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僕らの青春問答  作者: 黄金もっちー


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9/9

三枚起請の回 その9(終)

「え,それってどういうことです?」

 俺の話を聞いた山田は,首を傾げる。

 俺は落研の部室に帰ってきていた。はっきりって今日はもう帰りたかったが,鞄を部室に置いてきてしまっていた。

 落研に戻ると外で山田が待っていてくれていた。他の部員はもう帰ってしまったようで,部室の戸締りを済まして俺の荷物の番をしていてくれたらしい。本人曰く,告白の顛末を聞きたかったとのこと。大した野次馬根性だ。

 俺は渋々,山田の望み通りさっきの珍事件の概要を話すことにした。

「だから,西島の書いたラブレターと三枚のラブレターの内容が同じだったてことだろ」

「いやいや,それっておかしいですよ,なんでそうなるんですか」

「三枚目のラブレターの差出人が西島だからだろ」

 そうぶっきらぼうに言うと返事が返ってこなくなる。おや,と思い山田の顔を見る。山田はジト目でこちらを睨みつけていた。

 あまり人をからかうものではない。観念して俺は説明を始めた。

「西島と予想した差出人の特徴があっただろ」

「チャラ男でヤンキー」

「そっちじゃない方」

「一年生で音楽の授業を選択している書道部員の大物?」

大物は悪ノリで言っただけだから忘れてほしい。

「靴箱にラブレターを入れてない,な。これは今はいいや」

「……確かに一応,西島君は当てはまってますね」

 俺はゆっくりと廊下を歩いた。山田もそれについてくる。あんまり悠長にしていては下校時間に間に合わないかもしれない。

「だろ?あの時西島はい一人だけいるって言ったけど,西島を含めれば二人だ。しかも,片方に彼女がいるとなれば実質当てはまっているのは西島だけ。かのシャーロックホームズも言っていた。不可能なことを排除して残ったものはどんなにあり得ないことでも真実だと」

「はあ」

山田は俺のうんちくには興味なさげである。

「でも,どんなに当てはまっていても二枚もラブレターを書く人間なんているわけないじゃないですか」

「そう,そこが問題だ。……ところで西島はどこでラブレターを書いたと思う」

「はい? 学校に来て書道室で書いたって言ってたじゃないですか」

「それは筆を使って書いた場所だろ」

「?」

 山田はピンとこないらしく,目をぱちくりさせた。

 俺は言い方を変える。

「清(・)書(・)した場所だろ」

「……なるほど!」

 山田は俺の言いたいことに気が付いたようだ。

 西島は学校に来て,ラブレターを完成させた。しかし,ただでさえ時間のない朝,しかも気合を入れて筆で手紙を書くという作業をしなければいけない状態で果たして内容まで学校で考えただろうか。

「西島はラブレターの文面を家で考えた。恐らく昨晩。寝不足はそのせいだろう。で,村井沙紀の下に届いたのは家で考えた文章を書き留めたものつまりは」

「下書きですね」

 山田は俺の言葉を継いだ。納得したようにうなずく。

「そう。それなら手紙に差出人の名前がないことにも説明がつく。西島は外側の紙の方に名前を書いていたからな」

「スマホでよかったのに」

「へ?」

「スマホでメモすればよかったじゃないですか,文章なんて」

「……校内で携帯の使用は禁止されてる」

「えー,先輩変なところでまじめだなあ。まあ,西島君も似たような臭いしますしね」

 なんだかわからないが褒められていないことだけは確かだろう。

 俺は話を戻す。

「で次の問題はどうやって村井沙紀の下に下書きが届いたのかってところだが,当たり前だが西島が自分の意思で届けたとは考えにくい。これはさっきの特徴のうちの靴箱にラブレターを入れてないというのにも通ずる。そこから西島とは他の場所に仕込んだか直接渡したかって話になったが,この二つは本人が故意に起こさない限り成立しない。となるとどうやって届いたのかは考えるまでもなく」

「第三者が代わりに届けた,ですね」

 また山田は俺の言葉の先回りした。俺は無言でうなずく。やはり山田にここから先の説明はいらなそうだ。

 山田は今回の出来事を落研の部室で会ったときには予見していた。それに気付かせてくれたのはあのCDだ。

 三枚起請の噺の状況は今回の珍事件の状況によく似ている。その噺の入ったCDを山田は渡してきた。と言うことは山田は既にあの時何が起きるか知っていて俺をからかったのだ。

 ではなぜ知っていたのか。ここからは俺の完全な想像だ。

 西島は今日寝不足でよくものを落としたという。実際俺が見ただけで二度もハンカチを落としていた。恐らく同様に朝に使った下書きをどこかに落としたに違いない。

そして山田はそれを拾ったのだ。中身を読んでラブレターだと知ると,山田は差出人の名前もないのでそのまま直接本人にと届けたのだ。

 あ,そういえば。

「あのCD,村井沙紀に貸しといたから。返すとき受け取って置いてくれ」

「そーなんですね。わかりました。……沙紀ちゃん落語興味あったんだ。うれしいな」

 山田は呑気に上機嫌そうだ。沙紀ちゃん,と言う言葉に思わず反応する。

「お前,村井沙紀とはそんなに仲いいのか」

「中学の同級生なんです。今でもお昼を一緒に食べますよ」

「なるほど。その時にラブレターを届けたのか」

「おお!ご明察です,先輩。しかし,教室で拾ったアレがまさか下書きだったとは」

「なんでラブレターの枚数まで知ってたんだよ」

「ラブレターを渡したら沙紀ちゃんから相談されたんですよ。『どうやって返事したらいいかな』って」

「なんて答えたんだ」

「面白そうだから一辺に処理した方がいいよって。その方が手っ取り早いですし」

 黒幕こいつじゃないか。

 俺が恨みがましい目で山田を見ると,山田は少しも悪びれずに笑う。

「まさか本当に先輩が沙紀ちゃんにラブレターを出していたとは。でも,落研の部員としてはいい経験でしたね,先輩! だって三枚起請そっくりじゃないですか」

「いうほどぴったりか?それに三枚起請では女は悪女だ。村井沙紀より断然お前の方がお似合いさ」

 俺は鼻を鳴らしてそっぽを向いた。それから気になったことを尋ねる。

「西島は外側の紙に村井沙紀の名前を書いてたんだが,中身の方にも書いてあったのか?」

「いや,書いてなかったですよ」

「よく村井沙紀宛てだってわかったな」

「あー,それは,一年の間では伝説ですからね,四月二十一日の音楽の授業は……」

 山田は遠い目をしている。何があったんだ,一体。

 暫く普通に廊下を歩いた。もうすぐ玄関と言うところで,山田があれ,とつぶやいて立ち止まった。

「一つ気になったことがあるんですけど」

「ん?」

「沙紀ちゃんは西島君の清書した手紙と,下書きが同じ内容だって何で気付かなかったんですか? 両方読んだなら簡単に気がつくじゃないですか」

「ああ,それは……」

 腕時計を見るとまだ下校時刻まで少し余裕があった。

 口で言うより見た方が早かろう。

「ちょっと書道室に寄ってくか」

「わっ,聖地巡礼ですね」

 やかましい。


 書道室に着くと中からはざわざわと声が聞こえた。体育館での活動を終えた書道部が道具を片付けに帰ってきているようだ。兄に見つかる前にさっさと用を済まそう。

 書道室の前の壁には書道部員たちの作品が張り出されている。

「ほら,それだ」

 俺はその中の一つを指差した。山田は俺が指した作品をじっくりと観察する。

「これ,西島君のですか」

「そうだ,名前が書いてあるだろ」

 山田はしばらくじっと見つめたが,最終的に首を傾げた。

「なんて書いてあるんです,これ」

「分からん」

 目の前にある西島の字は素人目にはうまいか下手かもよくわからないほど達筆で,辛うじて名前が読み取れる程度だ。もしかしたらうまい下手で測れないのかもしれない。

「本人曰く感情がノッてくるともっと豪快になるらしい」

「これより,ですか……確かにそれじゃあ分からないですね,内容。沙紀ちゃんちょっと漢字弱いし」

 俺は村井沙紀が「米朝」を「こめあさ」と呼んだのを思い出した。

「集合場所と時間だけは何とか読み取れたんだと」

 そう言うと山田は物憂げな表情になった。西島の字を見てつぶやく。

「西島君なんかちょっとかわいそうですね。頑張って書いた方がかえって伝わらないなんて」

 西島に,と言うより,字そのものに同情するかのようだった。

「確かにな。実際ちょっと悲しそうだったよ」

 俺は自分の下書きを読んでいるときの西島の顔を思い出した。壁に貼られた西島の字を改めて眺めてみる。西島の神経質そうな見た目からは想像できないほど,豪快で,のびのびとしている。

「俺は結構好きだけどな」

「私もです。いい字ですね」


 校外に出ると雨はすっかり上がっていた。

 俺は校門から生徒玄関の方を振り返る。村井沙紀の靴箱にラブレターを仕込んだのが遠い昔のように思える。同時に,急に恥ずかしくなってきた。

「もう黒歴史,か」

 俺のつぶやきが聞こえたのか先を歩く山田が振り返った。

「結局返事はどうだったんですか」

「へんじ?」

「告白のですよ。沙紀ちゃんなんて言って断わったんですか」

 山田の言い草に俺は思わず苦笑する。

「今は部活を頑張りたい,だってさ」

 村井沙紀らしい,丁寧な言い方だった。

 それを聞いた山田は「へー」と興味なさそうだった。村井沙紀と仲がいいのなら,普段から言っていることなのだろう。

 しかし,しばらくするとまたこちらを振り返った。その表情は大喜利で名回答を思い付いたのに似ていた。

「沙紀ちゃん,いつも言ってます。本当は朝弱いんだけど上手くなるために頑張るんだって」

「そうか」

「それで満足いく実力になって早く朝練やめたいらしいです」

 山田の表情は名台詞でも言ったかのように誇らしげだ。俺は山田の意図するところが分からずにいた。

「ふーん? まあそういうもんじゃない」

 俺の気の抜けた返事が気に入らないのか山田は呆れた表情になる。

「あれ,わかりませんか。三枚起請ですよ,三枚起請」

 言われてもまだなお察することのできない俺を見て山田はしびれを切らしたように溜息をついた。

「もー,先輩も落研部員ならしっかりして下さいよ。つまりこうです。沙紀ちゃんは」

 そこで俺もようやく気が付いた。そうか。サゲか。


 三枚起請のサゲはこうである。

 遊女は,騙した三人の男から追いつめられる。

『嘘偽りで起請を書けば熊野で烏が三羽死ぬというぞ。どうしてそんなひどいことができるんだ』

 そう問われた遊女は悪びれもせずに『熊野どころか世界中の烏を殺したい』と答え,驚いた男がわけを訊くと遊女はこう言うのだ。

『私も勤めの身,世界中の烏を殺して……


「ゆっくり朝寝がしてみたい,ですよ」


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