016話 神崎流斗VS武藤相馬Ⅰ
流斗は相馬を無言で睨みつけた。
(そういえば、弾が俺と武藤に話しかけてきたとき、弾は武藤に対してどこか及び腰だった。それは、こいつが弾よりも実力が上だったからか)
「連戦で辛いかもしれないけど、僕も君と戦ってみたくなったんだ。――いいよね?」
「俺にメリットがない」
「そうかい? なら僕と戦ってくれたら、君が知りたがっていた、僕と遥さんとの関係を教えてあげるよ」
「気安く姉さんの名前を呼ぶなッ!」
「なら、僕とも戦ってくれるかい?」
急速に心が冷えていく。頭が冴える。その上でなお、抑えきれない感情があった。
流斗の禍々しい殺気が膨らみ、それは余すことなく相馬に向けられる。
眼球内を小さな虫が這うように、ズズッと流斗の目つきが鋭く切り替わった。
この感情は嫉妬なのだろうか?
自分より先に遥と知り合いだったという相馬に、流斗は苛立ちを感じていた。
「……ルールはどうする?」
「僕はさっきと同じで構わないよ」
一瞬場が静寂に包まれた後、流斗は口を開いた。
「弾、試合開始の合図をしてくれ」
「任せな、相棒!」
流斗に名前を呼ばれた弾が、生き生きとした顔でうなずく。
流斗は弾に相棒と呼ばれることを訂正するのが面倒臭くなり、放っておくことにした。
「クソ、弾といい、武藤といい、なんでこう男にばっかりモテるんだか……」
弾がマット中央に行き、流斗は相馬とともにそれぞれのマット両端へと移動する。
流斗と弾の戦いを観戦していた生徒たちは、新たな戦いが始まるとわかると同時に、再び熱を取り戻し騒ぎ立てた。さっきよりも人が多い気がする。
正直、流斗はすでに弾との戦いのダメージは残っておらず、体の調子は万全だった。
しかし、これ以上目立つまねはしたくなかった。わずかな可能性ではあるが、自分が元暗殺者で流浪人だったことがばれるかもしれないからだ。
(でも、姉さんとあいつの関係は気になる。それにあいつは鋭い感性を持っている。今のうちに、何か武藤相馬の情報を掴んでおく必要があるな……)
流斗が相馬を横目で見ると、なんのものかよくわからない薄い道着を着て、裸足ので屈伸運動をしている姿が映る。
「弾、準備オーケーだ」
「僕もいけるよ」
二人の目に強い戦意が宿る。観戦者を増した闘技場の一角は静かになり、戦いの火蓋が切られるのを待っていた。
「そんじゃあ、試合開始だァァ!」
弾が試合開始の合図をすると同時に、ギャラリーが歓声を上げた。
流斗と相馬は一斉にマット中央に向けて動き出す。中央付近に来ると、互いの隙を伺いながらグルグルと回り、少しずつ距離を詰めていく。この間にも多彩な駆け引きが行われており、互いに相手の出方を見極めていた。しかし、それも長くは続かない。
「《手刀斬り》!」
最初の一手は、相馬から仕掛けられた。
流斗は相馬が大きく振り下ろした右手刀に対して上体を屈めて躱し、逆に相馬の首を狙って手刀打ちで反撃する。しかし、流斗の手刀打ちは相馬の左手刀によって弾かれた。
そして、再び相馬が右手刀を繰り出す。それをまた流斗の手刀が弾く。
流斗と相馬は意地になったように手刀を打ち合い、互いに相手の手刀を捌きながら手刀を放ち続ける。単調な手刀の打ち合いは、数秒ごとに鋭さを増していった。
威力を求めていた手刀は次第に速さを求め、二人の戦いは加速していき――徐々に互いの体を手刀が体を掠め、皮膚を削る擦過音が鳴る。
しかし、両者の手刀の打ち合いをギャラリーの半分以上が目で追うことができなくなった時点で、それは唐突に終わりを迎えた。
「……ふっ、このままじゃ決着がつかないね」
「ハッ、馬鹿言え。俺の手刀がお前に当たってきているだろうが」
「それは僕も同じことだろ」
流斗は攻撃の手を一度止め、相馬に気になっていることを尋ねた。
「――で、お前が強いことは十分にわかったが、結局お前と姉さんはどういう関係なんだ?」
「君も薄々感づいているんじゃないかい?」
「……軍関係か?」
「その通り。僕は遥さんと同じように軍の手伝いをしている。この年代で軍属の人は少なくてね。それで遥さんと知り合ったんだ。と言っても、たまに出会ったときに話をするくらいなんだけどね」
微笑を浮かべて遥のことを話す相馬に、流斗は心底苛立つ。
馴れ馴れしく遥のことを話されることが、たまらなく癇に障った。
「姉さんは軍属じゃない」
「それは僕も同じだよ。あくまで父さんの手伝いさ。でも、この国の人を『悪』から守りたいと思う気持ちは本物だ」
「そうか、お前の父親も軍属ってわけか」
「だからね、僕は君のような危険な人物を放っておくわけにはいかないんだよ」
「俺のどこが危険なんだ? さっきも言ったろ。俺はただの中学生だ」
流斗は物わかりの悪い相馬に対して、やれやれと軽く手首を振る。
(……そうだ。俺は自分の家族すら守れない、ちっぽけなガキだ)
「ただの生徒が、転校初日にクラスメイトに殺気を飛ばすのか? それに、あの出来事がなくても、すぐに僕は君の異質さに気づいたはずだよ。僕もさっき言っただろう? 君からは死の匂いがすると。命を懸けたやりとりを生き抜き、ときにその手で他人の命を奪ってきた、そんな匂いだ。僕はそういう人間に何回も会ってきたからね」
相馬はあくまでもこちらのことを危険視しているようだ。
「まったく、どうすれば理解してくれるんだか……」
流斗はどうすれば相馬が自分のことを害がないと見なしてくれるのか、必死に模索する。
「だから、僕が君を倒す。次は本気を出さないと……死ぬよ」
「――あ?」
流斗が間抜けな声を漏らしたとき、相馬はすでに目にも留まらぬスピードで、流斗の懐まで接近していた。相馬はそのまま正拳を流斗の鳩尾に深く、抉るように突き刺す。
「ぐぁ……ッ!」
空気が振動するような衝撃が炸裂し、流斗はマットの外まで吹き飛ばされ、格闘場の壁に叩きつけられた。流斗の口から鮮血が溢れ、そのままずるずると床に倒れ込む。
そして流斗の視界に映る世界は歪んだ。
◇ ◇ ◇
相馬は流斗の状態を確かめるために、ゆっくりと近づいた。
流斗は仰向けで目を見開いたまま倒れており、生きているかどうかすらも怪しい。
呼吸音が一切なく、黒く濁った目は虚空を見据えている。まるで覇気を感じなかった。
「だから、本気を出さないと死ぬかもしれないと忠告したのに」
身動き一つしない流斗に、相馬は興味をなくし、背中を向けた。
その瞬間――死んだかと思われた流斗が勢いよく跳ね起き、相馬に向かってゾンビのように飛びかかる。相馬が流斗に気づいて振り向いたときには、すでに流斗の右手が熊の手のように相馬の顔面を抉ろうと迫っていた。
しかし、相馬は咄嗟にブリッジの体勢を取ることで、流斗の攻撃を自身の頬を掠めるだけにとどめる。猛烈な擦過音。相馬の裂けた頬から一筋の血が流れ落ちた。
二人の立ち位置が先程の攻撃で入れ替わり、両者は互いに横目で睨み合う。
「……いきなり、魔術を使ってくるとはな」
流斗は相馬に対して、低く暗い声を投げかける。
「別にルール違反じゃないだろう。さっきの君たちの戦いに、魔術の使用は不可というルールはなかったと思うけど?」
反撃を食らってもなお、相馬から焦燥は感じられない。
「それにしても、あの攻撃を堪え忍んでいたとはね。咄嗟に自身の肉体でも強化して、防御力を高めたのか?」
相馬の読みは当たっている。あの攻撃は通常時の《剛硬鎧》では防げなかっただろう。
流斗は相馬の拳が直撃する寸前に、自身の腹部を部分的に《硬化》させることでダメージを抑えていた。
「でも、まだまだ君の本気はそんなものじゃないだろう?」
もうすぐ姉と合流して姉成分を補給します(*´ω`*)




