第五十一話
建国祭が無事に終わり、一週間。ようやく落ち着いてきましたね。今はルーチェに話があると言われて集まっています。
ただ、その、ルーチェの顔が少しこわばっています。何を話したいのかは分かりませんが、大丈夫ですかね。こんなルーチェ、見たことないです。
「あ、皇女。それくれ」
「自分で取れ」
「遠いんだよ」
アイト卿、少し空気を読んでほしいのですが。……いえ、ある意味読んでるとも言えますかね。どこか重たい空気なのは感じているでしょうし。普段通りなのは肝が据わっていると言うべきか、アイト卿らしいと言うべきか。
「……んで? 話って何」
……アイト卿、ただ空気が読めないだけかもしれませんね。普通聞きますかそれ。エルピス伯爵令嬢も聞くのかって驚いてますよ。
完全に私用ですし、護衛としての仕事ではないからズカズカ行きますね。昔からそうでしたけど。けど、空気とかタイミングとか、その……。ルーチェに任せるべきなのでは?
「……空気読むって知ってる?」
「お前聞かねぇと話さないだろ」
……なんで二人で喧嘩を始めるんですかね? ルーチェとアイト卿の喧嘩はいつも通りですけど、長いんですよ。みんな呆れてますよ。
十分経ってもまだやっているようなら魔法で止めるか、などと考えているとお兄様がアイト卿を魔法で止めましたね。毎度ながら容赦がないです。影で口を塞いで、ついでとばかりに手足も拘束されています。
「……なんか、急にバカらしく思えてきたわね」
「何を話したいのかは知らないけど、心配する必要はないんじゃないかな?」
ルーチェの話したいことは見当がつきませんが、聞きますよ。何を怖がっているのかは分かりませんが、私たちがルーチェを見捨てることはないとだけは言っておきます。
「その……。私が、ルーチェじゃないって言ったら、どうする……?」
意味を理解するのに、時間を使いました。いや、理解はできていないのですけれど。ルーチェがルーチェじゃないとは? 意味が分からないです。じゃあ目の前のルーチェは誰だという話になりますし……。
混乱していると、あからさまにアイト卿がため息をつきました。
「何言ってるんだ。頭打ったか?」
「人が真剣に話してるでしょうが!」
ルーチェはルーチェです。私が間違えるはずがありません。なのに、どうしてそんなことを言うのでしょうか。……それに、いつものように元気がありません。どこかオドオドとしていて、何かに怯えているように感じます。
「……その、確かに今は私がルーチェだけど、本当はそうじゃなくて。最初から、ルーチェじゃないというか……。昔は違った、というか……。えと、だから、その……。本当のルーチェはいないというか、私が成り代わったというか……」
その言葉で、場に静寂が訪れます。誰も何も言わず、ルーチェを見ている。私だって驚いています。だって、本当のルーチェも、偽物のルーチェも、関係ないのに。
誰も何も言わないから気まずくなったのか、どうにでもなれと思い浮かんだ言葉を言っていますね。話がまとまっていません。……場違いなのは重々承知ですが、慌てているルーチェ、可愛いですね。普段見られませんし。
ルーチェの話をまとめると、転生者、というやつなんですよね? それで、自分は本物じゃないと。……関係、ありますかね?
「だからなんだよってなるが?」
「こっちが必死に考えて告白したのにその対応なんなのよ!」
「ものを投げんな!」
ルーチェがクッションを投げて、アイト卿は当たり前のように受け止めます。避けるという考えはなかったんですかね。他のものに当たっても困りますけど。
……少し不安なのは、先ほどから黙っているお兄様です。何も言わずにただジッとルーチェを見ているだけ。
「……ルーチェ」
「ひゃいっ」
突然お兄様に声をかけられて、声が裏返っていますね。お兄様はゆっくりと立ち上がり、ルーチェの前まで行きます。ルーチェは何を思ったのか、目を瞑りました。反射的になのでしょう。殴られると思ったのか、罵声が飛んでくると思ったのか。けれど、結果は違い――
「……え、あの。……お兄、さま?」
「よく頑張ったな」
あったのは、抱擁で。お兄様がルーチェを抱きしめ、頭を撫でます。表情が変わらず、感情が読み取れないお兄様。それでも、ほんのわずかに、兄としての優しさが零れていました。




