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十重奏(デシメット)の止まり木  作者: 海内裏
プロローグ:油性ペンのインターホン、あるいは奇妙な扉の開け方

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プロローグ 第二章:階段を上る男

『プロローグ:油性ペンのインターホン、あるいは奇妙な扉の開け方』

それからの日々は、目まぐるしいスピードで流れていった。フレンドリーコースの参加回数を重ねるうちに、私は色々なグループの生徒と接するようになった。お菓子とジュースをみんなで囲み、グループでの会話を回したり、時には彼女たちの個人的な悩み事の相談相手になったりもした。気づけば、初めて会う女性が相手であっても、緊張することは全くなくなっていた。

──あの日、インターホンの前で震えていた自分はもうどこにもいない。

やがて私の役割は、より深い人間関係の機微を扱う「ビジネスコース」へと進んだ。こちらは三人までの少人数制で、一人のグループもあれば、知り合い同士のグループもある。

内容はまるでワークショップのようだった。みんなでピタゴラ装置のような仕掛けを作ったり、架空の旅行計画を練ったりする。そこに「リーダー役」や「進行役」など、生徒ごとに役割を割り振って進めていくのだ。ここでは、さらに実践的な講習も行われた。アルコール度の低い缶チューハイとお菓子を囲んだ、飲み会形式の講習。

一人の生徒の場合は、私との「サシ飲み」になる。お酒が入って打ち解けてくると、生徒の中にはかなりプライベートに踏み込んでくる人もいた。私自身の女性経験のなさなど、あまり聞かれたくない部分に触れられそうになり、言葉に詰まることも珍しくなかった。

しかし、ビジネスコースでの私の主な役目は「こちらから相談を持ちかけること」だった。何を言えば分からずフレンドリーコースで他の女性たちから聞いたリアルな悩みを、そのまま「男の悩み」に置き換えて、生徒たちに相談する。彼女たちは真剣に考え、アドバイスをくれた。その合間に、今よく聞く曲やハマってるもの聞かれることも増えた。今の若い男が何を考えているのか、彼女たちは必死に吸収しようとしていた。

そんなある日、フレンドリーコースを卒業していく生徒たちから、「LINEを交換してほしい」と求められた。なにか困った時の相談相手になってほしいのだろう。

チラリと視線を送ると、スーツ姿の講師(いつしか私は心の中で彼女を『社長』と呼んでいた)も「あなたが良ければ」と微笑んだ。

私は彼女たちと連絡先を交換した。

社長からは「恋愛コース」への参加も打診されるようになっていた。「俺に教えられることなど、本当にあるのだろうか」そんな風に自問自答していた矢先、スマホが震えた。

LINEを交換した卒業生の女性から、メッセージが届いていた。『新しくできたカフェに行きたいんだけど、一緒に付き合ってくれない?』それは講習の延長ではない、純粋なプライベートの誘いだった。

デート当日。私は待ち合わせの駅に早めに着き、改札の近くで待っていた。すると、見知らぬ綺麗な女性がこちらに歩み寄ってきた。

目が合う。

「何かありました?」悪戯っぽく微笑むその声で、私は硬直した。待ち合わせていた、あの卒業生の彼女だった。髪型、メイク、私を迎え入れるための、その服装。講習のときとは全く違うイメージの彼女がそこにいた。

なんというか……ものすごく、かわいい。女性はここまで印象が変わるものなのかと、私は息を呑んだ。

二人でお目当てのカフェへ向かう。そこはカウンターで注文するスタイルで、すでに何組かの行列ができていた。メニューはカウンターにしかなく、後ろからはよく見えない。カウンターの横には、ショーケースにケーキやサンドイッチが並んでいた。

彼女はコーヒーと、お目当てのケーキを頼むという。私は一番甘くなさそうな、ブルーチーズを使ったチーズケーキと、メニューの一番上にあったコーヒーを選んだ。

一階は満席だった。

二階へ上がると、ちょうど四人グループが席を立つところだった。見ると、彼女たちは隅のテーブルに飲み終えた食器を重ねて置いていた。あそこに返せばいいのだろう。

しばらくして、注文したものが届いた。

彼女の前に置かれたのは、色鮮やかな「虹色のケーキ」。食べる前、二人でカップに手をかけ、流行りの「匂わせ写真」をスマートフォンで撮影した。思わず笑みがこぼれる。

しかし、一息ついたのも束の間、一階のほうが急に騒がしくなった。窓からのぞいてみると、外にはとんでもない行列ができている。「ゆっくりするのは申し訳ないね」私たちは食べ終わると店を出て、近くの河原を歩きながら話をすることにした。

開けた景色の中、彼女は自分の大好きなものの話をたくさんしてくれた。彼女は女性アイドルが好きで、色んなグループを応援しているのだという。きっかけは、地元の同級生が東京でアイドル活動をしていて、それを追いかけているうちに自分自身のめり込んでいったのだとか。

聞いたこともないグループの名前だったけれど、熱っぽく語る彼女の横顔はとても輝いていた。話しているうちに、いつの間にか駅に着いた。その日のデートはお開きとなった。

改札の手前、彼女が何かを言いかけようとして、口を開きかけた気がした。けれど、「気をつけてね」という私の声が、その言葉を遮ってしまった。

家に帰ると、まだ夕方だというのに、心地よい疲れのせいで泥のように眠ってしまった。覚醒した頭で、なんとか「楽しかった、またね」とだけLINEを送った。

それからも、教室を卒業していく生徒たち何人かから、同じようにLINEの交換を求められることが続いた。

自惚れかもしれない。けれど、もしまた同じようにデートに誘われたら、どうしたらいいのだろう。そんな贅沢な悩みを抱えるほど、私の周りの世界は広がり始めていた。

実際、私は何人かの女性とプライベートで会うようになっていった。地元の祭り、賑やかなショッピングモール。人生で初めて、お笑いや音楽ライブにも行った。アジアンレストランや、大盛りメニューばかりが並ぶ定食屋、少し背伸びをした高級ステーキ屋。

どの女性も、全く違った魅力と、独自の素晴らしい世界観を持っていた。

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