運命の分かれ道
結局モーニングの時間には間に合わず、アメリアは食事をどうにか流し込んで部屋に戻った。
とんでもない生みの苦しみを味わったが、やっとの思いでメッセージカードを書き上げた。
朝から苦労の絶えない主のため紅茶を入れてくれているマーサを呼んで、深呼吸をしたアメリアがそっとカードを差し出す。
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お約束の品を贈ります
よければ、豊穣祭の夜会でお召しいただけますか
私もブルーローズを髪に飾ります
青い薔薇のあなたに会えることを願って
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「おかしく、ないかしら…?」
「いいえ、お嬢様!これ以上ないくらい素敵ですよ!」
「そうかしら……うっ…そうだと良いのだけれど……」
「お嬢様?!…お加減がよくないですか?」
「違うのよ。緊張しながら食事したせいかしら?胸やけが…」
「急いで胃薬を持って参ります!!」
言葉を待たずに返事するのは本来よくないが、アメリアの体調や異変に敏感なマーサは、体が勝手に動いてしまったのだろう。
アメリアはマーサのそんなところも好きだし、信頼している。
苦笑いしながら大切な侍女を見送ったところで、アメリアはたった今書き終えたメッセージカードを読んだ。
…結構大胆なことを書いている。
もしこれでフェリクスが着けて来てくれなかったら?
それは、そういう意味と取るしかないのだろう……
豊穣祭でお揃いのものを身につけると結ばれるジンクスは、いまどき町の赤子でも知っているのだから。
そしてその反対も。
やっぱり今までの関係が崩れるくらいなら、今年もティータイムセットを……と考えてやめた。
逃げずに向き合うと、もう決めたのだ。
あやふやにメッセージを贈って気持ちが伝わらなかったら、それこそ意味がなくなってしまう。
メッセージカードの封筒に「フェリクス様へ。アメリアより」と記して、書いた内容とそのままの心をこめて、カードを封に閉じた。
ラッピングを終えてアメリアが胃薬を飲んだあと、マーサは公爵家からデリバリーの手配をした。
ケルディアール王国には国営のデリバリー機関がある。
もちろん民営の業者もいて、そちらの方が料金も安く平民には人気だが、秘匿性が低いため誰がどこに送ったとかが漏れると噂になりやすいらしい。
そのため貴族はマナーとして、料金が高くても国営のものを使うことが多い。
しかし、国営も集める荷物の量は多く、取り扱いが難しいものもある。
そのため、職員だけでなく平民も雇ってバゲッジを仕分けている。
もちろん平民といえど身元が明らかな者に限られている。今回はその国営デリバリーに、2週間後のマリア・レティの日にフェリクス宛で届けてもらうのだ。
「お嬢様。念の為にフェリクス殿下へ先触れを出しておきましょうか?」
「あのね、私してみたいことを思い出したの」
「なんでしょう?」
ポストマンを待つだけになってから、アメリアの顔色がいくらか良くなってきたことに、マーサはほっとしていた。
しかし、それも束の間。
もう吹っきれたのか、逆にアメリアのテンションが上がってきている気がする。
本来思い切りがよく勇気があるタイプのため、若干の不安はあるが、気持ちが上がるのは良い傾向だろうと思い、マーサは見守っていた。
「サプライズがしてみたいの!」
「サプライズというと、恋愛小説でも良くある、あれですか?」
「そうそれよ!内緒で用意したもので喜ばせるというのを小説で読んでから、ずっと憧れていたの!………あ、でも郵送だからフェリクス様がラッピングを開ける時の反応を見られないわね………」
「あ…確かにそれは難しいかもしれません…」
「皆様をお騒がせしたくはないし、サプライズはまたの機会にします」
「え、でも…」
「いいのよ。フェリクス様の元に届いたらいいのだから。あ、でも……先触れは出さずに送っても良いかしら?きちんとしたサプライズではないかもしれないけれど、ちょっとでも近づけてみたいの。きっと殿下は『驚いたけど嬉しかったよ』と笑ってくださるでしょうから」
マアサは感激していた。
アメリアがフェリクスの気持ちを想像して、その上で信頼することができているのだ。
マーサは心の中で「そうなのですお嬢様!殿下は絶対の絶対に大喜びされるに違いありません!アイスグレーの瞳を濡らす可能性すらあります!!」と叫んでいた。
第三王子殿下の名誉のため声には出さずにおいたが。
きっとそうだと同意を表して、アメリアの手を握るマーサ。
ひとつだけ、今のアメリアに伝えておきたいことがあったのだ。
自分をまっすぐに見つめて、少し不思議そうに、でも嬉しそうに眉を下げながら言葉を待つアメリアへ、ゆっくりと言葉を放つ。
「アメリア様。本当に、よくご決断なさいましたね。マーサはいつもお嬢様を誇りに思っております。あなた様が私たち侍従やメイド、騎士たち、ご家族やご友人、他の方々を大切に思うように、アメリア様のことをみながお慕いしております。フェリクス第三王子殿下はその筆頭なのです。どのくらいかとい言いますと……マーサといい勝負をするくらいですね。」
「まあ!ふふ。マーサほど殿下が私を愛してくれるというならそれは……夢のようだわ。ありがとうマーサ。私もあなたがだいすきよ」
「お嬢様…なんだか、自分で言いながら照れてしまいます…」
「ふふ、マーサ。今さらよ?」
アメリア達は、エントランス近くの応接室で、ポストマンを待ちながら談笑していた。
すると、突然とても強いムスクの香りがした。
二人ともその香りに気づいたので、誰かが部屋に入って来たのだろうか?とドアを見る。
するとそこには、アメリアの継母ダリアがいた。
濃いピンクの羽がびっしりとついたような、大きい扇を広げて、アメリアとマーサを嘲笑う。
「あらあら、まあまあ。品のない笑い声がすると思えばあなた方だったのね。公爵家の格が下がるからおよしなさいな」
「…ダリア様、ごきげんよう。この部屋をお使いとは知らず。私たちはすぐに失礼いたします。」
アメリアがギフトの包みを手早く持って、言葉少なに颯爽と出口に向かう。
かわされたのが気に入らないダリアは、扇の向こうで憎々しそうに二人を見ている。
そしてふと、アメリアがやたらと大事そうに抱えているものに気がついた。
しっとりした紺色に、落ち着いたゴールドで唐草模様が施されたラッピングを見ると、急激にダリアの目が怒りに染まった。
「ねえアメリア?それはまさか、第三王子殿下に差し上げるのではないわよね?」