第一部 第二編:虹色のケーキと、不器用な横顔
第一部:『弱音器を外した彼女たち』
第一章:虹色のケーキと、不器用な横顔
二〇二六年の初夏。東京の街に夕暮れが訪れ、ビル群のシルエットがオレンジ色から深い藍色へと移り変わっていく。
二十歳になったあきは、きれいに整えられたネイルを見つめながら、都内のおしゃれなカフェのテラス席に座っていた。目の前には、このカフェ名物のカラフルな「虹色のケーキ」が置かれている。
スマートフォンの画面がふっと暗くなり、ガラスに自分の顔が映る。その完璧なメイクを見つめていると、あきは二年前、自分の人生が鮮やかに色づいた「あの春」の日のことを思い出さずにはいられなかった。
あの日、十八歳だったあきは、地方から東京の大学に入ったばかりで、まだ自分の居場所を見つけられずにいた。周りの女の子たちがどんどん垢抜けていく中で、自分だけが置いていかれているような焦り。人見知りで、男の子の前に行くとどうしても緊張して上手く喋れなくなってしまう自分が嫌いだった。「変わりたい」そう願って、すがるような思いで扉を叩いたのが、女性向けのコミュニケーションスクール「おとこ教室」だった。
そこで、同じ大学の仲間たちと五人で受けた講習の最終日。メニューは「一対一で、一人の若い男性のモニターと三分間だけ話す」という実践メニューだった。
それが、あの講師の彼との出会いだった。目の前に座った彼は、お世辞にも大人の社会に慣れているとは言えない、どこか不器用な青年だった。けれど、私が緊張で言葉を詰まらせるたびに、彼はただ静かに、優しく私の話を聴いてくれた。東京での慣れない一人暮らしの不安──。
「この人なら、私の言葉を真っ直ぐに受け止めてくれる」そう確信した私は、おとこ教室を卒業するとき、勇気を出して彼にLINEの交換を求めた。
第二章:交錯する季節と、本当の言葉
その後、私たちの関係は、一度きりのカフェデートでは終わらなかった。
LINEを交換した後、初めて二人で行ったあの河原でのデート。その別れ際、駅の改札前で「まだ帰りたくない」と言おうとしていた本音を、私は次のデートの時、夜の静かなイタリアンレストランでワインの熱を借りて、彼のまっすぐな瞳にぶつけた。「私、あなたの前だと、上手く喋れなくなっちゃう」その告白を、彼は大人の男の包容力で丸ごと受け止めてくれた。
「じゃあ、今日はまだ帰らなくていいね」そう言って、私の手を優しく、強く握り締めてホテルへとエスコートしてくれた夜。ベッドの上で、私は全身で彼からの愛撫を受け入れ、呼吸を重ね合わせた。
翌朝、窓から差し込む朝の光の中で見た彼の寝顔は、十八歳だった私の世界のすべてだった。
けれど、季節は巡り、私たちはそれぞれの道へと進んでいった。彼はオンラインで何百人もの心を動かすトップ講師へと駆け上がり、ベトナムやネパールといった多国籍な世界へとその翼を広げていった。彼はビジネスのプロフェッショナルとして自分のプライベートを一切明かさなかったけれど、街の噂やスクールの評判を通じて、彼がどんどん「遠い世界の男」になっていくのを、私は寂しさと、それ以上の誇らしさで見つめていた。
そして私は、アイドルライブの会場でベトナム出身の可愛い双子、ホアとランに出会った。彼女たちに一目惚れした私は、翻訳アプリを使いこなして一気に距離を縮め、あの大好きな先生を彼女たちに紹介した。双子が彼に猛プッシュして、三人でホテルへ行ってしまったと聞いた時は、あきれるのを通り越して、なんだか私まで楽しくなってしまった。
あの不器用だった十八歳の私が、彼との出会いによって「一人の魅力的な女性」へと育ててもらったからこそ、私は前を向いて新しい世界へ進むことができたのだ。
エピローグ:世界で一番の「彼推し」
大学で就職活動が始まり、私はある企業のインターンシップに参加した。そこで出会ったのが、少し年上の大人の男性だった。彼の仕事中の真剣な眼差しと、ふいに見せる優しい笑顔に、私は一瞬で心を掴まれてしまった。仕事のやり取りを重ねる中で、次第にプライベートな付き合いへと発展していった。
結局、その企業の採用には至らなかったけれど、今の私にとってそんなことはどうでもよかった。なぜなら今の私は、かつて追いかけていたアイドルの世界から完全に足を洗い、世界で一番大好きな「彼推し」の生活に夢中だからだ。
大人の彼は毎日とても忙しくて、会えるのは月に一度、お泊まりのデートの時だけ。だけど、私の毎日は彼への愛で満たされている。
部屋では、彼との思い出のツーショット写真を大きくプリントした特注のTシャツを部屋着にして、愛車の中には彼の特製アクリルスタンド(アクスタ)を大切に飾っている。そして毎朝、彼が私のために録音してくれた「おはよう、あき」という優しい声のアラームで、これ以上ないほど幸せに目を覚ます。
今日も私は、彼が働くオフィスのすぐ近くにあるコーヒーショップでアルバイトをしている。ガラス窓の向こう、同僚と楽しそうにコーヒーを飲みながら歩いている彼の横顔が見えた。「やっぱり、私の彼氏、世界で一番カッコいい……」トレイを抱きしめながら、私は今日も彼の完璧な横顔にうっとりと酔いしれている。




