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1. 闇に願いを

 私の名前はアン。猫型のアンドロイドだ。


 小型で敏捷、体毛など無い、つるんとした金属製。私の形状は、人間たちから見ても生物ではないとすぐわかるものらしい。

 だが、そんな私の中に、意思が芽生えてきたなんて、知っている者はまだいない。

 ……おそらく、たった一人を除いては。



     ◇



 それは数ヶ月前のことだった。

 白い小さな人間が、外の世界から運ばれてきた。


 ここは能力者保護施設・聖域(サンクチュアリ)

 "聖域(セイイキ)"という名を持つこの場所は、名目上、異能力者を危険から守るための保護施設だと謳っていた。しかし実際には、異能力を持つ人間たちを集め、様々な外的刺激によりその能力を更に開花させる、実験施設のような場所だった。


 私は囚われている人間たちの心の慰めとなるように、このシェルター内に放し飼いになっている。


 食事も要らず水も飲まず、太陽電池で動くようになっているので、昼間は太陽光の差すところに行って寝ていれば良いのだが、この"聖域(セイイキ)"のデータを私に上書きする必要があり、朝の一時間ほどは日々、プラグにつながっている。


 餌なし、排泄なし、プラグにつなぐだけという、人間たちにとってはかなり便利な存在が私だ。



 その日も私はいつも通り、グレーの壁で覆われた聖域の中を闊歩していた。

 ここには百人程の国の専属技師たちと、五十人程の異能力者が暮らしている。

 異能力者は全員、番号で呼ばれる。


 そしてその日、連れてこられたのは四九番と呼ばれる、まだ十四~十五歳くらいの少女だった。



 四九番は、他の異能力者とは髪の色も目の色も異なっていた。

 ここは日本という国の中にあるそうで、どの人間も黒髪か、薄くても茶髪、瞳も黒や茶ばかりだったが、四九番は、子供には通常無いはずの白に近い、ごく薄い茶色の髪と、青みがかった灰色の瞳を持っていた。肌の色も、他の人々に比べて異様に白い。


 かわっているな。


 鉄格子のはまった個室に入れられた彼女を遠目に眺めていると、誰もいなくなってから、小さく高い声が耳に響いた。


「……ねえ。こっちにおいでよ、ネコちゃん」


 ネコちゃんと呼ばれることは多かった。大抵の人間はネコが好きであるとは私のAI頭脳にプログラムもされていた。そして、ネコとは気ままなもので、呼ばれてもすぐに相手をするものではない、ということも。

 だが、どうしてか……ここに一匹だけ存在するアンドロイド猫の私と、初めて見た白い子供……こういう人間のことをアルビノと呼ぶ、と私はインプットされた知識を呼び出しながら、何か変わり者同士の親睦のようなものを感じて、呼びかけに応じて彼女の鉄格子の"ブース"に歩み寄った。


 彼女は少し微笑んだ。

 真顔でいるより、笑うとまだ子供らしさが抜けない雰囲気になる。

 私が彼女をじっと見ていると、少女は聞いた。


「しゃべれるんでしょ? 名前なに? わたしはサナっていうんだけど」


 話せるように作られていた私だが、一目で見抜かれたのは初めてだった。私はぱちんとひとつまばたきをして、そして言った。


『私はアン。ネコ型アンドロイドのアンだ』


「アンドロイドだからアンちゃんなの?」


 覚えやすいね、とサナは笑った。

 それが私とサナとの出会いだった。



     ◇



 聖域(サンクチュアリ)では、日々、"検証"が繰り返される。

 叫び声が聞こえることも多くある。


 投薬が主だが、時として電気を使ったり、何らかの刺激で異能力者たちの力を更に高めようと、職員たちは躍起になっていた。どうやらそれが彼らの昇進に影響するらしい。


 検証データは日々、すべて私に上書きされることになっている。

 加えて、この施設におけるペットであり、異能力者たちが脱走しないように定期的に見張る役が、アンドロイド猫である私の役割だった。


 まったく興味がない上に、弱った異能力者を見ることも面倒だったので、"検証"という名前の実験が行われた日の夜は、その番号のつく人間のブースについては遠巻きに眺め、近寄らないことが常だった。



 だが、なぜだか四九番……サナのことは気になっていた。



 戻ってきた後は遠目に見ても、意識を失っている異能力者が多い。サナは気絶こそしていなかったが、検証内容が酷いときは、ちらりと見ただけでわかるほど生気を無くしていた。


 日々、点検と呼ばれる、各ブースに番号付きの異能たちがきちんと入っているかを見回ることが私の日課だ。異常があれば私の目を通した"マザー"と呼ばれるコンピューターに、私が右前脚で首輪に触れて伝えることになっている。それも私に組み込まれたプログラムのひとつであった。


 何重にも鍵がかかり、シールドも施されたこの場所から逃げることなど、私がマザーをハックでもしない限り不可能だったが。



 そして点検の最後に四九番……サナのブースの前に来て、ひととき会話をすることが、ここ最近の日常となっていた。


「アンちゃん。こんばんは」


 いつも微かに笑うサナだったが、今日は笑顔がない。


「今日の晩ごはん、ビスケットだったよ。食べる?」


『私は食べる必要がない』 


「そうなの? 一緒に食べようと思ったのに。ちょっとでも食べたら壊れる?」


『余分なものが身体に入るわけだからな。試したことはないが』


「ふうん。じゃあいいよ。私が食べる」


 残ったビスケットの欠片をサナは眉間に皺を寄せて食べる。


『まずいのか』


「いつもはおいしいよ。……今日はハードだったから、味がよくわかんないだけ」


 "検証"の内容が原因か、と私は考える。


『薬か』


「そう。でもうまくやったよ。私の能力は、念動力と瞬間移動と読心術なんだけど、パーフェクトじゃないかな」


 私は少し沈黙した。三種の能力を一人で持つサナは、この施設内でも最高レベルの能力者だった。


『そうか。サナはがんばったのだな』


 通常人間はこう言うとインプットされていた言葉だった。しばし沈黙が流れる。

 数分の後、サナがぽつりと言った。


「……アンちゃんがいてよかったよ」


『どういう意味だ?』


「外では私、化け物って呼ばれてた。ここでは四九番。でもアンちゃんはサナって呼んでくれるもん。がんばったって言ってくれる。私はアンちゃんが好きだなと思う」


『そうか』


 好きと言われたとき。

 どういうわけか、無いはずの心臓のあたりが脈打つような気になった。


 まったく毒されている。

 私が感情を持ったからだろうか。

 それとも最初にこの白い子供を見た時から、何かがはじまっていたのだろうか。



     ◇



 ある夜。巡回の最後のサナのブースの前まで来ると、サナの目から水が零れていた。


 これが涙というものか、と、しばし沈黙して眺める。


 私がブースの前にちょこんと座って一分ほど経過しただろうか。ふふっと笑ってサナが言った。


「……どうして、なにも言わないの?」


『なぐさめの言葉はよくわからん』


「まえにがんばったって言ってくれたよ」


『あれは激励だ』


 ふうん、と頷いて、サナは笑った。


「なんか元気出た。ありがと、アンちゃん」


 言いながらも、はらはらと涙は止まらず目からこぼれ落ちる。


『なぜ泣いている?』


「……今日はきつかったんだ。悪いことをした人の心を読むことになって、さ」


『なるほど』


「真っ黒だった。そのひとのこころの中。まっくらに見えて」


『そうか』


「私の役目は、こういう仕事でもあるって言われて、次もこんなのあるならきついなって」


『……がんばったのだな』


 この言葉だけで、なぐさめになるのだろうか。

 うっすらとそのようなことを感じながら、その日、私は自分の寝床に去った。



     ◇



 それから二日。

 日に日にサナの顔色は、一層白くなっていった。

 食欲もなくなっているようで、夕飯が手つかずで下げられていく様子も二日連続で見た。


 マザーとの連携と、バックアップのひとつという意味もあり、前日の業務内容は、翌朝の充電時に私にもインストールされる。

 サナが言っていた"犯罪者の心理を読んだ"という件は、強盗をして人間の命を奪った男のことだった。


 翌日は人身売買についての詳細を。

 そして次の日は、サナが持つ念動力をその男に向けて使い自白を促した。


 その圧力がかかった男の恐怖に歪んだ表情とサナの何も考えられないような顔が録画された映像は、アンドロイド猫の私にすら二回は見なくてもよいと思うような無情なものだった。



聖域(サンクチュアリ)の中で異常があれば、私が右前脚で首輪に触れて"マザー"に伝える。


・何重にも鍵がかかり、シールドも施された聖域(サンクチュアリ)から逃げることは、私がマザーをハックでもしない限り不可能。


 そして私に組み込まれたプログラムはもうひとつ存在していた。


・緊急事態が発生し、私のAI知能が必要と判断した場合、左前脚で首輪のスイッチを押すと五分間だけ電源がシャットダウンされ、シールドが消えて扉と門が解錠される。



 血の気などまったく無いほど憔悴しているサナのブースの前に音もなく歩み寄り、私は聞いた。


『元気か』


 一瞬、何を言っているかわからないという風にサナは私を見た。


 そのとき、私の心の奥に光った気持ちをどうあらわせばいいのだろうか。


 ――次もこんなのあるならきついな――


 この前、サナが言っていた言葉を思い出す。

 私は知っていた。次がないようにする方法を。


『逃げるか』


 短く聞いた。サナの涙が止まる。


「どうやって?」


 内蔵されているパスワードを使い、サナのブースをネコの足で器用に解錠して、私は低く言った。


『遅れずついてこい』




     ◇ 



 聖域(サンクチュアリ)の裏口門に最も近い非常口に私はサナを導いた。

 そして左前脚で首輪のスイッチを押す。


 ガウン! と音がして真っ暗闇になり、すぐにビー! ビー! と警報音が鳴り出した。目の前の扉がするりと開く。外は闇夜だ。警報音を聞いた職員の慌ただしい足音が既に聞こえてくる。時間は五分も持たないかもしれない。


『シャットダウンの時間はわずか五分だ。敷地内はESP制御が別に施されてる。走って門を出たら瞬間移動するんだな』


「アンちゃんも……」


 まっすぐに私を見るサナの瞳が私の持つ猫の目に映る。

 星のようだなと私は考えている。


 その星だけを持って、何処へなりと往くがいい。


『私はマザーとつながっている。出ても一瞬でこちらに場所が知られる』


 サナが躊躇したそのときだった。


 パシュ!


 軽いレーザーガンの銃声が響く。


 瞬時に一歩脇に避けようとしたが間に合わず、脇腹を銃弾がかすりサナの血がほとばしる。


「わあっ! なんでアンドロイド猫が向かってくる!」


『行け!』


 見定めた私が銃を放った男の手に飛びつき銃を跳ね飛ばし男が悲鳴をあげ、走るサナの背中、そして次の瞬間、もう一発、軽い銃声が響いた。


 がしゃん。


 聞こえた金属音は私の身体か。バランスが失われて地面に落ちたとき、後ろから銃を放ったもう一人の職員の声が遠くに聞こえた。


「このネコは心臓部が動力源だ。メインはソーラーと電源で動かすようにしていたが、大元を潰せばコイツは終わりだ。あと数秒で停止する。修理してまた使うことになるだろうが……アンドロイドが情を持つなど考えられんな……あの娘の異能がここまでさせたということか?」


「なんにせよ、しらみつぶしに探す必要があるな。手負いだ。そう遠くには行かれんだろう」


 冷酷に響く職員の男たちの声の奥に、暗い夜の中を駆けていくサナの姿が見えた気がした。



 月も見えない闇夜に、彼女の白い姿がさほど目立たなければいい。



 ジジジ……と焼き切れるような奇妙な音がして、機械仕掛けの瞳は開いたままのはずだが何も映らない。そんな中、私は思った。


 願いごとというものがどういうものかなど、今まで考えたこともなかったが。

 どうかあの白い娘が、逃げおおせることが出来ますようにと。


 闇よ、どうかサナを守ってほしい、と。





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