040話 普通の高校生
西暦2074年4月某日。
春。満開の桜が咲き誇り、吹く風も柔らかなこの良き日。
神崎(日向)流斗は、御園学園の一部である、御園高校へと無事に進学を果たした。
結局、運命のあの日から、武藤相馬は本当に学校へ来なくなった。
その後、御園中学で三年生に学年が上がった流斗だったが、灰原弾とはクラスが別々になり、少しずつ会う機会が減っていった。なにやら弾も急に忙しくなったようで、あまり流斗に絡んでこなくなったのだ。どうやら学校への出席日数もギリギリで卒業したらしい。
だから、流斗は引き続き同じクラスになった宝条院椿姫と、御園中学校では一緒にいる機会が一番長かった。
神崎遥と天枷紫苑と共に軍の手伝いも続けており、今では遥同伴ではなく、流斗と紫苑の二人だけで行動する機会のほうが多くなっている。
それでも、資料上死んだことになっている流斗と、半人半魔であることを隠している紫苑は目立つ行動をしていない。そして相変わらず神崎士道が情報操作をしてくれているおかげで、軍の上層部にも下層の人間にも、二人の情報は行き渡っていない。
そんな長いようで短い穏やかな一年が過ぎ、流斗はついに昨日から遥と紫苑と同じ、御園高校へと通い始めている。
――昨日は、御園高校の入学式だった。
……ざわざわ……ざわざわ……。
「チッ、うるさい奴等だ。少しは静かにできないのか?」
思わず、流斗は舌打ちする。
大きな特殊体育館には、全校生徒が集められていた。
御園高校は御園中学校に隣接するエスカレーター式の高校だ。
もちろん、途中退学者も途中入学者もいるが、大半の生徒の顔ぶれに変わりはない。
男子寮と女子寮が付近にあり、生徒の半数ほどは下宿している。
今、この体育館にいる生徒の数は1080名。
そのうち、一年生が40人×10クラス=400人。
二年生になるとクラスが一つ減り、40人×9クラス=360人。
三年生になるとさらにクラスが一つ減り、40人×8クラス=320人。
一年ごとに、一クラスぶん、退学者が出る計算だ。
毎年、年度末の成績下位40名が自主退学扱いになる。
流斗は、この場にいる生徒たちを見渡す。
「一年の半数以上は知っている顔だが、二年と三年の半数以上は知らない顔だな」
体育館の舞台を背に、二年と三年の生徒が体育館入り口を向いて立っている。
今年から御園高校に入学する流斗たち一年は、体育館の入り口に背を向けて、二年と三年の生徒と対面する形で立っていた。
二年と三年の生徒は退屈そうに、反対に一年は楽しそうにしている。
おそらく、新たに始まる高校生活に、過度な期待をしているのだろう。
「では、今から御園学園理事長、宝条院美咲さんのお話を頂く。二年と三年の生徒は反転し、舞台のほうを見てください」
その言葉に、すばやく二年と三年の生徒が反応し、身体の向きを変えた。
洗練された動きだ。少なくとも、流斗はそう感じた。
「みなさん、おはようございます。既にご存知かもしれませんが、わたくしが御園学園理事長の宝条院美咲です」
――宝条院美咲。流斗の友人である、宝条院椿姫の実の母だ。
娘と変わらぬ金髪碧眼。ロシアの血が入ったハーフらしい。
170センチほどの身長に大きな胸、くびれた腰の下には形の良い尻がある。
まったく年老いて見えない、若々しい女性だった。二十代に見えるくらいだ。
(相変わらずの若さだな。肌年齢いくつだよ、あの人……)
久しぶりに目にした美咲の姿に、流斗は素朴な疑問を持った。
そんな彼女は、日本軍から常にスカウトを受けている《幻覚魔術》の使い手である。
体育館の舞台の上では、美咲の挨拶が粛々と進んでいる。
「あなたたちは選ばれた生徒なのです。今年度の入学生も、御園中学から進学してきた生徒が半数を占めるでしょう。その生徒たちは言われずとも既に分かっているはずです。自分たちが高い壁を乗り越え、多くの競争を勝ち抜き、今、この場にいるということを。しかし、御園高校からは、外部の中学校からも多くの生徒たちが入学してきます。あなたたちの戦いは終わっていないのです。むしろ今日から、いえ今からが新たな戦いの始まりなのです。生きている限り、人は常に何かと戦わなければならないのですから。わたくしはあなたたちを――」
美咲は同じような話を、こちらの身体に染み込ませるように繰り返し続けている。
流斗は美咲から目をそらし、目の前にいる二年と三年の生徒の中から、見慣れた後ろ姿を探し出す。二年の真ん中らへんに、黒い髪の少女がいる。顔は見えないが、おそらくあれは流斗のパートナーである天枷紫苑だろう。流斗は半人半魔である紫苑と契約をした半契約者であるため、従僕であり、半魔である彼女の位置を知ることができるのだ。
そして、三年の前のほうに、長く艶やかな黒髪を持つ少女の姿を見つけた。
同じ黒髪でも、髪のきめ細やかさが違う。一目見ただけで、その少女が自分の義姉である神崎遥だと流斗には分かった。
(今日も変わらず姉さんは美しいなぁ……)
そんなことを思ってほうけていると、右横から脇腹を軽くつねられた。
「……いててっ」
「流斗さん、あなた、お母様の話を聞いていますの?」
流斗の右横には、今、舞台の上で話しをしている美咲を十歳くらい幼くしたような少女が顔を膨らませていた。
御園学園理事長、宝条院美咲の一人娘――宝条院椿姫。
流斗の数少ない友人である。
髪は綺麗な金髪で、サイドが縦ロールになっており、腰まで伸びた長い後ろ髪は、過去に流斗がプレゼントした黒いリボンで束ねられていた。
「き、聞いているって。聞いている、聞いている。ちゃんと聞いているよ」
「あなたのその口調……適当に答えていますわね? 怒りますわよ?」
「分かった。ごめん、ちょっと寝ぼけていた。昨日は緊張して眠れなかったんだよ」
「あなたが緊張? それは本当ですの? らしくもない」
「ああ。柄にもなく緊張しちゃってね。それで恥ずかしいから誤魔化していたんだ」
――もちろん嘘だ。誰がこんなつまらない入学式如きに緊張なんてするか。
「そう? なら仕方ありませんわね」
それでも椿姫は簡単に納得してくれる。
(相変わらず……ちょろいなぁ。でもそれがこいつの可愛いところだ)
「では、流斗さんはここでわたくしの完璧な挨拶を聞いていてくださいまし」
「――長くなりましたが、わたくしからの話は以上です。それでは、新入生代表からの挨拶に移りましょう」
舞台の上の美咲の話が終わると、右隣りにいた椿姫がその場から動き出す。
「今年の新入生代表は、前御園中学生徒会長にして《魔術科》首席卒業生、宝条院椿姫さんです。我が娘ながら、素晴らしい成績で入学してきてくれたことを誇りに思います」
そう言うと、美咲は一礼してから舞台の袖に下がる。
そして、舞台の真ん中には、新入生代表である椿姫が現れた。
彼女は豪奢な金髪を掻き上げる。凛とした強気な青い目が輝いて見えた。
随分とまた落ち着いた表情をしており、余裕が感じられる。
何とも表現しにくい、上に立つ者が持つ、独特の風格を漂わせていた。
「……………………へぇ」
美咲の挨拶でにぎわっていた体育館は、急に静まり返った。
(そういう顔もできるようになったのか……)
二年と三年の生徒はともかく、一年の生徒は完全に椿姫の存在に圧倒されている。
(やるじゃないか、椿姫)
ここに集まっている生徒たちを黙らせるほどの雰囲気。
それだけのものを、椿姫は既に纏っていた。
「ご紹介ありがとうございます。わたくしが宝条院椿姫です。本日この場では新入生代表としてご挨拶させていただきます。どうぞよろしくお願い致しますね」
清く澄んだ、よく通る綺麗な声だ。
舞台上から、この体育館全体に心地良く響き渡る。
椿姫はつつがなく、滑らかに挨拶を続けていく。
それを聞きながら、流斗はこれから始まる新たな生活にようやく胸を馳せた。
(……ようやく。そう、ようやくだ。やっと姉さんと同じ学校に通える)
その幸福を噛みしめながら、流斗は入学式を終える。
その後、流斗たちは身体検査を受け、帰宅したのだった。
五章開幕。




