33
金曜日の夜、なるべく自然な態度を取れるようにと大学を出る頃から意識してしまい、自分でも分かるくらいにぎくしゃくとした動きで花屋に向かう。花屋の側まで来ると心臓が飛び出るかも知れないと思うほど、胸がどきどきとうるさい。あまり怪しく見えない程度に深呼吸を繰り返し、何気なさを装い花屋へ。緊張で顔が上げられず、下を向いたまま花屋の扉を押し開くと店の奥から父上殿の声が聞こえて来る。不思議に思い、店内を見回すも店員の姿はそこには無く、いるのは父上殿一人だけ。珍しいなと思いながらも、心の隅でどこかほっとしている自分もいる。
父上殿に仏花を一組組んでもらうように頼み、さり気なく店員はどうしたのかと尋ねてみると、どうやら配達に出ているらしい。いつもであれば配達には父上殿が行っているらしいのだが、今日は自分が行くからと、店員が自ら配達を引き受けたらしい。これは、もしかしなくても、避けられているという事なのだろうか。きつい。振られるよりも、気付いてもらえないよりも、何よりもきつい。
父上殿から仏花を受け取り会計を済ませ店を後にする。花屋からの帰り道はかつて無いほど足が重く、家までの道のりが遠く思われた。
自宅へ帰り着き、花を贈った土曜日の夜と同じように床へと倒れ込む。しかし、あの時のような動悸は無く、今はただ静かに心が冷えていくようだった。避けられているという事は、俺の意思は正確に伝わったのだろう。その上で、受け入れられないという事だろう。こんな事になるのなら伝えなければ良かった。そうすれば、報われる事はなくても友人として過ごすことくらいは出来たはずだ。
もう、終わりにしよう。あの花屋へ行くことも、あの人に恋することも。でも、最後にはっきりと聞きたい。拒絶の言葉で構わないから、あの人の口から俺への気持ちを聞きたい。次の火曜日、最後の花を買いに行こう。もしかしたらまた避けられるかもしれない。そうしたら、気持ち悪いかもしれないけれど、待ち伏せでも何でもしてあの人に会いたい。自分勝手な我儘なのは分かっているけれど、そうしないと俺はこの先、前へ一歩も進めなくなってしまうかもしれないから。
すっかり習慣になってしまっていた一輪挿しの花を買うことも今日で最後。買う花はもう決まっている。ソリダスター。花言葉は「振り向いてください」。もう、終わった恋だと分かっていてもきちんと伝えたい。今度は押し付けるように花を贈るのではなく、正面から堂々と花を贈って、気持ちを伝えて、振られたい。
思い切って花屋の扉を開くと、父上殿ではなく店員がいる。どうやら今日は避けられなかったらしい。いつもならここでゆっくり店内の花を眺めながら花の手入れをする店員と世間話なんかをしたりするのだが、今日はそんな事をする余裕はない。店員のいらっしゃいませの言葉も言い終わらないうちに目的の花を探し、手に取る。そんな俺の様子に店員も戸惑っているのだろうか、それとも金曜日に俺を避けた事を悪いと思っているのだろうか、硬い表情でレジに立つ。
「ラッピングしてもらえますか」
今まで一度もラッピングを頼んだことは無かった。それは、ただ店員と話す機会が欲しくて、買っても家に飾るだけだったから。でもこの花は違う。この後店員に贈ってきちんと告白するための花だから。俺の頼みに店員が一瞬驚きの表情を見せるも、すぐにラッピング用リボンやペーパーの色を尋ねてきた。全て任せると言うと、花の茎を水切りすると、水を付けたステムティッシュとアルミホイルであっという間にステム処理してしまい、濃いブラウンのペーパーと深緑のリボンであっという間にラッピングされてしまう。こんな鮮やかな手並みを見るのもこれが最後になる。
会計を済ませ、花を受け取ると店員に花を買い始めた頃にしていた質問をする。
「この花の花言葉って、何ですか」
店員は少し考えてから、植物図鑑を開く。
「・・・豊富な知識、ですね」
辛そうな顔で花言葉を口にする店員に、俺はなんとも言えない気持になる。
「俺が聞きたいのはそれじゃないです」
目を見つめ、手にした花を店員へ無理やり押し付けるように渡す。
「振り向いてください」
好きなんです、と花言葉に俺の気持ちを重ねて店員に言葉を投げかける。俺を見る店員の目は見開かれ、言葉も出ない様子だった。この様子が答えなのだろう。もうここへは来ません、と頭を下げてから店員に背を向けて歩き出す。言葉は貰えなかったが、あの様子を見れば十分だ。俺は振られたのだ。振られ男が未練たらしくするのもみっともないとさっさと店を出ようと扉に手をかけた。
「待って・・・ちょっと、待ってくだっ、さっ・・・っ」
扉を開けると同時に、背後からバケツが倒れ水がこぼれる音やら色々な物が落ちる音、そして、俺を慌てて呼び止める声が聞こえてきた。呼び止められたのと音に驚いたのとで後ろを振り返ると、水浸しになった床に散乱する花や資材、そしてずぶ濡れになった店員が泣きそうな顔でそこに座り込んでいた。
立ち止まった俺を確認し、待ってくださいと店員がもう一度言う。そしてよろよろと立ち上がると花の入ったバケツの方へ歩いて行き、迷いなく一輪の花を手に取り俺の方へと歩いて来る。
「これが返事です」
店員は俺に真紅のバラを差し出す。真紅のバラの花言葉は「あなたを愛しています」。
「ずっと好きだったんです」
でも、俺には誰か好きな人がいるだろうから諦めていたのだと、そのくせ思わせぶりな態度をとるから戸惑ったのだとも教えられる。そんなつもりは無かったのだと、バラを受け取り店員の手を引く。
「初めから、あなたしか見てません」
俺はそう言って店員を抱きしめた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
この物語はこれにて完結となっております。
でも、いつか店員サイドのお話も書けたらいいなと考えております。
その時はまた、宜しくお願いします。




