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終末世界の元暗殺者  作者: くろふゆ
第五章 そして月日は流れて 高校編
43/53

043話 神崎流斗VS斬島舞夜

 ★ ★ ★ ★ ★ 


 御園高校の一階から階段を伝って降りた先に、幅広い格闘場の光景が広がる。

 御園高校のおおまかな造りは、去年まで通っていた御園中学と同じだが、その規模は三倍近くあり、地下格闘場も学年ごとに分かれている。


 つまり、今流斗がいる地下格闘場には、選択科目で武術を履修した御園高校の一年生だけがいるというわけだ。その人数は、優に五十を超えていた。一学年でこれだ。


 さすがに《魔術科》の次に人気がある《武術科》である。

《魔術科》は言うに及ばず、将来輝かしい未来が約束されているエリート学科だ。

 しかし《武術科》からも警察官や軍人を毎年多く輩出している。


 警察官は安定した給料を見込めるし、軍人は階級にもよるが、戦果によってはかなりの報奨金をもらうこともある、国を守護する立派な職業だ。その分危険は多いのだが、軍人を目指す生徒はそれくらい承知の上だろう。


 そしてこの二つは、今の世界では大変重宝されている職業だ。

 喧騒に包まれた格闘場を歩いていくと、奥のほうでなにやら揉め事が起きていた。


「オイお前、今なんて言った?」

「女だからってこの《武術科》にいる以上、容赦はしないからな」

「編入組が、あんまり舐めた口聞いてんじゃねぇぞ」


「あーもう、うるさいなー。私の邪魔をしないでくれる?」


 体格の良い三人の男子生徒が、木刀を持った一人の女子生徒を囲んでいた。


「二回言わないと分からないなら、もう一度だけ言ってあげるわ。雑魚は邪魔だからどいてくれない? 構っている時間が勿体ないわけよ」


 木刀を持った少女が、男子生徒たちを挑発するように嘲る。


 その様子を、口に咥えた煙草をふかしながら、楽しそうに眺めている教師がいた。

 あれは桐生茜だ。中学二年生のときに御園中学で流斗の担任教師を務めていた女性。

 艶やかな唇の上で白い煙草を上下に揺らす。


 なぜ彼女がこの場にいるのだろうか。

 そういえば、今年から御園中学の陸上競技部には、若くて美人の新任教師が入ったという噂を聞いたことがある。

 というか、喧嘩になりそうなこの状況を見て、どうして笑っているんだ?


(教師だったら早く止めろよ。あと生徒の前で堂々と煙草を吸うな)


 そう考えていた流斗と茜の視線が交差した。

 茜が無言でこちらに来るように促してくる。

 仕方ないな。そう思い、流斗は少女の背後から声をかける。


「一体どうしたんだ?」

「どうしたもこうしたもあるか! この女が俺たちを野良犬でも追い払うように、舐めた態度で接してきやがったんだ!」

「だってー、この人たち雑魚のくせにしつこいんだもん。なにが俺たちと一緒に練習しない? よ。あんたたちみたいな雑魚と戦っても、何も得るものないっつーの」


 そう苛立った様子で語る少女は、なるほど、確かに目を惹くほどの美少女だ。

 身長は流斗より五センチくらい低く、赤みがかったロングヘアーをポニーテールにしている。その凛とした佇まいは侍のようだ。全身から闘気が漲っている。

 白い道着に黒の袴姿は様になっていて、彼女が醸し出す和の雰囲気を際立たせていた。


「なぁ、お前もなんかこの女に言ってやって……ってお前、神崎流斗じゃねぇか!」

「なぁに? この人、有名人?」

「あ、あぁ、去年御園中学の《武術科》を首席で卒業した、格闘戦の達人だよ」


 少女の疑問に対して、男子生徒が律儀に答えた。


「へぇ……あんた強いんだ。じゃあちょっと、私の相手をしてよッ!」


 少女がいきなり木刀を振りかざし、流斗の脳天目がけて一切の躊躇いもなく振り下ろしてくる。

 その行動に対し、流斗は頭上に振り下ろされた木刀をいとも容易く両手で受け止めた。


「――《白刃取り》からの――《三日月蹴り》!」


 前蹴りと回し蹴りの中間にあたる蹴り技。右足を上げ、両手で挟んだ木刀に対し、親指の付け根の中足を当てて木刀をへし折る。

 真っ二つに折れた木刀の破片を、少女はしばらく茫然と眺めていた。

 そして、その顔に獰猛な笑みを浮かべる。


「……やるね。あんた、名前は?」

「さっき、そこの男子が言っていただろう。俺は神崎流斗だ」

「そう、流斗。でも私はあなたの口から直接聞きたかったの。私の名前は斬島舞夜きりしままいやよ。ちょっと私と戦ってみない?」

「なぜ、俺がそんなことをしなくてはならないんだ?」

「理由? 戦うのに理由なんているの? 強い人を見つけた。だからその人を倒したい。実に簡単なことでしょう?」


 舞夜は無邪気な顔でそう言った。


「いいじゃないか神崎、彼女の相手をしてやれば」


 格闘場の壁の隅に立っていた茜がおもむろに口を開いた。


「茜先生、あなたの専門科目は陸上競技じゃなかったか? どうしてここにいるんだ?」

「よく聞いてくれたね、神崎。ありえないだろう? この私が御園高校の《武術科》に転属だとさ。その類まれな《肉体強化》の魔術の才を生かして、将来の国を担う人材を鍛えてほしいだってよ。ありえない、ありえないよ、三十手前の私に対してこの処遇。断じて許せないな。まったくもって度し難い」


 そう言うと、茜は冷めた目で紫煙をくゆらせる。

 およそ一年ぶりに会話をした彼女は、また随分とやさぐれていた。

 すっかり口に煙草が似合う、渋い女になっている。


「聞くところによると、去年の《武術科》を首席で卒業したのはキミなんだろう? なら、編入組である彼女に少しお灸を据えてやればいいだろう」

「そういうことなら別に構いませんが、彼女……斬島さんは相当強いですよ」

「キミだって、十分強いじゃないか。一年前とは大違いだ。一目見て気付いたよ。醸し出す雰囲気、特殊な筋肉の付き方、また成長したね」


 茜は側に立てかけてあった二本の木刀を、流斗と舞夜に投げ渡す。

 二人がそれを受け止めたとき、茜が低い声を上げた。


「では、今から神崎流斗と斬島舞夜の決闘を始める。他の生徒たちは今後の参考に二人の戦いをよく見ておけ」


 この状況になって、流斗は御園中学に編入したばかりの頃を思い出していた。

 昔、灰原弾と戦ったときとそっくりな雰囲気だ。

 視線を格闘場全体に這わせるが、彼の姿は確認できない。


(弾は《武術科》を専攻していないのか?)


 そんなことを考えていると、茜が決闘のルールを語り始めた。


「二人とも、ルールは簡単だ。相手を気絶させるか、負けを認めさせる。それがこの決闘の勝敗を決める。ちなみにここでは魔術の使用は禁止だ」

「いいよー! いいよー! まさか編入早々、こんなに強そうな人と戦えるとは思っていなかった。やっぱり、この御園高校に編入してきて正解だったよ! 上がってキタ!」


 舞夜が嬉しそうに軽快なステップを踏む。


「……了解した。なるべく早く済ませよう。つまらない試合はしたくない」

「つ、つまらない……だって? 果たしてそうかな? 斬り刻んでやるよ!」


 二人の確認の言葉を受け、茜が右手を高く掲げる。


「では――試合開始!」


 その合図を受け、舞夜が速攻でこちらに突っ込んでくる。

 中段の構えから、木刀による強烈な刺突。流斗はそれを両手で握った木刀で軽く右に弾きながら、そのまま《払い面》の形で舞夜の頭部を狙う。


 舞夜は勢いよく一歩前に出て、流斗の一撃を両手で握った木刀を顔の前に掲げるようにして凌いだ。激しい鍔迫り合いの末、二人は一度距離を取る。

 その際に、舞夜が《引き胴》で流斗の右脇腹を狙ってきた。


(……切り替えしが早い!)


 流斗はそれを、木刀から手を離した右の手刀でなんとか叩き落とす。

 そして両者は再び両手で木刀を握ったまま接近。

 互いに右胴を狙った木刀が両者中央で炸裂。


 競り合いの末に、二人とも《逆胴》で相手の木刀を弾き返す。

 その後は互いの頭部を狙った面打ちが続く。

 激しい太刀筋。剣術の腕で劣っている流斗が徐々に押され始める。


 烈火の如く打ち込む舞夜の連続面打ちに、流斗は体勢を崩されて後ろに倒れた。

 すかさず頭上に振りかざされる、全体重を乗せた舞夜の一撃を、流斗は木刀を水平に構えて全力で受け止める。そして、舞夜が木刀を握る両手を右足で勢いよく蹴り飛ばした。


 よろめいた舞夜の右胴に、流斗は一切の躊躇いもなく瞬時に木刀を叩き込む。

 舞夜はかろうじて右腕であばらを守ったが、肉を打つ鈍い音が鳴り響いた。


「……強い。強い、強い、強い! もう、強いなあァ! 興奮してきたぁあああ!」


 両目を赤く血走らせた舞夜が、猛スピードで流斗に肉薄した。

 頭上で二度木刀を打ち合った二人は、再び至近距離で鍔迫り合いをする。


 流斗は、そのまま木刀から右手を離して左手一本に持ち替え、右の《ティー・ソーク》――ムエタイの肘打ちを放つ。

 舞夜は咄嗟に首だけを後ろにそらし、流斗の攻撃を躱した。

 剣術だけではない、流斗が得意とする近接戦闘にもついてきている。


「いい反応だ。しかし、まだ遅い!」


 流斗は木刀を両腕で握り直し、後ろに反った状態の舞夜の首を狙う。

 舞夜はそれを、下から木刀をすくい上げるように一閃。流斗を体ごと半回転させて、すべての衝撃を受け流した。振り向きざまに流斗は木刀を振るう。

 舞夜の猛烈な剣筋と絡み合い、二人の斬撃は周囲に火花を散らしながらぶつかり合った。


 流斗は左手一本で木刀を握り、舞夜に向かって斜めに一振り。

 舞夜が後ろに下がったところに、空いた右腕で正拳突きを放つ。

 自らの拳を柔らかく握ることで突きのスピードを上げ、相手に直撃する寸前にその拳を硬く握りしめて捻じ込むことで威力を上げる。


 剣術のセオリーを無視した流斗の攻撃に、舞夜が瞬時躊躇った刹那。

 流斗の右上段蹴りが、舞夜の両腕で握った木刀ごと跳ね上げた。

 がら空きになった舞夜の腹部に、いつの間にか右腕一本に持ち替えていた木刀で、流斗は稲妻のような一閃を放つ。

 その瞬間、舞夜の顔が戦闘に対する興奮で狂気に歪んだ。


「斬り結び、血を喰らえ! 刀技! 《雷斬らいきり》!」


 交差した後、二人の立ち位置が入れ替わり、お互いに背を向けた形となる。


「……ごふっ……ごほ、ごほっ……」


 しばしの間を置いて、舞夜の綺麗な口の端から、一筋の赤い鮮血が流れ落ちた。

 しかし、流斗が握っていた木刀にひびが入り、中央から真っ二つに裂けて割れる。

 先程起きた一瞬のやりとり。流斗の《横一文字斬り》を、雷の如く振り下ろした舞夜の強烈な縦斬りが流斗の木刀を逆に粉砕した。

 同じ木刀で木刀を叩き斬る。刀技――《雷斬り》。


(これが……斬島舞夜の真の実力か)


 武器である流斗の木刀は折れた。剣士としての流斗はこの戦いに敗れたことになる。

 だが、それでもまだ勝負はついていない。

 なぜなら、舞夜は剣士であるが、流斗は拳士であるからだ。

 その拳が握れる限り、神崎流斗に敗北の二文字はない。


 そのことは、この戦いの中で敵対している舞夜も脳ではなく身体で理解していた。

 だから、舞夜は体を旋回させると疾風の如く流斗に突っ込む。

 それに対して、流斗は体を斜めにした手刀構えの形を取って迎え撃つ。


 弾丸のように迫る舞夜の打突を、流斗は首の動きと手刀受けで避けた。

 迫りくる斬撃の嵐。斜め上から繰り出される木刀を躱し、そのまま斜め下から斬り替えしてきた斬撃を、流斗は体を捻っていなす。その動き、まさに流水の如く。


 すべての剣戟を、最強の受け技――《回し受け》で捌く。


 最後に放たれた《胴斬り》に対して、流斗は腹を引っこませて薄皮一枚で躱した。

 防戦一方。一見そう見えて、流斗は舞夜の剣筋を学習し、密かに隙を伺っていた。


「ははっ、ははははは! 全然当たらないや。避けるのが上手いねぇ、流斗!」


 己と同等。あるいはそれ以上の強敵の血を以ってして、舞夜の渇きは潤う。

 首筋を狙って放たれる舞夜の木刀を屈んで躱し、足元を狙った脛斬りを空中で一回転して避ける。ここまで多くの斬撃を防いできたが、守るだけでは到底勝つことはできない。


(――ここで勝負に出る!)


 顔面を狙ってくる舞夜の斬撃を首だけ屈めて躱し、流斗は舞夜の懐に潜り込む。

 近接戦闘に持ち込もうとする流斗の思考を読んだ舞夜は、威圧殲滅の《上段構え》を取り、再び雷の如く強烈無比にして最速の一振りを放つ。


「刀技――《雷斬り》!」


 流斗はそれをバックステップで躱し、一度距離を置くと見せかけた後、高速で旋回しながら舞夜に接近。

 強烈な《裏拳》を放つが、舞夜は上体をそらすことでなんとかそれを躱した。


 ――避け切った。舞夜がそう油断した瞬間、流斗の胴回し回転蹴りが炸裂。


 舞夜の顎を軽く蹴り上げ、彼女の脳内を揺らした。


「……え? は? ははっ、まだまだ掠った程度。まだやれ……る……?」


 舞夜が両腕に木刀を握り締めたままガクリと力なく膝を折り、そのまま丸みを帯びた柔らかそうな桃尻を地べたにつけた。


「え? ……あれ? 私、まだやれるんだけど……ぉ、おかしいな……」


 そう呟く舞夜の顔面に、流斗の正拳突きが迫る。

 そして、その拳は舞夜の顔面に直撃する寸前で止められた。

 舞夜の前髪が、流斗の放った拳の衝撃波で揺れる。


「残念ながら斬島舞夜、お前の負けだ。今のお前は、軽い脳震盪を起こしている」


 頭部または顎付近に対する衝撃により起こる、神経伝達物質の過剰放出による脳代謝の障害である脳機能障害。

 現在、舞夜は意識が混濁しており、バランス感覚が麻痺している。


「はーい、試合終了。勝者は神崎流斗。おめでとーう!」


 いつの間にか近くに来ていた茜が、流斗の右腕を片手で持ち上げて適当な調子で言う。

 もう片方の手で、口に咥えていた煙草を指の隙間に挟み込んでいる。

 そして茜は大きく紫煙を吐き出した。


「ちょ、待って、先生! 私、まだ戦いたい。戦えるって! ねぇ! ここからだろ!」

「神崎、彼女を保健室に運んでやってくれ。《医療科》の生徒が見てくれるだろう」

「わかりました。じゃあ、今日の授業はサボってもいいんですね?」

「ああ、特別にちゃんと出席扱いにしておいてやるよ」


 茜の返答を受けて、流斗は尻もちをついている舞夜を、自分の胸の前に両手で抱え上げた。所謂お姫様抱っこというやつだ。


「おい、あんた、流斗! なんだこの格好は! 恥ずかしい。おろせ、おーろーせー」

「うるさいな、お前を背負ったら後ろから噛みつかれそうで怖いんだよ。これで我慢しろ。俺だって恥ずかしいんだからな」


 体を揺らして必死に抵抗する舞夜を無視して、流斗は彼女を胸の前に抱えたまま地下闘技場を悠々と後にする。


 その姿を見送った他の《武術科》の生徒たちは、舞夜の叫び声をよそに、桐生茜の監視の下で午後の選択授業が今日より本格的に始まるのだった。

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