縁談
帰還したときには、僕の最も親しい友達がすでに書類作業を行っていた。
見た目は細いが、中身は無駄なものを排除したかのような完璧な肉体。
それと瞳からは鋭利な刃物を想像させるような鋭さ。
でも、この友人とはすでに五年の付き合いになるからわかる。
中身は普通の人だ。
だから、こんな唐突な話を持ち出した。
「健吾君。君が結婚したのはいくつのときかな?」
「隊長、藪から棒に何を言っているのですか?」
悩み事に直結する大事なことを聞いているんだよ。
「俺が結婚したのは18のときです」
律儀に返答してくれるあたり、健吾君の生真面目さが垣間見える。
「それでどうしてこんな話題を振ってくるんですか、甲斐田隊長」
「いやだなあ、健吾君。僕のことは気軽に悠一って呼んでよ。歳だって8も離れているんだからさ」
「それでも、役職上隊長が大佐であり、俺が少佐ですから」
「そんなの気にしないでよ。同じ部隊員なんだからさ」
「規律や統制は重んじるべきでしょう。これから、新しくこの部隊に加わる人がいるかもしれないんですから」
「希望的観測だよ、健吾君。それにさ———」
四つの机とそれぞれに積まれた書類をみて発することは決まっている。
「4人しかいない『零』部隊に加入してくる人の気が知れないね」
「北条さんたちの人数を換算すれば………」
「健吾君、彼女たちは複数人いてもカウントは一人だよ」
まあ、わからなくもないけどね。
「それでどうしてこんな話題を振ってきたんですか?」
「そんなの『縁談』がまた来たからに決まっているじゃん?」
僕、この間15歳になったばかりだよ?
「たしかこの前は、剣崎のご令嬢から縁談が来ていましたよね?」
「うん。丁重にお断りしたけどね」
「ここの最高司令官のご令嬢だぞ?」
「だって、『軍部での地位を確立したいから』っていう建前が見え透いていたんだもん」
剣崎家は元々、外部からコロニー内部に昇進した一族だ。
前の最高司令官が戦死したことから、上り詰めた、いわゆる成り上がり一族だ。
確かに、現剣崎一族の代表である剣崎技錬はそれなりの実力は有しているものの、その息子・娘がなあ………。
歳は、大体健吾君くらい? ………いや、それよりも下かな? でも実力もあんまりないし、人前では家柄を盾に横暴な行動が目立つ。それでいて実践では臆病にも最後方に甘んじるという愚行極まりないことをしている。
「お断りは丁寧にしていたつもりだったんだけど、途中から先方にキレられて大変だったなあ」
「いいんじゃないか? あいつらも少しは懲りた方がいい。ましてや、自分よりも低い地位にいる甲斐田隊長に断られたんだ。面目も丸つぶれだ」
いつもは鉄面皮のようにあまり表情を崩さない健吾君だが、今日は面白そうに口元が緩んでいる。
どこかで剣崎家に対して思うところがあったのだろう。
が、すぐにいつもの無表情に戻って話を振り出しに戻しに来た。
「それで、今度はどこから『縁談』が来たんですか? まあ、隊長のことですからどこからきても———」
「四乃宮家」
その家名を言った瞬間に、健吾君がフリーズした。
「? どうしたの?」
まるで、壊れた機械のように驚愕の表情でこっちを見ていた。
そんなときに、事務所に入ってくる仲間たちがいた。
「あっついわね、アルファ」
「知里殿、ここではマキナと言ってください」
どうやら、二人とも遠征から戻ってきたみたいだ。
知里と呼ばれた女性は、着ている服が常に派手だ。
今日は、真っ赤なパーカーを羽織っている。
目が痛くなる。
それと暑いって言っているのにその色合いのチョイスはないでしょ?
そして、まるで舞台の黒子のような黒装束を着ているのが北条さんだ。
彼女………たちは、年中同じ格好をしているので熱中症にならないか心配になる。
「おや? 健吾殿の鉄面皮が崩れておりますぞ?」
「うわ、ホントだ。ちょっと私の旦那に何を言ったのよ、ガキンチョ!」
知里さんは、こうして接してくれるからうれしいよね。
健吾君にも見習ってほしい限りだ。
健吾君にとって知里さんは奥さんなんだから。
「いや、ね。また僕に『縁談』がきたって、話をしていたの」
それに対してさほど驚かない二人。
むしろあきれている様子が際立つ。
「またでござるか? この前もその前もお断りしておりましたな」
「ホント、あんたを射止めようとして来る奴らなんて気が知れないわ。あんたと『縁談』しようとするヤカラは、酔狂なヤツか、あんたの力目当てのろくでもない奴らよ。いい加減、学習しなさいよ」
「そうは言っても、持ち掛けてくる格上の家柄の人達に出向かないって選択肢は取れないんだよ」
僕と知里さんが言い争っている間に北条さんがアイスコーヒーを入れてくれた。
「知里殿、アイスコーヒーを」
「ありがとう」
北条さんからコーヒーを受け取って再度こちらに向き直る。
「ふぅ。………それで今度は、どこのお偉いさんよ」
「四乃宮家から」
「「ぶっ」」
二人そろって、飲んでいたコーヒーを吹き出した。
「あ、あんた! 何したの!?」
「あの四乃宮家でござるか!? 当代のご息女は確か二人いたはずでござるが………」
「えーと」
招待状が来ていたので、差出人を読み上げる。
「四乃宮………静?」
その言葉を聞いた瞬間に、全員が驚愕の眼差しを向けてきた。
「隊長、死ぬんですか!?」
「どんなことをしたら『氷の女王』から手紙が届くのでござるか!?」
「あのご令嬢とか、やめてよね!?」
なんだか、すごいことらしい。
僕の甲斐田家はコロニーの外、地上東ブロックに一軒家がある。
そのため、あまりコロニー内部の事情には詳しくない。
「そんなにすごい家なの?」
その言葉に、この場にいる全員がため息を吐いた。
「そうよね。あんたって、基本は無関心で戦闘では心強いけれど、そういったコロニーの事情には疎かったわね」
そんな悪態を知里さんはついてくるけど、知らないものは知らない。
そんな僕を見かねて、すかさず健吾君がフォローしてくれた。
「甲斐田隊長、まずコロニーの成り立ちから話させてもらいます」
健吾君の話をまとめるとこうだ。
コロニー3を建造した人達には『ナンバーズ』という名前が付けられたらしい。
一ノ崎。
二ヵ峰。
三科。
そして四乃宮。
この四家に関して、始まりの御用家と言われているが、目まぐるしいコロニー事情につき現存するのは、四乃宮家だけらしい。
他の三家は、僕が来る前には衰退と戦死によって役目を果たせず、他の家が継いだらしい。
キルギス。
ウェイン。
剣崎。
四乃宮。
これが現在の御用家らしい。
「えー。そんなお偉いさんが僕になんのつもりだろう?」
「十中八九、あなたの力目当てでしょう」
「そうなのかな?」
「どうして疑問に思われるのですか、甲斐田殿?」
一つ一つ整理していこう。
「四乃宮家は、元々コロニーの初代建造に貢献した人達でしょ?」
「そうね」
「さっき、マキナさんが言ったことだけどすでに姉妹が二人いるってことでしょ? つまり他の三家と違って、跡取りがいないわけでもない。そしてコロニーに絶対の影響力を持っている。ここまで間違いない?」
「間違いない。………確かに言われて気がついたが、外様でもないのに勢力の拡大をする必要がない………ように思えてくる」
「それと気になっているのは、四乃宮家が軍部に与える影響、かな………」
その言葉に対して、健吾君が答えてくれた。
「中らずと雖も遠からず、だな。四乃宮家は、軍部の役職は得ていない。が、軍人の医療設備や戦闘をサポートする補助具や戦闘服の製作に携わっている」
「なら、軍部に親戚がいるとかは?」
「ないな。四乃宮家は元祖からあまり戦闘向きの魔法使いではなかったはずだ。それに、軍部の9割が地上の『アウター』たちだ。そんな中にコロニーの中核を担う『ナンバーズ』がいるとは考えにくい。それにもし軍部に所属していたら隊員たちからの嫉妬や羨望で立ち行かなくなっているはずだ」
なるほどね。
実に人間社会を理解している回答だよ、健吾君。
「なら、僕の地位でどうこうして、ってことは言われそうにないか」
「そこはイーブンだな。四乃宮家は代々医療の立場にいるといったな?」
「うん、健吾君がさっき言っていたから覚えているよ」
「その言葉は隠語でもあるんだ」
隠語?
「コロニー内で不穏な動きをする人達も少なからずいるのは事実。そして、不穏な行動を起こす前に消すのも四乃宮家だ」
………まるで爺さんみたいだ。
もしそうなら———。
「まさに、コロニーに対しての【医療行為】。だから、みんな四乃宮と言う家名に対して、畏敬の念を抱いているのですな」
「その通りだ、マキナ。だから隊長の力が暴走しないか、もしくはコロニーに向かないか確かめる意味も込めた『縁談』なんじゃないか?」
思惑が交差して、胃がキリキリしてきた。
「………断って早く帰りたい」
「それこそ、犯意ありとみなされて終わりよ。いや、あんたは無事でもあんたの義妹さん?が狙われかねないわ」
「………回避不可か」
軍部に所属したのは、こんなことのためじゃないのに。
荒事は得意でも、腹の探り合いなんて僕には向かない。
「あきらめて準備しておきなさい。………で、いつなのよ、お見合い?」
「今日の夕方」
「「「今日!?」」」
三人とも、息ぴったりだね!?
「なんでそんな急に!?」
「そう言われても………」
ふと健吾君を見ると、少し考え込んでいた。
「もしかしたら、何かしらの対応をされる前に『縁談』をしておきたかった、とか?」
「『何か』って何?」
「わからないから、『何か』って表現したんだ。正直、御用家の『ナンバーズ』がどういった思考をしているのか、わからないからな」
「健吾君がわからないのなら、僕には意図を理解するのは不可能かな」
そもそも四乃宮家なんて縁もゆかりもないのに………。
「それで待ち合わせの時間と場所は大丈夫でござるか?」
「えっと、時間は、………えーっと、午後6時半。場所はコロニー内中央区、『イクサバ』って料亭みたい。コロニー内へは、左手のマイクロチップに一時入行許可を送っているみたい」
「………健吾殿、今の時間は?」
「午後5時57分」
「該当場所までは?」
「30分弱かかる。入行確認を行うとなると、さらに10分………」
そこで三者が顔を見合わせて僕の方を向いた。
「「「遅刻!!」」」
息ぴったり!
いいなあ、僕もその呼吸に混じりたかったなあ。
「今すぐに、迎え!」
「そうよ、これで四乃宮家に因縁を向けられてもこっちが困るわ!」
「残りは事務処理でござろう? なら、問題ないでござるよ! 早くいかないと『零』部隊が解散に追い込まれてしまうでござるよ!」
みんなの団結により、僕は戦闘服のまま事務所から追い出された。
これ、着替えをする時間ない感じ?




