自分と向き合う
そのあと、歓声の中をくぐって自分たちの部署に戻っていった。
みんな自分のできる力を出し切ったことで疲労が顔に滲んでいた。
だから、この後は防衛局に備え付けられている銭湯とマッサージのコースを予約していた。
本来は、銭湯やマッサージ施設はなかったが僕が申請して元剣崎顧問が了承したことによって増築された。今では、防衛局員も利用している。
さすがに明日から、この疲労を背負って激戦区に行ってこい、は酷だ。
隊長として隊員の体調管理をしてこそ、だ。
現状、『零』部隊は6名で成り立っている。
これは、マキナさんを一名として換算した場合だ。
彼女………彼女たちは適任をそれぞれ算出して現場の情報収集をしているから肉体管理はあまり必要ないのかもしれないが、それはそれ。これはこれだ。
だからと言って、今、模擬戦に参加しなかった蒔苗さんがきているのはなぜ?
あ、意識はつながっているから。
全員、平等?
わかりました。何も言いません。
女湯の前が黒装束で埋め尽くされているのは、血の気が引いたけど………。
紅葉ちゃんをマキナさん(たち?)に任せて男湯に入る。
男湯に入るとすでに健吾君と石永君が湯船に浸かっていた。
二人とも女性陣に敗北したことで意気消沈だ。
健吾君は、まあ、仕方ない。
石永君は、マキナさんのマルチ魔法や鋼糸のトラップに引っかかり、つるされて戦闘不能になっている。
石永君は知里さんだけでなくマキナさんとも相性が悪い。
それは、マキナさんと一緒に任務をこなしているためだ。
お互いがお互いの弱点を見抜いている。
ただマキナさんは、逆に自分が苦手としているところにトラップを仕掛ける形で石永君をからめとっていた。そこらへんは、マキナさんの経験がものを言っている。そこは素直に勝算するべきところだ。
それにこの模擬戦では、相手を死傷させてはいけないため、お互いに使用してはいけない魔法や技が存在している。その中で、石永君の縛りは多い。
この敗北は仕方のないことだ。
そんなこんなで、僕も湯船に浸かる。
今日はそこまで激しい戦闘にならなかったから、疲労感は来てないが湯船に浸かるときはやっぱり気持ちがいい。
「隊長、僕、ここにきてから負け続きで勝てる算段が思いつきません」
「俺も、勝てる手段が思いつかない。」
二人とも………思っているより重症だった。
「「はあ」」
同時にため息つかないでよ。
しかたないなあ。
「石永君は、マキナさんを見すぎ。動き方を誘導されているよ? 誘い込みはマキナさんのお得意技なんだから。知里さんと対戦する気持ちで多面攻撃を意識しなよ」
「そんなに簡単な話じゃないですよ。気が付いたら誘導されていたんですから」
「経験の差は、そんなに埋まらないよ。一つ一つ、マキナさんの誘導の仕方を覚えていけばいいさ。まずは、誘導された後の対処方法をどのタイミングで行うのかを考えておいて。それに体に蓄積された経験は、君の成長に繋がるよ」
「………はい」
どうやら、まだ納得がいってないようだが、そこらへんは自分で考えて行動すべきことだ。僕が言うべきことじゃない。
「健吾君は、まあ、その、がんばれ」
「助言くらいはしろ」
だって、無理無理。
紅葉ちゃんに勝とうとするなんて。
「あんなかわいい子に傷でもつけたら僕が乱入しちゃうし」
「もはや、模擬戦の意味がないぞ!」
「それに健吾君は、通常は絶対負けないんだから。紅葉ちゃんと僕くらいには負けときなよ。人間相手なら絶対に負けないし、『ホワイトカラー』戦でも何とでもできる実力を持ち合わせているよ。体の技術だって、初期に比べれば格段に上がったよね?」
なんでも特訓しているらしい。
へえ、と思いながら見ているけど動き方は確かに上達していた。
でも、まあ、相手が悪いよね。
人間には越えられない一線があるように、世界にもルールが存在する。
その境界線をあいまいにする紅葉ちゃんに勝とうとする方が難しい。
そう考えると、静さんにも勝てないかもしれないけど。
曖昧なものを、自分が想像するものに具現化させるなんて世界の法則を完全に無視している。でも、具現化することで弱くなることもある。
その例として『未来』は最たる例だ。
未来は具現化できないからこそ最強なのだ。
形にしてしまえば、それは現象と発生が起きる。
だからこそ、未来は不定形で不完全なものほど強い。
昔、僕と時間を共にした人からそう教わった。
彼女の魔法【未来の可能性】は、複雑怪奇だった。
発生しうる可能性を列挙して、発生と過程、結果を明記しなければならない。
しかも具体的に固定させないと、あやふやになり発動しない。
それをうまく使いこなしていた。
できるのなら、僕としては使いたくない魔法だ。
しかも、副産物としてこれから起きる事象を予知できる。
でも本人曰く、未来を知っているほどつまらない人生はないとのことだ。
あの人は、最後までこの世界を呪っていたな。
まあ、だからこそ僕は周りの人には笑顔を振りまくように心がけている。
このひと時が、最後の瞬間になってよかったとおもえるように。
「健吾君。魔法を使わないで剣戟のみで模擬戦をしても石永君に普通に負けるよ。それくらい、石永君も成長したんだ。喜ばしいことでしょ?」
「………隊長、僕はそれでも健吾さんに勝てる自信がありません。だって、魔法を使わずに斬撃がとんでくるなんて、近接戦闘特化の僕を泣かせに来ていますよ。魔法防御しても当てられ続けるとほころびが出てきます。それにあたると痛いんですから」
「痛いだけならいいでしょ? 健吾君が魔法を使わない状態でも魔法の障壁破壊くらいするよ? 石永君が強くなったから痛い程度なんだよ? ただの防衛局員ならそのまま胴体と脚が離れちゃうよ」
「隊長。それはさすがに無理だ。表面の皮膚までは引き裂けるかもしれないが骨まで斬撃は届かない。斬撃に魔法でも乗せて切断力を増さないと骨は切れない」
………そっか。
でも、もう少しでその領域までいけると思うんだけど。
そこは、追々かな。
「もう、今の段階でつまずかないの。いずれ、みんな僕を越えてもらうんだから」
「「それは無理」」
ハモられても………。
苦笑いしてしまう。
「隊長を越えるってことは、そもそも人間じゃあ無理です」
「健吾さんが、人間の完成形なら、隊長は世界の理です。無理なものは無理です」
二人とも、もっと貪欲に目標を立てないとダメだぞ?
「目標は計画的な下に成り立っています。立てられない目標は、幼い時に捨てました」
「月に行きたいからといって、走っていてもつきませんよ」
散々な言われようだ。
「僕を過大評価し過ぎじゃない? 僕も数字にすれば一人だけど?」
「それなら、俺達には小数点と0を何個付ければいいんだ?」
「繰り上げても塵に等しいくらいですね」
これは、あんまりよくないかな。
「みんなだめだよ? いつか僕もこの世界からいなくなるんだから。自分たちのことくらい自分たちで何とかしないとダメだよ?」
その言葉に健吾君だけが眉をひそめた。
石永君は、何のことかわからないといった表情だった。
なにせ、僕のタイムリミットは———。
マッサージを受けた後、みんなと合流した。
知里さんの顔に【イノシシ】の文字は残っていなかった。
さすが水性ペン。
ちゃんと消えてくれた。
でも、小声で「覚えとけよ」っていっていた。
何のことだろう。
鳴らない口笛を吹く。
紅葉ちゃんもすっかり元気になってよかった。
水曜日は、これで終了。
コンディションを整えて明日の任務に取り組んでもらう。
紅葉ちゃん以外になるけど。
紅葉ちゃんは『零』部隊に入れてはいるけど、お試し期間ということで正式な隊員ではない。だから水曜日以外の日は、このコロニー3周辺の探査や、防衛線の維持、迎撃戦を行ってもらう。外部遠征は、正式隊員の5名が行うこととしている。
「お父さんは、明日も外に行くの?」
「それが仕事だからね」
「………」
「そんなに寂しがらないでよ」
「………だって、お父さんから血の匂いがひどくなっているから」
「………気が付いていたの?」
「お母さんも気がかりに思っている。あとどれだけいられるのか心配なの」
うーん。どうやらバレていたらしい。
「………あとに4年くらいじゃないかな」
何もなければ。
まあ、そんなことは不可能だけど。
「それなら、もう防衛局なんてやめればいいじゃん! お父さんが、死んでまでコロニーを守る必要なんてない! そもそも人間側に———」
紅葉ちゃんの口元にそっと指を立てる。
その行為の意図を理解したのか、黙ってくれた。
その代わりに目に大粒の涙があふれだした。
これは、どうしたものか。
「紅葉ちゃんはさ、どうして僕が世界を、人間を守っていると思う」
「………知らない」
こればかりは、譲れないものだから。
「ここが返る場所だからだよ。」
それが、僕が『あの人』を殺した、殺してしまった償いで———。
その選択が正しいと証明する方法で———。
義妹の………香織の姉である『カナ』を手にかけた代償だから。
多くの命と一人の命を天秤にかけてしまった。
僕の業だ。
だから、僕がこの世界にいる限り多くの命を救う。
人間の存続が彼女への手向けだ。
姉を殺した香織への謝罪のつもりでもある。
その香織と紅葉ちゃんの仲が険悪なのが気がかりだけど………。
鼻をすすりながら泣いている紅葉ちゃんを抱きながら帰路に就く。
家族の元へ、多くの人を返す。
どれだけ無駄なことをしているのかも理解しているし、人のあり方も理解している。
でも、これは譲れない。
僕が僕としての存在理由だ。
殺人鬼となった贖罪。
無駄に広い四乃宮家の敷地に入り、奥の邸宅に進んでいくと出会った時と同じようにメイド服を着た静さんが待っていた。
「おかえりなさい」
「ただいま」




