にはショートソードや小型の斧を帯刀してたり、背中に弓を背負っていた。
「道中は二ヶ所の宿場町に食料と水の補給に寄る事になっていますので、もし何か必要な物が御座いましたら、そちらで我が商会の名を使って下さい。」
「了解!あ、それとこれを俺が居ない間、屋敷の管理費に使って。食料とかも運搬しといて欲しいんだけど。」
男爵に昨日換金してきた彩龍の分から、50シリングを渡しておく。
「確かにお預かりします。留守中は傭兵ギルドの方へ護衛の依頼も済ませましたので、安心して行ってらっしゃいませ。」
「うん。それはいいんだけど、肝心の助祭士さんは?」
「……確かに遅いですね。」
予定の時間はとっくに過ぎているのだが、僧兵も肝心の助祭士も姿を表さないまま此方の準備だけが済んでしまい、辺りをキョロキョロと見回す。
それから更に半刻が過ぎた頃、やって来たのは六人の僧兵に周りを固められたサシャだった。
「え?護衛する助祭士ってサシャ?」
「おや、ユージ様はサシャ様とお知り合いで?」
知り合いっていう意味なら確かに知り合いだけど、何だろう?何かしら陰謀の匂いがする。
「初めましてサシャ=ウォルコットと申します。今日からタナシまでの護衛、皆様よろしくお願いしますね。」
澄ました顔で会釈をしてくるサシャを見ると、マスマス怪しい。
「ハンソン殿、旅の警護に当たるのはこの者達だけですか?」
僧兵は僧兵でジロリと俺等を一瞥すると、髭男爵に不満を隠そうともせず声を荒げた。
ーー髭男爵も大変だな~。
「サシャ様に万が一があれば、どれ程の損害を寺院が被るとお思いか?」
ーーあれ?なんか俺、省かれてない?
4人の方を指差しながら、最初に一瞥しただけで視線も向けない僧兵の口をそっとサシャが手で遮る。
「私の事でしたら、心配は無用です。あの方とは少々面識があるので。」
微笑を浮かべながらスッと俺を指差し、それだけ言うと一人でさっさと巡礼馬車に乗り込みむサシャに、まだ何か言い足りなさそうだった僧兵達は口をつぐんで一礼し、何故か俺を睨みつけてから来た道を帰って行った。
「さっ、出発の時間はとっくに過ぎてますよ。時間を無駄にしない為にも早く出発してはもらえませんか?」
さも当然の様に言い放つサシャ。
ーー遅れて来たのお前じゃん。
とは誰も言わないので俺がツッコミいれときました。
………心の中で。
馬車の振り分けは白馬車の御者台に一人。後は三人が幌馬車俺へと乗り込み、俺は手綱を握るモミアゲと髭が繋がった男の横に並び、荷台の方は交代要員の二人が荷物に挟まれながら寝転んで出発となった。
「俺、雄二って言うんだ。旅の間よろしくな。」
「あぁ、ジョージアさんか聞いてるよ。俺はグスカ。後ろで荷物の隙間に挟まってんのがガルタス。荷物に足のっけてるのがヤラン。前の馬車を操ってんのがハイロンだ。」
街を出たところで軽く挨拶をし、四人の名前が判ると早速雑談ターイム!これからの旅でぎこちなくなるのはヤだしね。
「ふ~ん、ところでグスカは護衛ってよくやってるの?」
「あぁ、普段から4人で組んで行商やら配達の護衛を専門にやってるよ。」
おぉ~!
冒険者なのに専門なのかー!何かカッケー!
「あんたの事は知ってるよ。『彩龍狩りのユージ』ってギルドの仲間内でも有名だし、全身黒づくめなんて奇妙な格好は滅多に居ないからな。」
いつの間に、そんな二つ名が?
「あ、そ、そうなんだあはははっ。」
「で、あんた程の技量の持主が出張って来るって事は今回の仕事はそんなに危険なのか?」
ーー……………はぃ?
「あんたの名前が出た途端、他の連中がビビって逃げちまったんで中々募集の枠が埋まらなかったって、もっぱらの噂だぜ?」
ーー俺は、破壊魔神かっ?
「いやいや、危険は無いと思うよ。俺もジョージアさんから是非にと言われて請けただけだし。」
「まぁ、それが本当かどうかなんてのは興味ねぇが、道中に野盗や魔獣が出た時はよろしく頼むぜ!」
後ろで寝転んでたガルタスがいつの間にか御者台の後ろまで移動し、座り込みながら急に話かけ手元にあっあ革袋からゴソゴソと何かを取り出し飲み始めた。
「ウイスキーだが、飲むかい?」
進められた革袋を受け取り一口…かなりキツイ。
「これ、かなりキツいじゃん…。」
一気に顔が赤くなった俺を見て馬車の中に笑い声に湧きあがり、一気に打ち解けると途中の川沿いで馬に餌やりと昼休憩を挟み、後は日が暮れるまで街道を雑談しながら進んでいく。
「今夜はここで野営だな。」
途中で交代したガルタスは凝り固まった体を解すように腕をまわしながら御者台から下りると荷台にまわり、毛布とテントを引っ張りだしてきた。
「じゃあ、俺達は薪にでもなりそうな物を探しに行ってくるぜ。」
言い残してグスカとヤランは近くの林に向かって行き、ハイロンは巡礼馬車の方で何やらゴソゴソしていた。
「巡礼馬車ってのは、長距離の移動用に中の座席が簡易ベッドになるように出来てるのさ。」
一人、手持ち無沙汰でハイロンの方を見ていると、急に後ろからガルタスが毛布を敷きながら説明してくれた。
「助祭士様は俺達みたいに地面に寝る事なんて、ね~んだろうよっと。」
愚痴と言うか説明の続きというか、そんな事を口にしながら一人で毛布の上に骨組みを立て布を被せていく。
「俺も手伝おうか?」
「もう終わるから、そこら辺でのんびりしてなっ。」
言うが早いか骨組みに布を括り付け、テントが出来上がるのを見計らったようにグスカとヤランが薪を両脇に抱え戻ってきた。
「今夜の料理担当はハイロンだったな。」
流石に普段から四人で組んでるだけあってコンビネーションもバッチリだ。
火を起し荷台から鍋を取り出し、水とワインと干し肉を入れて一煮立ち。仕上げとばかりに調味料らしき物を投入すると一気に食欲を唆る香りが辺りに漂いだし、シチューらしき物をハイロンが器に取り分けていく。
それを各自受け取り焚火を囲みながら満天の星空の下で初日の夕食はちょっとしたキャンプ気分を楽しんだ。




