短編:【証人】
その調停員は、女性だった。
形の良い眼鏡の奥の瞳には、感情の機微など一滴も含まれていない。彼女はリビングのテーブルに、小さな映写機のような機械を置いた。
「お二人の言い分は平行線です。どちらが先に愛を裏切ったか、言葉だけでは証明できません」
夫は顔を背け、妻は爪を噛んでいた。二人の間には、十年分の不信感が澱みのように溜まっている。
「そこで、当方から確実な『証人』を用意いたしました」
調停員が機械のダイヤルを回すと、レンズから青白い光が放たれた。光は二つの影を結び、やがて実体を持った人間として現れた。
現れたのは、若い男女だった。
タキシードとウェディングドレスに身を包み、顔を赤らめ、互いの指を絡ませている。十年前の、結婚式当日の二人だった。
「……なっ」
現代の夫が絶句する。
過去の夫は、眩しいものを見る目で現代の二人を見つめ、それから嫌悪感を露わにして吐き捨てた。
「嘘だろ。あんなに卑屈で、目つきの悪い男が、僕の十年後の姿だなんて。ありえない。僕は彼女を一生大切にすると誓ったんだ」
過去の妻も、隣で震える現代の妻を見て、冷ややかに笑った。
「あんなに品のない、言葉の汚い女性にはなりたくないわ。この人は偽物よ。私の愛は、もっと純粋で、永遠なものだわ」
現代の夫婦は、自分たちの過去からの罵倒に顔を真っ赤にして反論した。
「黙れ! お前たちは何も分かっていないんだ。その後の苦労も、裏切りも!」
調停員は、騒ぎを制することなく、もう一つのダイヤルを回した。
「では、もう一方の証人にもご登壇いただきましょう」
再び光が溢れ、今度は二人の老人が現れた。
深く刻まれた皺、生気のない肌。三十年後の二人だ。
老いた夫は、現代の自分を見て、枯れた声で鳴咽した。
「……馬鹿な男だ。あの時、意地を張らずに謝っていれば、私はこんな孤独な死を迎えずに済んだのに。お前の傲慢さが、私を壊したんだ」
老いた妻は、夫を呪うような目で見据えながら、現代の自分に言い放った。
「なぜ、あの時すぐに別れなかったの。情けにしがみついたせいで、私の人生は灰色のままで終わるのよ。お前がすべてを台無しにしたのよ」
狭いリビングに、三つの時代の自分たちがひしめき合った。
過去は理想を語り、未来は後悔を叫び、現在は怒り狂う。
怒号と罵声が飛び交い、六人の男女は互いの襟首を掴み、髪を振り乱して、自分という存在の正当性を主張し続けた。
調停員は、手帳に何かを書き込むと、静かに立ち上がった。
「さて。これほど有力な証人が揃ったのです。どうぞ、どの時代の自分が最も『正しい』のか、納得がいくまで話し合ってください」
彼女は部屋の出口へ向かい、最後に一度だけ振り返って、事務的な微笑を浮かべた。
「結論が出るまで、この部屋の時間軸は完全に固定されます。食事も睡眠も、そして死さえも、許可されません。……それでは、良い調停を」
調停員が外からドアを施錠すると、直後、部屋の中から誰のものともつかぬ絶叫が響き、そして――唐突に、一切の音が消えた。




