第13話 初めての外界 ~ 三人の素顔 ~
「おーい! そこの兄ちゃん、頼むよ!」
突然、背後から声が飛んだ。
ヒカルが振り返る。
大きな籠を背負った男が、
よろめきながら近づいてきていた。
「悪い、手を貸してくれ!
荷物が倒れそうで――」
「あっ、はい!」
ヒカルが反射的に駆け寄ろうとした、その瞬間。
「ヒカル、動くな」
弁の声が空気を裂いた。
ヒカルの足が止まる。
まるで胸元を掴まれたようだった。
嵐も眉をひそめる。
「こういう町には、“いろんな奴”がいるんだ」
その声は軽い。
だが目は笑っていなかった。
男の表情が、ふっと崩れる。
弱々しさが剥がれ落ちた。
次の瞬間――。
男の手が、ヒカルの腰袋へ伸びる。
凪人が、一歩前へ出た。
だが――。
足音はしなかった。
踏み込んだはずなのに、
地面がその存在を飲み込んだように静かだった。
周囲の喧騒が、ひとつずつ遠ざかっていく。
潮風だけが冷たく吹き抜けた。
男が顔を上げる。
そのときにはもう、凪人が目の前にいた。
「……っ」
男の呼吸が止まる。
凪人の瞳は、異様なほど静かだった。
光を宿していない。
それなのに、底だけが澄みきっている。
まるで、深海の底を覗き込んでしまったような瞳だった。
怒りもない。
憐れみもない。
ただ――。
触れた者の体温だけを奪っていくような、深い孤独が沈んでいた。
男の呼吸が浅くなる。
身体の方が先に、“危険”を理解していた。
凪人の声が落ちる。
「触るな」
低く静かな声だった。
だがその一言だけで、空気が凍りついた。
次の瞬間。
弁の拳が閃く。
「うっ」
男は体勢を整えようとした。
だが、
嵐の蹴りが腹へ突き刺さった。
ドッ――。
男の身体が浮き、石畳へ叩きつけられる。
周囲の人々が息をのんだ。
砂埃がゆっくり舞う。
凪人は静かに歩み寄る。
その気配だけで、男の顔色が変わった。
「……その籠」
凪人が低く言う。
「軽いな。倒れそうには見えない」
男の視線が、ヒカルの腰袋へ向く。
その瞬間。
わずかに目が見開かれた。
「……ああ、そういうことか」
腰袋には、小さな刺繍があった。
マヤが縫ってくれた、不揃いな糸の模様。
ヒカルにとっては、ただ懐かしいだけの印。
だが――。
“奴ら”にとっては違った。
凪人の威圧が、ふっと緩む。
すると男は舌打ちした。
「チッ……“あの村”のガキか」
荒い息を吐きながら後ずさる。
「こんな化け物じみた連中を連れてるとはな……!」
そのまま男は路地裏へ逃げ込んだ。
ヒカルの心臓が強く跳ねる。
「い、今の……?」
嵐は笑ってみせた。
だがその目は鋭いままだ。
「スリだよ。
……ただの、な」
弁は拳を握ったまま、男の消えた路地を睨んでいる。
凪人が静かに口を開いた。
「動きが訓練されていた」
「村を襲った“奴ら”――。
その下っ端……そんな匂いがした」
ヒカルは息をのんだ。
胸の奥が、冷たく揺れる。
嵐がヒカルの肩を軽く叩いた。
「外の世界は、優しさだけじゃ通れない」
そして、少し視線をそらした。
「でも、お前は変わるなよ」
弁も拳を軽くぶつけてきた。
その拳は温かい。
さっきまでの殺気が嘘みたいだった。
「足りない分は、俺たちが補う」
ヒカルは小さく目を見開く。
凪人は町の奥へ視線を向けた。
「行くぞ」
低い声が風へ溶ける。
「この町には……まだ、“手がかり”が残っている」
潮風が吹き抜ける。
その瞬間。
ヒカルの胸の奥で、
何かが静かに揺れた。
※掲載しているイラストはAIを用いて制作しています。
キャラクターや情景のイメージは作者が考案し、描画はAIによるものです。




