第11話
商会に戻ってくるなり髭男爵が用意した契約書の内容に不備が無いかをザガンにチェックをしてもらい、言われるままに署名していく。
「はい。後、こことここにもお名前を…それにしても変わった文字ですね。」
「じゃのう。神聖文字や古代文字とも似とらんし、妙に角ばった文字じゃわい。」
金額が金額なだけに代筆は不可と言われ仕方なく日本語で署名していたのだが、ザガンと髭男爵は俺の書く文字が気になるのかマジマジと見ながら呟いてくる。
「はい。これで契約の方は完了ですが、代金の支払い日はいつ頃に致しましょう?」
「えと、一応これで払うつもりだったんだけど、これって使える?」
そう言ってコートの内ポケット手を突っ込み、木箱に入れてた小切手を取りだす。
「失礼、拝見させていただきます。」
差し出した小切手を受け取りギルド印と金額を確認した男爵は軽く頷き、それを背後に待機してたメイドに手渡しながら一言二言何かを囁くとメイドさんは軽く頭を下げ部屋を出て行ってしまった。
「小切手のご利用に際しては問題御座いませんが、お恥ずかしい話…現金での残金は早急にご用意する事が出来かねまして…。」
「んじゃ、お釣りの分から追加で悪いんだけど食器やら日常生活に必要な物も揃えてくれるかな?」
「え、あ、はい!必ずや満足いく品をご用意させて頂きます。」
男爵はポケットから取り出したハンカチで顔をフキフキ、テーブルに額を擦り付けそうな勢いで頭を下げた。
「では、明日にはユージ様がきっと満足頂ける様な日用品を取り揃え必ずお届け致します。残金についてはその時に再度計算し直して、と言い事でよろしいでしょうか?」
「ん〜、それでいいよ。あ、でもあんま派手なのは要らないから実用性重視で。」
「はっ!受け賜りました。それとこちらがあの御屋敷の鍵になります。」
「ほい、んじゃ、後よろしく~!」
さっき部屋を出て行ったメイドさんとは入れ違いで別の人が室内に入ってくるなり恭しく頭を下げられ、両手に掲げたミニ座布団に置かれた鍵を受け取ると、片手をヒラヒラとさせながらザガンを連れて商会を後に中央広場へ戻ってくると、時間が夕方近くだったせいか昼間よりも幾分人の数が減っていた。
そのまま二人で奴隷商へと向かう道すがら、ポケットから金貨を5枚取り出しザガンに手渡す。
「なんじゃ?この大金は?」
「ん〜、今日の日当。あ、もちろん口止め料も込みね。」
ザガンは金貨と俺の顔を交互に見ると呆れた様な目つきで深い溜息をついた。
「もしかして…不足?」
「違うわぃ!異国の感覚に飽きれておるんじゃ!」
「……褒め言葉と取っておくよ。」
「はぁ、ユージの金銭感覚は一体どうなっとるんじゃ?」
「ははっ…」
頭を掻きつつ苦笑い。
「まぁ、今から奴隷商に行くのにも一緒に来て欲しいんだけど無理強いもしたくないし、その気持ち分も上乗せしてるんだけどね。」
「……そういう事は普通、思っとるだけで口にはせんもじゃぞ?」
「はははっ。」
「まったく……お前さんみたいな金銭感覚の持ち主がそんな所に一人でノコノコ行ったらどんな粗悪品を高値で無理矢理売り付けられるか判らんな。……仕方ない最後まで付き合ってやるわい。」
全然仕方無さそうには見えない姿に苦笑を深めつつ、軽く礼を言って歩きだしたところで、ふと奴隷の相場が気になりそのまま口にしてみた。
「ところで奴隷って幾らぐらいすんの?」
「……一番安い戦闘奴なら50シリングからじゃな。ただ戦闘奴は大国の方が需要があるからのぅ。この辺りでも需要が有る奴隷と言えば……麗奴・性奴・農奴じゃが、貴族が好んで買う麗奴と性奴は500から、農奴は300が最低料金だと思っておればよい。」
ーーって事はさっきのでお釣りも貰って無いし、木箱の方の残りとキース達から貰った分と合わせても麗奴か性奴の一人がいいとこか。
ザガンの説明を参考に素早く頭の中で単純計算している最中に誰かに名前を呼ばれ、辺りを見回してみるとギルドのおっさんが息を切らせながらこっちに駆け寄ってくるのが見えた。
「はぁはぁ、ユージさん。探しましたよ。」
「へっ?1号が何で此処に?」
「はぁはぁ、い、1号?」
「あ、いや…なんでもない。」
「なんじゃ、ヘトス。そんな息咳切らせて。」
「あぁ、ザガンさん。じ、実は……。」
一瞬だけこっちを見た1号=ヘトスのおっさんは言葉を詰まらせてるみたいだったが俺が何も気にしていないと判断したらしく、懐から見覚えのある紙切れをとりだした。
「これは?」
「今朝渡された魔獣の算定が済んだ残りです。数が数だっただけに提携している素材屋からも人手を頼み急いだつもりだったんですが、時間が掛かってしまい申し訳ありませんでした。」
いきなりの謝罪に驚きながら、明日でも良かったのに、と返すとどうやらギルドの信用問題にかかわるとかで、どうしても今日中に支払いを済ませる必要があったと丁寧に説明してくれた。
「そ、それでですね。此方が残りの買取金額になります。もちろん諸経費と解体料も差し引いていますが、ご確認下さい。」
「あ〜、うん。ザガン見て。」
「それは構わんが……っ!」
俺の代わりにヘトスから小切手を受けとったザガンは、紙面を確認した途端体を硬直させギギギッと錆びたボルトみたいな動きで顔だけ動かしこっちを見てきた。
「……2600シリングもあるが、もう一件買いに戻るか?」
「二件もいらんっ!」
即答しながらヘトスのおっさんに、他に用事は無いのかを聞き出し三人で奴隷商へと向かう事にした。
「そこのお兄さん達〜♪見て行くだけでもいいから寄って行かな~い♪」
何処の客引きだよとボディコン調の服をきたケバい女店員の台詞に一瞬呆れたが、他に店員らしい人影が見当たらないので仕方無く目の前に立つ女店員に『ロジャース』を呼ん欲しいと頼み待つ事数分、奥から小男がひょっこりと顔を出してきた。
「これはこれは旦那さんっ!お早いお越しで!ひへへっ。」
一瞬だけザガンがロジャースの下卑た笑いにピクリと眉を反応させたが、特に何を言うでもなく口を横一文字に結び無言で見返していた。
「ひへへっ、見たところギルドの方々とご一緒の様ですが、即売をご希望ですか?」
「……まずは、商品を見てからだな。」
1号をチラリと一瞥しながら訳の判らない事を話すロジャースに出来るだけ感情を押し殺した声を意識しながら用件だけを伝える。
「ひへへへっ。それでしたら奥にご用意しておりますので。さっ、どうぞ、どうぞ!」
そう言いながら先導するロジャースに続き入り口の横にある通路から奥に入っていくと、檻の両端に備えた松明の灯りが全裸のまま座り込み、手錠と首輪を嵌められた6人の姿をぼんやりと照らしだしていた。
「ひへへっ。ささっ、もっと近くで確認して下さいませ。どれもこれも性奴としては一級品ですので、はい。」
ロジャースの言葉に従うのは少々堪に障るが、ここでキレても仕方ないので無言で鉄格子に近付き、小動物の様に寄り添い小刻みに身を震わせる14~16才程度の彼女達を一瞥する。
「ひへへっ。先程どうしてもとおっしゃる御仁に二匹買われてしまいましたが、此方は旦那さんの為にと残しておきましたです、はい。」
どうやらロジャースが用意していたのは性奴だけらしく、
少女達の身体は線こそ細いがまだ怯えるだけの感情が残っている事に違和感を感じ、昼間入口で見掛けた二人は何処に居るのか聞いてみた。
「ひへへっ。あれは奴隷達の世話役として、特別に置いてあるだけの粗悪品でして、とても売物としてお見せ出来るような…「能書きはいいからその粗悪品とやらを全部見せろよ。」」
まさか更に不愉快にさせられるとは思ってもいなかったが揉み手で擦り寄るロジャースを睨みながら威圧を込めた声で呟くと、一気に顔色を変え一旦テントの奥へと入りボロボロの薄汚れたワンピースを着ただけの少女達を連れて戻ってきた。
「こいつらは、一人幾らだ?」
6人の内3人はまだ10にも満たない年齢に見えたが、この際そこは無視して事務的に話しかける。
「へひょ?お客様でしたらこんな粗悪品など選ばすとも、此方にご用意させて…「幾らだ?」」
再度低い声でロジャースの言葉を遮り、チラチラと困惑した様な表情を浮かべながら檻に入った少女達と連れてきた少女達に交互に見比べる姿に、本気で殺意が芽生えそうになる。
「ふんっ!こんな戦闘奴にも劣る粗悪品なら、精々30シリングがいいところじゃな。」
「ひへ?」
「いや、一応は俺の為に用意してくれた商品を無視してるんだし、全部買い取って最低料金の500も払えば文句もないんじゃないのか。」
「なんじゃと!こんな粗悪品にそんなに出すのか?」
「まぁ、全部買うならだけどね。」
「ふヘっ?」
それまで無言だったザガンが急に口を開いたと思ったら、ウインクでアイコンタクトを取ってきたのに乗っかり即決した演技をみせると、ロジャースはぽかーんと口を開いて固まった。
「いえいえ、最低金額と言うにはこの性奴の質が良すぎます。公平にするならば一人に見合う600で手を打ちませんか?」
そこへ畳みかけるようにヘトスさんが口を挟み俺が渋い顔をしながらも大仰に頷くのを確認すると、懐から取り出した小切手の表面へサラサラとペンを走らせロジャースに手渡した。
それを手にした途端、書かれた金額を見て急に調子を取り戻したのか満面の笑みを浮かべ何度も頷くロジャースの姿にこっちが呆れそうになる。
「きへへへっ♪流石は旦那さんですな。即金でこれだけのお買い上げとは実に素晴らしい!で、商品はこのままお持ち帰りなさいますか?それとも此方からお運び致しましょうか?」
「じゃあ、今から運んで貰おうか。」
「ひへへっ、それでしたら、今すぐ契約の儀式を用意しますので少々お待ちを。」
そういって足早に奥へと向かって行くロジャースを見送った後、ザガンが本当にこれで良かったのかと聞いてきた。
「良いも悪いも、俺は最初から性奴なんか買う気無いし。」
「……そうか。」
「ひへへっ、大変お待たせいたしました。」
まだ何か言い足りなさそうにしていたザガンが口を開く前に、黒いローブ姿の二人を引き連れ戻ってきたロジャースによって会話が中断され、二人が少女達に近付くと左胸に片手を押し当て何やら呪文らしきものを小さく呟きだした。
「ひへへっ!さぁ、次は旦那さんの左手をお貸し下さい。」
言われるままに左手を差し出すとローブ姿の一人が左胸を触っていた方の手と反対の手を俺の手の甲に重ね、短く何かを呟く。
すると手の甲がピリピリと痺れだし、僅かに熱さを感じた後に魔法陣の様なものが痣の様に浮かび上がりすぐに消えて見えなくなった。
「ひへへっ、これで契約の儀式は無事完了です。」
其れを交互に繰り返され6人との契約が済むとロジャースが二人と入れ替わり、揉み手をしながらまた擦り寄ってきた。
「へひひっ、旦那さん。今日は良いお買い物をありがとうございました。搬送料と今、身に付けている衣類はまとめ買いのサービスとさせていただきますので、最後に此方の奴隷所有書にサインをお願い致します。」
そう言いながら差し出された書類に日本語で名前を書いていると、さっきのボディコンが入って来てロジャースに何か耳うちしていった。
「ひへへっ、旦那さん。どうやら馬車の準備が整ったようですので、お屋敷に商品を運びに参りましょうか。」
ロジャースは相変わらずな下卑た笑いを振り撒きつつご機嫌だったが、俺は怒りを堪えるだけで心情的にいっぱいいっぱいだったので何も答えず外にでる。
「へひひっ、では参りましょう♪」
ーー馬車の荷台が鉄格子…その中で座り込んだ少女達。
ーー何処の世紀末的展開だよこれ?
アニメで見たまんまな馬車に驚きながらも別に用意された黒い馬車への乗車を促され、ザガンとヘトスとはここで用別れる事にして二人を見送った後に視界の端を何かが過った。
ーーえっ、あの子は一体?
思わず二度見してからロジャースに声を掛ける。
「ロジャース、あれはなんだ?」
「へ?あー、あれは廃棄品です。‘‘歌鳥”として可愛がられていた元麗奴らしいですが、私が拾った時には声も擦れ唯一の価値も無くした屑商品に成り下がっていましたよ。」
「……あれは幾らだ?」
「へひひ?旦那さまはよくよく物好きでらっしゃる。あんな廃棄品にお代は頂けませんが、私も商人としてタダで商品をお譲りする事は…「なら、あの子の下にある藁の料金だっ!」」
ーーこれ以上我慢するのは無理。
必死に怒りを堪えながらロジャースの話の途中で金貨を二枚投げ付け、先程の儀式をもう一度済ませ合計7人になった鉄格子の中を見つめながら盛大な溜息を一つ、馬車は一路新居へと進みだした。