011話 金髪縦ロールと嵐のような出会い
流斗は歩きながら、昨日見たパンフレットの内容を脳内で反芻する。この私立御園学園には、今では全国の高校に取り入れられている、特殊な授業制度を中学の時点で取り入れてある。
特殊な授業制度というのは、個々の才能をより強化するために、悪魔との戦いの後に導入された新たな教育制度のことだ。その制度により、午前中の授業は平常通り主要科目の授業が行われるが、午後からは各自が選択した授業を受けることになる。
選択の幅は広く、大まかに分ければ、午後もそのまま勉強をする者や、スポーツ、芸術、魔術の鍛錬などを行う者がいる。
ひとえに勉強といってもその種類は無数にあり、本来学校で習うレベルに留まらず、科学、化学、医術、天文学、地形学、心理学、工学、工業、経済、生命などのハイレベルな知識を学ぶことができ、特殊な技術を習得することも可能だ。
スポーツや芸術では、各競技や分野で全国のライバル校と熾烈な争いを勝ち抜き、学校に利益をもたらすためや、プロになって大金を貰うためなど、様々な思惑が重なっている。
その中でも、武術においては軍事的戦力になりうるため、特別過酷な授業を行っているそうだ。
そして、魔術の才能があるものは、学園から直接推薦を受けてさらなる鍛錬を積むことになる。中には才能は乏しいが自身の実力を高めるために、自ら魔術の授業を選択する者もいるようだ。また、この魔術の専門授業は、悪魔の再侵攻に備えた日本における魔術師育成機関でもある。
これにより、この学校では、体育、音楽、美術、書道、家庭科、技術などの副教科の授業は行われない。すべて各自の判断に委ねられているのだ。
それは目まぐるしく変わるこの世界情勢に適応し、自己の長所を国の役に立てるためであり、個々が生き抜くためでもあった。
昨日パンフレットを見たときに、流斗は自分が選択する科目をすでに決めていた。
(まあ、俺の選択科目は武術しかないだろうな)
そんなことを考えながら、目的の教室に向かって廊下を歩き、角を曲がろうとしたところで、反対から物凄い勢いで角を曲がってきた人物に強烈なタックルをくらう。
「ぐふっ!」
物思いにふけっていたところを思いもよらぬ衝撃が襲い、間抜けな声が漏れた。
ぶつかった衝撃で両者は宙に投げ出される。流斗の目は、空中で豪奢な金髪縦ロールの少女を捉えた。運動エネルギーの関係で、二人は流斗が歩いてきた廊下の方向に倒れこんでいく。
その際に二人の位置が入れ替わり、流斗の体は上方に流れた。そして、下方に流れた少女の頭は地面に激突しそうになる。流斗は咄嗟に右腕を伸ばし、少女の頭を抱え込みながら床に倒れた。
右腕に鋭い衝撃が走るが、流斗にとって、それは大した問題ではない。
少女に怪我がないか確認しようとして、その顔を見る。西洋人形のように整った顔立ちで、その容貌からは優美さが漂い、陶器のような滑らか白い肌が印象的だった。
視界に入った髪は綺麗な金髪で、サイドは縦ロールになっており、腰まで伸びた長い後ろ髪は真っ白いリボンで束ねられている。
流斗の手は少女の髪の上から後頭部を保護しており、彼女に怪我はなさそうだ。
「うっ……いたたた……」
少女が呻きながら瞳を開き、その綺麗な青い目が流斗の顔を捉える。そして、その目線はゆっくりと下に降りていき、少女は自身の胸元を見て顔を真っ赤にした。意味が分からず流斗も目線を下ろすと、自身の左手が少女の胸の上にしっかりと添えられている。
「うおっ!」
流斗は驚いた声を漏らし、思わずその左手の指を動かす。
指にぷっくりとした柔らかさが伝わってきた。
「――おおおお、これは! 申し分のない柔らかさだ……っ!。だがしかし、姉さんには遠く及ばないな……あの大きさと弾力に比べれば、まだま――うぐっぉ!」
言葉の途中で、少女に腹を強く蹴り上げられた。
流斗の体は後方へと勢いよく弾かれる。
少女は顔を怒らせながら起き上がった。
「あ、あなたっ! なんてことするんですのっ! 人の、む、胸を触った挙句、他人と比べて貶めるなんて……許せませんわ!」
確かに、彼女の胸は遥より小さかった。だが悲嘆することなかれ。彼女の胸はまだ成長途上の中学生の胸だ。高校生の遥と比べるのは酷であろう。これからの成長に大きな期待が持てる。
流斗は勢いよく腹を蹴り飛ばされたというのに、大したダメージを見せずに起き上がった。極限まで鍛え上げられた腹筋の前では、女子中学生の蹴りなどまったく効かない。むしろ気持ちいいくらいだ。いや、別に変な意味ではなく。流斗は今頃になって少女に弁解を始める。
「おいおい、待ってくれ。俺はあんたを助けようとしただけで、胸を触ったのは故意じゃないんだ」
「何をおっしゃりますの! あなた、胸に触れているのに気づいてから、さらに揉んできたじゃないですの!」
少女の怒りは止みそうにない。彼女の金髪が心なしか逆立っているような気さえする。
「……チッ、ばれたか」
流斗は悪びれずに舌打ちした。
元暗殺者とはいえ、流斗も年頃の男の子だ。そういうことに興味がないわけではない。
それに加え、流斗は神崎家で過ごすうちに、良くも悪くも普通の少年へと近づいていた。そもそもあのナイスバディな姉と常に一緒にいれば、邪な感情も芽生えるというものだ。だからといって、自分のことを『弟』として可愛がってくれる姉に手を出すわけにはいかないし。そもそも流斗は遥に忠誠を誓っている。遥のことをそういういやらしい目で見ることなんて……たまに、本当にたまに、極々稀にしかない。……たぶん。
「だが、先にぶつかってきたのはあんたのほうだろ?」
「うっ……そ、それでも、あなたがわたくしにした無礼な行為が許されるわけではありませんわ! 今、この場で裁きを受けてもらいます!」
少女の怒気を帯びた声とともに、彼女の周りに風が吹き荒れる。少女の両の手のひらから小さな竜巻が生まれ、手のひらに収まるほどの風の弾が、流斗に向かって襲い掛かってきた。
だが、流斗はそれを難なく躱す。風の弾は廊下の壁にぶつかると霧散した。
今の攻撃はおそらく、空力操作の魔術であろう。
(姉さんのときは読みが外れたが、今度は間違いない。直接風を使って攻撃してきたことから、こいつの魔術が空力操作であることは確定だ)
風の弾が衝突した壁を見るが、そこには傷一つついていなかった。それは決して彼女の魔術が弱かったからではない。流斗の目には先程の攻撃は速さこそ足りなかったが、威力はなかなかあるように見えた。つまり、この学校の校舎自体が頑丈な造りになっているということだ。
「避けるんじゃありませんの!」
少女が両の手のひらを重ねた。
そこから、より圧縮された風が細く束ねられ、鋭い一撃が高速で流斗へと迫る。
「《エアツイスト》!」
さっきとはスピードも威力も桁違いだ。
流斗は再び避けようとしたが、自分の背後に騒ぎを聞きつけてきた生徒がいるのを目の端に捉え、その場で凌ぐ決意を固める。
螺旋を描きながら迫りくる風撃に対し、腰を落として正面に構えを取ると、浅く息を吐いて左腕を軽く前に出し、右拳を腰の下で引く。
体の隅々まで血液を送り、細胞を活性化させる。
そして魔力を右拳に集め、右腕部を《硬化》した。
圧縮された細長い竜巻が、矢のように流斗の眼前に迫る。
「《硬化正貫突き》ッ!」
唸る剛腕。前に構えた左腕を引手にして一気に腰まで引き寄せ、その勢いで同時に腰の位置まで引いておいた右腕を突き出した。貫通力の高い、独自に編み出した正拳突き。
自らの拳を柔らかく握ることで突きのスピードを上げ、相手に直撃する寸前にその拳を硬く握りしめてねじ込むことで威力を上げる。
回転を加えた神速の右拳が風の矢を貫き、木端微塵に打ち砕いた。
「え……?」
少女は自分の魔術を素手で打ち破られたことに茫然としている。
「大丈夫か?」
その間に、流斗は自分の背後で怯えた顔をしている女子生徒に尋ねた。
「あ、あの、ありがとうございます」
それだけ言うと、その生徒は顔を赤くして足早に去って行く。
「おい、お前。俺のことを攻撃するのは構わないが、他のやつを巻き込むなよ。謝れ」
先程まで荒ぶっていた少女が、目の前で取り乱して困惑している。
頭に血が上り、つい周りをよく見ずに魔術を使ってしまった後悔からか、少女の頭はパニックになっているように見えた。
「あの、え、えっと、ご、ごめんなさい」
「……うん。素直に謝れることはいいことだな。それじゃあ、俺はこれで失礼するよ」
流斗は爽やかに微笑みながら、その場を立ち去ろうとする。
だが、慌てて少女が口を挟んできた。
「――って、ちょっと待ちなさいな! そういうあなたは結局、わたくしに謝ってないじゃありませんの! 今すぐ謝罪を要求しますわ!」
「……チッ、またばれたか」
「舌打ちするんじゃありませんのっ!」
優美さを醸し出していた少女が、今では鼻息荒く食ってかかってきている。
こいつ、実は馬鹿なんじゃないのか? という思いが流斗の頭を占めた。
「というかお前、なんか急いでいたみたいだけどいいのか?」
「……あっ! そうでしたわ。このままじゃ遅刻してしまいますの」
少女はスカートのポケットから懐中時計を取り出して時間を確認する。
「この時代に、懐中時計……ブランド品か?」
そのとき、廊下に始業のチャイムが響き渡った。
気づけば、廊下には流斗とこの少女を除いて、他に誰もいなくなっていた。
「あぁぁぁぁぁ! 完全に遅刻確定ですわ。このわたくしが遅刻だなんて……」
さっきまで怒り心頭だった少女が、今は奇声を上げて落ち込んでいる。
「まぁまぁ、遅刻の一回や二回、そんなに気にすることないだろ?」
流斗は良い笑顔で少女の肩に手を置き、ポンポンと慰めた。
「――って、あなたのせいですわ!」
少女は肩に置かれた流斗の手を振り払い、ぷりぷりと怒りながら懐中時計をしまった。
そのまま流斗に背を向けて歩き出す。
やっと解放されたか、と思ったところで少女がこちらを振り向いた。
「この借りは必ず返させてもらいます。覚えてなさいっ!」
「なんて見事な捨て台詞なんだ……。もはや感銘すら覚えるぞ」
ご丁寧にこちらを指さし、腰に手を当てポーズまで作っている。
「あと、悪いけど、たぶん忘れるわ。つーか、そもそもあんた誰?」
その言葉で、せっかく平静を取り戻しかけていた少女の頬が再び紅潮した。
「なぜ、わたくしの名前を知りませんの!? わたくしは宝条院椿姫ですわ! いいからその名を覚えておきなさいっ!」
そう言い残して、椿姫は廊下を走り去っていく。
「……なんか、いろんな意味で凄いやつに会ってしまった。『ですわ』っていう語尾のやつ初めて見たわ。本当にいるんだな~」
広い廊下に取り残された流斗が一人愚痴る。流斗は暗殺者をしていたときに金持ちのお嬢様を何人か見ていたが、椿姫のような口調をした人間に出会ったのは初めてだった。
「それにしても、あいつ宝条院って言ったか? どこかで聞いた名字だな。というかあの口調……どこかのお嬢様なのか?」
嵐のような少女との邂逅を経て、一気に疲れを感じた流斗は、とぼとぼと目的の教室を目指して歩き出した。
Newヒロイン登場?




