邂逅
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「いや、無理かも。お兄ちゃん、ここまで大遅刻しておいて合わせる顔がないから」
「大丈夫だって! さっきまで話をしていたけれど、『ザ・お嬢様』って感じだったよ」
妹よ、それはプレッシャーと言うのでは?
そんな上流階級の人達と楽しく会話できるとか、香織ちゃんのある種の才能かい?
「でも、心配していたかな? お兄ちゃんって、トラブル体質じゃん? 遅くなるって聞いた時からまたトラブルに巻き込まれたのかなって」
あれをトラブルと呼ぶのかは微妙だけど。
「でも、さすがに遅れたことに関しては………」
「まあまあ、そこはさ、この程度で苛立つようならお兄ちゃんの相手として不十分ってことじゃない?」
妹よ、相手は家柄的に上の人達なんだからさ………。
そうこうして料亭の奥に案内された。
和室の襖前に、どこかで見かけたことのある女性がいた。
「やっと到着しましたか」
この口調………。
先ほど通信でやり取りをしていた人か。
「奥座でお姉ちゃ………当主がお待ちです」
妹さんか。
いつも『お姉ちゃん』よびをしているのがわかって、やっぱり少しドジっ子らしい雰囲気が見え隠れしていた。
が、すぐにキリッとした表情で襖を開けるように促された。
ヤバいよ。
いつの間にか妹の姿もないし、本物のご当主様に合わなきゃいけないとか………。
逃げたい。
でも、横に控えている先方の妹さんから『早く入れ』と言わんばかりに睨んでくる。
こんなの拷問でしかないよ!
去年死んだ爺さんからマナー講座とか教えてもらうんだった!
というか、こんなもの一生縁がない物とばかりに切り捨てていたから、入室の仕方さえ知らないのだけど!
やっぱ無理!
回れ右して帰る?
いや、帰りたい!
逃げ出したい!
だって、これからチクチクネチネチ小言を言われるかと思うと、死にそうになる。
よし、必殺『それは残像だ』拳で逃げよう。
超高速で移動すれば人の視界にもラグが発生する。
料亭の床には申し訳ないけれど、後で修繕費を———。
「お兄ちゃん」
そう思っていたら、背後に妹がいつの間にか立っていた。
「香織ちゃん、ちょっともう僕、無——」
妹の肩に触れようとしたときに———。
妹の姿がブレた。
はっ!
「しまっ———」
「それは残像だ!」
残像が消えた瞬間に、正面から助走をつけた妹のドロップキックを顔面にくらいそのまま、襖をぶち破って部屋に乱暴に押し込まれた。
というか、香織ちゃん。
『それは残像だ』拳、使えたんだね?
お兄ちゃん、びっくりで脳天が揺さぶられたよ。物理的に。
いまだに視界が暗転する中で、凛とした声が聞こえてきた。
「中々に派手な登場の仕方ですね」
その声に、聞き覚えがあった。
どこだっただろうか。
痛む頭を抱えながら、体を起こしていく。
だんだん焦点があってくると、先ほどの声の主が誰なのかやっと見えてきた。
キレイな白百合の着物を着た女性がそこに座っていた。
あれ?
「君は………前にショッピングモールにいた」
「覚えて頂き、恐縮です」
そういって、揺れる脳をフル回転させる。
確か、五年くらい前にコロニー内で異常な魔力反応を感じたため、地上の軍部の中央指令室からコロニー内部をぶち破って駆け付けた案件だったはずだ。
あの後、盛大にお叱りと減給が言い渡され、トホホな役回りだったけれど。
そっか。
あの時の子だったのか。
ん?
「あれ? もしかして、僕、結構失礼なことしていた?」
あの時の子供がこのコロニーで一番偉い家系の人だとは知らなかったから割とフレンドリーに接していたけれど………。
「いいえ。改めて感謝の言葉を伝えなければと思い、この場をお借りした次第です」
そう言うと、目の前の女性が深々と頭を下げた。
「改めまして、私、四乃宮静並びに妹や周辺各位の人々を助けていただきありがとうございます。お言葉をかけるのに、こんなにも歳月をかけてしまい申し訳ありません」
な、なんか予想外の展開で僕、どうしたらいいの?
「え、えっと。ほら、無事に済んだことだし。別にお見合いって形式で呼ばなくても」
よ、よかった。
どうやら、感謝の言葉をしたくて呼ばれたみたいだし。
これなら、すぐに帰れ———。
「いえ、感謝の言葉は本当ですが、本命は『縁談』です」
え?
あ、あれ?
聞き違い?
「あ、あのすみません。僕は、そちらの家系と釣り合えるような出自ではないのですが」
「出自など気にしませんよ」
求めていることがわからない。
「え、えっと。僕、軍属に所属していますがそこまで裁量を任されることは———」
「ご安心ください。すでに我々が、剣崎最高司令からあなたたちの『零』部隊の独立を図っています。………ああ、この件に関しては私達、四乃宮家の独断ですのでお気になさらず」
ますますわからない。
「そうまでして僕を抱き込む理由がわかりません」
四乃宮としての………『ナンバーズ』のメリットがわからない。
そこで、初めて涼しげな表情から呆けた表情に変わった。
「単純にあなたがこうなったらいい、と思っていることをしてあげただけですよ?」
「え?」
「はい?」
お互い何か嚙み合っていないことにいまさらながら気がついた。
そこに先ほどの妹さんが室内に入ってきた。
「少々じれったかったのでお話の途中でしたが、失礼します」
一つ一つの所作が美しい。
これが上流階級のマナーなのか。
僕の意識とは別に妹さんがお話を進めてくれた。
「我々、四乃宮家が『ナンバーズ』としてこのコロニーを支えてきたために甲斐田様にいろいろと勘繰っていることは仕方のないことであると思います。しかし、その必要はありません」
じゃあ、どんな理由があるのさ?
僕には皆目見当も———。
「あなたのことが好きだからです」
そうきっぱりと、目の前の御仁に言われ頭が真っ白になった。
「………え」
好き?
好きって、なんだっけ?
好きの言葉に別側面の理由があった?
こういった言葉を選ぶ教育なんて受けてこなかったから何を意味しているのか———。
「純粋にお慕いしているだけです」
………幻聴?
おそらく、今の僕の顔は、点と線で描けるくらいにアホな顔をしていることだろう。
だって、思考がフリーズしたから。
これは一回頭を再起動させないと無理かな?
でも、更新って、大体どのくらいかかるのかな?
僕が使っている端末機器とか98%くらいから異常に長いんだよね。
え?
なんの話をしているかって?
僕もわからなくなってきたよ。
そんなときに———。
「『再起動はこまめにやりましょう』キック!」
僕の妹が、どこからともなく現れて顔面に跳び膝蹴りをかましてきた。
香織ちゃん、甲斐田流暗殺術をいつの間に使いこなして———。
あ、ブラックアウト。