032話 七対一
迷彩服を着た男たちの装備を素早く確認する。
どうやら、この狭い部屋では跳弾を避けて銃は使わない方針らしい。
男たちは戦闘用ナイフ、ククリ刀、小太刀、ナックルダスター、戦槌等を有していた。その立ち振る舞い、重心の位置や構え、戦闘慣れした独特の雰囲気から、かなりの手練れだと推測する。
「おい小僧、貴様は何者だ? 外にいた二人の男とは、少々雰囲気が違うようだが」
七人の迷彩服を着た男のうち、代表格と言える男が流斗に問うてくる。どうやら彼も、流斗が放つ異様な気に何か感じるところがあったらしい。
「俺は軍人だ。本来はここにいる葉山裕司を確保し、囚われの奴隷を全員解放するつもりだったのだが……姉さんの推測通り、奴隷商人狩りが現れたか」
「奴隷商人狩り? というか、私を捕まえるのが本来の目的!?」
流斗の後ろで葉山が猿のように喚くが、流斗はまったく意に介さず、目の前にいる迷彩服の男たちから一瞬の気も抜かない。
(葉山裕司――奴隷商人。お前は常に自分が狩る側だと勘違いしていたようだな)
「軍人……ということは我々の敵というわけだ」
迷彩服の男たちが狭い小屋内を上手く散開し、流斗を囲むことで視界の及ばない盲点を探し出す。この薄暗い空間を上手く活かす策を練っているようだ。
この緊迫した状況を前に、流斗の中の暗殺者の血が騒いでいた。互いの命を奪い合う、刹那にして極限のやりとり。しかし、流斗はもう人を殺さないと遥に誓った。だから――
「――お前たちは全員殺さずに捕獲する」
流斗は迷彩服の男たちの視線を集めるように、ゆっくりとおおげさに右足を宙に浮かす。
「《強震脚》」
そのまま右腕と同時に右足を勢いよく振り下ろし、床を強く踏みつける。
猛烈な衝撃。小屋内に激震が走り、床が激しい音を立てて陥没した。
「……上だ」
流斗のその言葉に呼応するように、迷彩服の男たちが視線を床から上げたとき、いつの間にか宙に放り投げられていた、小さな筒状の物体が閃光を周囲にまき散らした。
「閃光手榴弾か!?」
迷彩服を着た男のうち、誰かがそう叫んだ。
男たちの網膜を、強烈な光が焼き尽くす。
流斗は一度、《強震脚》で敵の視線を下に落としたのち、黒いコートの中から左手で後ろ手にスタングレネードを宙に放っていた。その後、自分は下を向いたまま右足と一緒に振り下ろした右手で目を覆い、言葉で敵の視線を上に誘導させる。実に単純な技術。
だが、迷彩服の男たちは見事なまでに、流斗の視線誘導に引っかかった。
一時的に視力を失った迷彩服の男たちがうろたえている隙に、流斗は高速で動く。
まずは近くにいた二人の男、その足の腱を二本の投擲用ナイフで斬りつけて断つ。
そしてそのまま、その二本の投擲用ナイフを前にいた男にハンドルグリップで放ち、両足の太腿に深く突き刺した。
「これであと四人」
瞬時に閃光手榴弾の光から目を隠した、残りの四人の男の視力が、完全とは言えないが回復する。その中でもリーダー格の男はほぼ視力を取り戻していた。余程、流斗の放った閃光手榴弾に対して、良い反応を示したのだろう。
多対一でも、自分のやることは変わらない。
目だけに頼らず《気》で全体を感知し、敵の仕草や呼吸、目の動き、重心の位置、影と微細な音、意識を戦闘に集中させることで感覚を研ぎ澄まし、あらゆる情報から敵の動きを先読みし行動する。高次元の戦闘になると、目で見てからの反応では遅いのだ。
流斗は黒いコートの裾から取り出していたワイヤーアンカーを切り替え、隙をみて事前に迷彩服の一人の男の首に巻き付いけておいたワイヤーを引き寄せ、間接的に首を絞めることで気絶させる。
「あと三人」
迷彩服の男が二人がかりでこちらに接近してくる。
「《前掃腿》!」
男の一人が放つ拳を、流斗は低くしゃがみ込むことで躱し、そのまま円を描くように右足払いをかけた。そして続けざまに、男が体勢を崩したところに屈めた膝を一気に伸ばし、その勢いを生かした右掌底を男の下顎にぶち込んだ。
「ぐ……がぁ……」
短い悲鳴を上げて気絶する男に対し、もう一人の男が跳弾を無視して咄嗟に拳銃を抜く。
流斗は、その男の手首に目にも留まらぬ速さで右手刀打ちをくらわせ、握っていた拳銃を叩き落とす。そしてそのまま男の脇腹に左中段回し蹴りを決めた。
さらに、男が体勢を崩したところに、ムエタイの『首相撲』。
両手を男の首の後ろに回して抑え込み、顔面に右飛び膝蹴りを見舞う。
「ぶべぇ、ごぉうぉ」
うつ伏せに倒れる男の背中に左肘を振り下ろし、流斗は完全に男の意識を絶った。
(これで残すはあと一人……だが、こいつは強敵だ)
いつの間にか、一足飛びで流斗の眼前に迫っていたリーダー格の男に対し、流斗は気を引き締める。しかし、他の男の相手をしていたせいで反応が追いつかなかった。
「我々の邪魔をするな」
小さく零れたリーダー格である男の呟き。
流斗は男の《崩拳》――強烈な縦突きを腹部にもらった。
猛烈な衝撃が全身を一気に駆け抜ける。
しかし、流斗は男の《崩拳》を食らう寸前に、《気血》を腹部へと瞬時に巡らせ《剛硬鎧》で威力を緩和していた。おそらく今、流斗の腹部を殴った男の右拳は、鉄に拳を打ち込んだような衝撃を受けているだろう。
リーダー格の男が咄嗟に左手に戦闘用ナイフを握る。その刹那――
「――『正貫突き』ッ」
唸る剛腕。流斗は左手を引手にし、右足を前に出し腰に添えた右拳を勢いよく引き絞る。貫通力の高い独自の正拳突きで、戦闘用ナイフを握る男の腕を跳ね上げた。
そのまま前に出した右足に引き付けるように左足を《継ぎ足》。
全身に捻りを加えた《足刀蹴り》を男の顔面に叩き込む。
顎を掠める鋭い擦過音。男は流斗の《足刀蹴り》を紙一重で避けた。
そのまま男は上段に構えた戦闘用ナイフを振り下ろし、流斗の右足を切り裂こうとする。
流斗は蹴り足を素早く引き寄せることでそれを回避した。
「ガキ、なかなかやるようだな。普通の人間なら、今の一撃で確実に仕留められたものを」
「チッ、面倒な相手だな」
絡み合う両者の視線。鋭利な刃物のように細められた眼光が互いを射抜かんとする。
左右に鋭く振り回される男の戦闘用ナイフ。
それを巧みに躱しながら、流斗は相手の隙を伺う。
先に痺れを切らした男が、流斗の命を刈り取るために、戦闘用ナイフによる最速最短の突きを繰り出した。
「これで……死ね! クソガキ!」
「《交差炎底》!」
火の出るような一撃。張り手に近い、手のひらの手首付近で相手を攻撃する技。
流斗は男の右ストレートに似た戦闘用ナイフによる刺突に合わせて、その外側から左掌打を放つ。両者の腕が交差して、互いの攻撃が相手の命を狙って迫る。
流斗は首の動きのみで、男の戦闘用ナイフによる刺突を紙一重で避けた。
頬から一筋の血が流れ、赤い雫となって床に垂れる。
そして、流斗の左掌打を見切ることのできなかった男の顔面に、流斗の左拳が勢いよくめり込んだ。衝撃が頭蓋を突き抜け、男が頭から背後に倒れる。
――勝った! そう思った瞬間、視界の端で先程両足の太腿にナイフを突き刺した男が立ち上がり、檻の中の奴隷たちに拳銃を向けようとしている姿が映った。
「なっ、あいつ! ――《神経加速》」
運動能力、反射神経、動体視力、思考力、判断力等が、通常時の二十倍にまで跳ね上がる。流斗の目に、男の挙動がゆっくりと流れるように映り込む。
男が銃の引き金に指をかけるよりも速く、流斗はベルトに付いたホルスターから愛銃のスチェッキン・マシンピストルを取り出し、男の右肩に黒い銃弾を撃ち込んだ。
高速で射出された弾丸は黄金色の空薬莢を宙に舞い上げる。
「ぐっああああああっ!」
男が悲鳴を上げて握っていた拳銃を床に落とした。
流斗はスチェッキンの引き金に指をかけたまま周りを見渡し、意識のある男たちを威圧する。そして周囲に張り巡らせていたワイヤーを収束した。
「よし、制圧完了!」
次回、久しぶりの姉回!




