喫茶店で待ち合わせ
コロニー内のとある喫茶店。
私は、待ち人と待ち合わせをしていた。
だが、厄介な相手に見つかり絡まれていた。
「ねえ、紅葉。私たちって、結構長い付き合いになるわよね? 20年くらい?」
目の前にいる知り合いがどうでもいいことを言い始めた。
「何をいまさら」
「だって、紅葉と会ってからいろいろありすぎて日にちの感覚を忘れやすい………というか、日にちを気にしている暇がなかったというか………」
「そんなふうに思っているから、結婚できないのでは?」
その言葉に、まるで傷ついたかのような反応を示した。
「ひどい! 結婚できないのは私と釣り合う人がいないだけですぅ! そんなことをいう紅葉だって、縁談の一つもないじゃない!」
ウザイ。
一つの返しにピーピー、ギャーギャーいう怪鳥のような知り合いにストレスメーターが急上昇していく。
「私の場合、『子持ちです』といって追い払っているだけです」
実際、手のかかる家族が三人もいる。
一人は、奥方に託された形見。
一人は、同僚の憧憬。
そして、三人目は………。
「ていうか、紅葉はさ、ちゃんと好きな人とかいるの?」
「なんですか? 急に」
この人は突拍子もない。
すること、やること、考えていること。
すべてのネジが吹っ飛んでいる。
だから、周りを置き去りにして自分一人で突っ走る。
『貰い手がない』と、この人のお母さんが嘆いていたのを思い出した。
「理想くらいはあるでしょ? それとも女だけど私って罪作りな性格し………」
「ありえません。あなたとお付き合いするくらいなら、重火器と結婚します」
「………言っていることが脳筋過ぎて、逆に安心できるわ」
まったく。
この女の相手は疲れる。
目的の人物との待ち合わせで、まさか絡まれるとは思っていなかった。
「それで、こんなところで時間を売っていていいのですか、御用家当主シュヴァイン・キルギス様」
「いいじゃない。それに、キルギスなんて、すでに形骸化した御用家。もう少ししたら、別な御用家が取って代わるでしょうね」
コロニーあるあるだ。
不要な御用家は、勢いのある家に乗っ取られる、もしくは強制執行される。
しかし、キルギスの現状況を鑑みるにそんな風には見えない。
まあ、この女のやかましさが消えるならそれでいいけど。
ああ、本当に『あの子』が早く来てほしい。
「アズサ、早く来て………」
「え、何? あの新婚さんを呼んだの? 今、忙しいだろうに。酷なことするねえ」
「逆よ。呼ばれたから待っていたの」
「シノちゃんもついに世帯持ちか………。その男運を分けてほしいわ」
「無理ね。あなたについていける人なんていないわ」
こんな無茶苦茶な奴についていく男の気が知れない。
そう思いながら、注文していたアイスコーヒーを啜る。
不味い。
パックの安物の味がする。
風味もない。
苦みもあいまい。
コクなんてものはもっての外。
これなら、地上の東地区にある喫茶店に行った方がまだおいしいコーヒーが飲める。
こんなチェーン店に来たのが間違いだった。
それにうるさいやつにも会ってしまった。
「あ、そうだ!」
その本人は私の気持ちなんて汲んでくれない。
素数でも数えて冷静さを取り戻そう。
「あなたのところにいる養子を私に頂戴よ! 縁談しよ!」
バンッ、と音がした。
自分が握りしめた拳で机を破壊した音だと遅れて自覚した。
何しろ、思考が止まった。
一瞬で、沸点を越えてしまった。
口が怨嗟の念を込めて言葉を勝手に紡ぐ。
「もう一度言ったらぶち殺す」
その殺気にあてられたのか、目の前の人物はさすがに怖気づいた。
「い、いや。ごめんて」
私の殺気に、目の前の馬鹿だけでなく店内の人すべてが当てられてしまい、気まずい空気が流れてしまった。
はあ。
早く来てくれないかなあ。
その気持ちが届いたのか、お店の入り口が開いた。
丸渕メガネ、ショート、カーディガンを羽織った女性が店内に入ってきた。
そして、こちらに気づくと小走りでこちらに来た。
「ごめん紅葉ちゃん、遅れちゃった」
「問題ありません。それにそちらの近況を察することができないほど頭は悪くないつもりです」
「相変わらず堅いよ、紅葉ちゃん。それに、実際遅れたときは謝るのが普通でしょ?」
「あなたの律義さには負けますよ、東雲。いえ、これからはウェイン家の奥方というべきでしょうか?」
「うふふ。どっちでもいいわよ、紅葉ちゃんなら。それに立場的な意味合いなら紅葉ちゃんの方が一番高いんだから」
「私は四乃宮家に仕える一介のメイドですよ」
「表向きは、でしょ? 本当は四乃宮家のために実務もこなしているじゃない?」
「最近は、次女の方の会社が軌道に乗りましたから、そろそろ実権を譲って本物のメイド業に戻ろうと思っているところです」
それまで黙っていたうるさい女がここで割って入ってきた。
「ああ、あの才女のことね! 聞いたわ! あの年でコロニー3のトップ企業に食い込む実力者だって! すごいわよね。」
「何言っているの? 今の東雲の勤め先は、そのトップ企業の『アンダームーン』よ」
「マジか! シノちゃんを動かせるとか強者すぎない?」
考え無しでも、どれだけすごいことなのか理解したのだろう。
「でも、独立とか考えなくていいわけ? ウェイン家の奥方の出世を邪魔する形になっているのよ?」
そこでなぜか東雲が胸を張って答えた。
「大丈夫! 旦那には、好きなようにさせてもらう、って言っているから。それに紅葉ちゃんの意思を汲めないほど短い付き合いじゃないわよ?」
うれしいような、申し訳ないような………。
この東雲アズサは、私の数少ない友人だ。
そう思っていると、アズサは古い射影機を取り出してきた。
「紅葉ちゃんのお父さんの二十一回忌が迫っているから、写真を撮って慰霊碑に飾っておかないと」
アズサがいった通り、もう『二十一回忌』になる。
時の流れは残酷なほど早いものだ。
でも、瞼の奥に残る残光は今でも私を焦がし続けている。
私のお父さん、甲斐田悠一の存在は。