第12話
陽もすっかり沈んでしまい、なだらかな丘の向こうに街の明かりがちらほらと見えだすなか。
漸く明かり一つ無い新居へと辿り着くと、馬車に掛けていたランタンの明かりを手に、後続の格子馬車を走らせていた奴隷商の男達が藁と少女達を降ろし、 屋敷の前へと並ばせた。
「へひひっ~、それでは旦那さん。また御用の際には是非ともこのロジャースめにお申し付け下さいませ。」
ーーだが断る!
去り際までランタンの明かりに浮かぶロジャースの下卑た笑みと言葉を無視しながら、去って行った馬車の明かりが見えなくなると、改めて新居へと向きなおる。
ーーさて、まずは全員をホールに入れて…と、その前に明かりをどうにかしないとな?
ーーえーと、備品で油とか蝋燭ってあったっけ?
真っ暗な屋内に向かって溜息を吐きながら少女達にはその場で待機するよう指示を出し、一人で中に入ると素材になりそうな物を家捜ししてみたが。結局それらしい物は何一つ見付けられずガックリと肩を落としながら表に出ると、小さなランタンの灯りが激しく上下に揺れながらこっちに向かって来るのが見えた。
「おぉーい、ユージー。」
ーーん、この声は…ザガンが?でも、なんで?
疑問に思いながら近付いてくる灯りを眺めていると、馬の背を挟む様に大袋を二つ括り付け、ランタンを片手に手綱を握り締めたザガンが、少女達の手前でニカッと笑いながら降りてきた。
「ほれ、忘れもんじゃ。蝋燭と石鹸…それと古着も幾つか持ってきたぞ。」
「えぇ〜!!な、何で?」
「何でって……お前さん、途中で灯りも買わなんだじゃろ?即決で奴隷は買ったり家は買うくせにその辺りが抜けすぎじゃわい。冒険者たるもの事前の準備を怠るな!基本中の基本じゃぞ?」
「は、はははっ……。すいません。」
思わず突き付けられたザガンの正論に苦笑いを浮かべながら謝罪し、一緒に荷物を降ろすと用が済んだとばかりに街の方へと戻っていくザガンを見送り、蝋燭の入った袋を手に屋敷の中へと入り明かりを灯していく。
ーーこれでよしっ!っと
「えと、お嬢ちゃん達。とりあえずは全員ホールの方に集まってくれるかな?」
格子馬車から降ろされた位置で微動だにしていなかった少女達に出来るだけ優しく声をかけると、皆虚ろな目のまま一列にホールへと入り始めたが、歌鳥と呼ばれていた子だけは自力で動けないほど弱っていたらしく、俺がお姫様だっこでホールまで運ぶ。
「ん、んっ~俺は雄二、ユウジ・アカギだ。今日から一応君達の飼いぬ…いや、違うな。ーー保護者になるのでよろしく。」
そう宣言したのに対してコクリと軽く頷くだけという反応の薄さに、薬でも打たれてるんじゃ無いのかと小首を傾げ話を続ける。
「とりあえず、君達の名前がわからないと不便なんで左端の子から名前を教えてもらえないかな?」
買った時からそうだったけど、降りてきてからも一言も発していない少女達に更に出来る限り優しい声色で聞いたつもりなんだけど……何故か答えが返って来ない。
「えと…もしかして、まさかとは思うけど……名前の無い子は手を挙げてくれるかな?」
ーー上がった手は六本……いや、この子は手も挙げれないくらい弱ってるだけなのか?
そんな疑問を胸に口元に耳を近づけ名前を再度きいてみると『歌鳥』が名前だと掠れた声が返ってきた。
ーーそれは名前じゃね〜んじゃ無いのか?ってか何なんだ?この子達とこの現状は?
俺は彼女達を怖がらせない様にと、内心もどかしさに身悶えしながら外見は出来るだけ冷静を装う。
「……とりあえず、此処に全員ちょっと待機!」
ーーこういう時はアレだ!
少女達の姿を一目見た時から考えてはいたのだが、全員お風呂にでも入れて心身共にリフレッシュさせて気分を和ませてしまおうと、小走りで浴室に向かう。
昼間の案内で外井戸に水がある事は確認済だし、その水を浴槽いっぱいまで転送して丁度良い湯加減まで温度を上昇させる!
それが済んだら石鹸と水を素材にシャンプー、リンスとボディソープを「創造」
古着も人数分残して柔らかめのボディータオルと風呂上がりのタオルに「創造」
足の悪い子用にとその辺にあった木製の家具から椅子と人数分の桶に服をいれる籠も「創造」
一通り準備が出来たところで、額に薄っすら浮かんだ汗を拭って少女達をお風呂へと呼ぶ。
そこまでは順調だったのに、最後の1人をだっこで連れて戻ると何故か入口で全員が立ち尽くし、若干顔が青ざめていた。
ーーあー、もうっ!今度はなんだよ?
ーーもしかして、もしかするのかー?
「えと……この中でお湯のお風呂に入った事の無い子は挙手!」
ーーをいをい…全員かよっ?
「石鹸を使った事の無い子も挙手!」
全員が両手上げた姿に思わず溜息。
ーーうん、だねっ!俺も昨日までの宿は行水だったし、想定の範囲内さっ!は、ははっ、はははっ~ぁ……。
とりあえずは使い方を説明するからと全員ボロボロなワンピースを脱がせ、俺もパンツ姿になり浴室に入る。で、足の悪い子は俺が抱き抱え椅子に座らせるとお湯をかける、他の子も同じ様に自分にお湯をかける様に指示。
ーーもう、気分は引率の先生さっ!どぉにでもナレ~♪
次はタオルにボディーソープをつけて、ゴシゴシと泡だたせる。で、背中から腕、足、脇、胸、股下と全身隈なく洗うように指示!
途中で泡が無くなった子は、タオルを洗って新しい泡を作らせて確実に洗うように言う。
泡が黄色かったり、黒かったり…どんだけ不潔な生活してたんだ?
それが済んだら今度は頭からお湯をかけさせ、シャンプーを手で泡立ててからしっかりと髪を洗ったつもりなのに………全然泡出たねぇ。
ーーってか指も途中で引っかかるとか、どんだけ汚れてんだよっ!こうなりゃ一度で駄目なら何度でもだ!
全員泡立ち指が通るまで繰り返し髪を洗わせ、それを背後から確認していくと、特に年齢の幼い三人が声も出さずにプルプル震えてる姿を見て思わず片手で顔を覆う。
「あ〜、泡が目に入ると痛いからちゃんと目は閉じておくこと!もしもう入った子はお湯で洗い流せば治るから。」
ーー本当、ザガンに言われた通り、基本って大事だよね〜。
言うが早いか三人は桶のお湯で何度も目を擦り出し、泡を取り除けたのを見届けた後、締めにリンスをタップリと髪につけさせしっかり染み込ませる。と、これはシャンプーで学習したのか、今度は全員しっかり目をつむっていたらしく誰も失敗してなかった。
それを一通り確認した後は、お湯をかけてしっかりすすがせ、最後に体に泡が残って無い事を互いに確認させてから浴槽に浸からせる。
ーーは~い!此処までは大丈夫かな?
ーー先生はもうクタクタです……。
「お湯は肩まで浸かって50数えたら出て来る事!」
え?数えれない?だ、誰かぁ?あ、君数えれるの?
じゃあ君に数はお願いっ!
ストレートロングな巨乳ちゃんが数を数えれるらしいので、その子に後は任せ一足先に出ると残った古着をお湯と石鹸で「浄化」
髪の長い子が四人もいるので普通のタオルも追加「創造」
後は下着とシャツ、それに寝巻も古着を素材に「創造」
今日一日でどんだけ創造魔法使ってんだろ、俺?
で、次は当然寝る場所が必要だからと蝋燭片手に昼間に客室だと説明された三部屋に行きベッドの数も確認!
ーーやべー!ベッドはあっても布団が無ぇじゃん!
ーーどうする俺?どうしよう俺?
動揺しながら何か方法が無いか考えてると50の声が聞こえ慌てながら脱衣所に走る。
もうあがったの〜?
少女達の前では優しいお兄さんを演じながら戻ってみるとまたしても硬直状態。
うん、この大きなタオルで全身拭いて、小さなタオルで髪の毛まとめようね♪ん?何かな?タオルが汚れちゃう?そうだね~洗えば済むから気にせず拭こうか?
ん?今度は何かな?こんな高級な素材の物は着た事ないか~?
うん綿100%で肌にも安全だから気にせず着ようか?ん?パンツが小さい?ゴメンね~はいっ!大きなパンツ!
………今度は何かな?あ、寝巻が高級過ぎて…うんうん!着れば良いと思うよ♪
皆キチンと寝巻も着れたかな~?
じゃあ、今夜の君達の寝る場所はコッチだよっ~!
二人ずつと三人に別れてもらうから部屋割りを決めといてね〜。
先生はこれから、ちょ~~っと用事で出掛けるね〜。
初めてのお風呂に若干のぼせ気味な子もいたので、少女達の寝室へ案内すると流石にこの時間帯に道具屋が開いてるとは思ってないので真っ暗な夜道を宿へと高速移動で駆け、丁度出会えたマスターに古い布団が余って無いか聞いてみる。
「捨てるつもりのやつなら裏の共同倉庫にまとめて置いてあるが、使える奴は残ってねーなー。」
「いや、捨てるやつで充分だから七組売ってくれない?」
「売り物じゃねーからタダで良いぜ!」
よっしゃー!布団ゲットだぜっ!
それとすぐに持ち帰れる簡単な料理も頼み、それが出来る前にカカリィさんに共同倉庫へ案内してもらい、手近な布団を人数分確保してから一旦屋敷へ。
五分と掛からず屋敷のホールまで戻ると持ち帰った布団を木箱から出し「浄化」して新品同様に。
それを少女達に渡しトンボ帰りで宿まで戻ると、出来上がったばかりの料理が入った籠を受け取りダッシュで戻って屋敷の食堂に並べる。
みんな〜、ご飯を用意したから部屋が決まったら、ちゃんと食べてから寝ようか〜。
あ、食べ終わったら食器はまとめて置いといてね〜。
え、俺の分?俺はまだちょ〜っと用事が終わってないから皆で食べたらいいよ〜。
朝には帰るし心配いらないからね~!
じゃあ、ちょっと出かけてくるからね、明かりの始末だけよろしく〜。
終始にこやかな笑みを浮かべたままそっと部屋の扉を閉めると、階段と少女達に渡した明かり以外の蝋燭を一気に消す。
新居をいきなり火事で無くしたく無いしね。
そのまま今日一日だけで精神的にドッと疲れ、重い足を引きずるように屋敷を出ると防犯の為に建物自体に物理的な「結界」も張っておく。
ーーうしっ!何処かの結界師並に上出来だっ!
ーーさて、と…。
屋敷の外から食堂の灯した明かりに浮かぶ少女達の影をしばらく眺め、今日は彼女達だけでリラックスしてもらおうと夜道を歩きだし、そのまま真っ直ぐ宿に着くなり食堂に向かう。
だが営業はもう終わってたらしく、厨房からはさっきまで居た人影も明かりも消えていた。
静かな室内を見渡すと、まだ居残りていた二、三人が思い思いの席で酒を飲む姿とマスターが各種煮物の盛り合わせが乗った大皿にフォークを刺しながら酒の瓶をあおっているのを見つけ、向かいの席に腰掛けた。
「おうっ!さっきは一体なんだったんだ?こんな夜遅くに行ったり来たり。」
「……うん、いやまぁ、色々あってね。それよりきっついお酒あるかな?」
「はぁん?そりゃ酒だきゃあ他の宿に負けんだけ置いてるが、飯は食ったのか?すきっ腹で飲むと体壊すぞ。」
「あ~?んじゃ、ついでに食べ物も…。」
「厨房は閉めたから俺のを食え!まかない飯だから金もいらん。」
そう言いながら自分の前にあった大皿を俺の方に押し出し、奥に酒を取りにいってくれた。
それにフォークをつけながらモソモソと煮物を食べていると、両手に瓶とジョッキを持ってマスターが戻ってきた。
「しんどい時や辛い時は腹一杯食って飲んで寝ろっ!そんで目が覚めても変わらなかったら、そん時考えろっ!」
ドンっとジョッキを俺の前に置いたマスターはそう言いながら持って来た瓶の中身を注ぎ、自分は元から置いてあった瓶を直飲みで咥えた。
ーー変わらなかったら、そん時考えろ…か。ごめん、ありがとうな、マスター。でも、変わり過ぎて困ってんだ。
それ以上は何も話さず酒をあおるマスターに、心の中で助言と料理を分けてくれた事には感謝しながら、味の浸みた芋と一緒にぐちゃぐちゃになってた思考も飲み込み、長った1日は更けていった。




