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第三十七話




 騎士は去って、部屋には重たい空気が残されていた。誰も何も言わない。言うことができない。何かの間違い、と言うには無理がある。いったいどう間違えたらルシアが消えた場所にオルコス卿の魔力が残るのよ。


「ルーチェ、オクスロ」

「お母様……」


 ドアがノックされ、ゆっくりと開いて入ってきたお母様。もう聞いたわね、と話を始めようとする。どこか浮かない顔。当たり前よ。オルコス卿とアイトは昔から一緒にいるし、お母様も可愛がっていた。それなのに、オルコス卿が事件を起こしただなんて……。私もまだ気持ちが追いついていないもの。


「皇后陛下……」

「楽にしてちょうだい。あなたの責任ではないわ」


 お母様がそう言ってアイトが頭を下げるのを止める。アイトは目を伏せ、手を握りしめた。そして、いつもの表情とは違う真剣な表情で、いつもより低い声で、謝罪した。


「……申し訳ありません」

「いいのよ。あの子の変化に気づけなかったこちらの責任だわ。もっとあなたたちを見ておくべきだった」


 そう言っても、空気が重いのは、依然として変わらない。特にアイトとお兄様は。ずっとそばにいたんだもの。気づけなかった悔しさがあるのだろう。私だって、長いことオルコス卿といる自覚はある。それなのに気づけなかった。なんでという戸惑いはある。会ったら殴ってしまいたい。それでも、まずは聞きたい。何故、こんなことをしたのか。自分の意思で行ったのか。

 お母様が来たということは、何か進展があったのだろう。オルコス卿がすぐに見つかるとは思えない。そもそもで、手がかりを残すこと自体、違和感がある。だって、あのオルコス卿が。私たちのことを、妹のように優しく守ってくれてた人がこんなことをする理由も。やるならば徹底的にやるのに、こんなにもすぐにバレるような手がかりを残したことも。


「魔力の痕跡は、母上が調べたのですか?」

「えぇ。他の者では、間違いがあるかもしれないもの」


 お母様が調べた。それは、オルコス卿が主犯であると裏づけるものでもあった。今でこそ、優しい皇后として知られているお母様だけれど、昔は魔法の天才として知られていたらしい。お父様と婚約してからは、皇后としての役割を果たすために魔法をほとんど表立って使うことがなくなり、そう言われることがなくなっていったんだと。

 お兄様の肩が、僅かに震える。怒りなのか、悔しさなのかは分からない。側近であり、お兄様にとって良き友人でもあった。オルコス卿は、私たち皇族との関わりが深い。だからこそ、こうなってできた傷が、深すぎる。


「明日までに彼が見つからない場合、おじ様に連絡を入れます。計画していたことならば、ルシアには魔力封じの魔道具が付けられている。早く助けないと、どれほどの被害が出るか分からない」


 お母様の言っていることは、もっともだった。ルシアは我が国でも過去に類を見ないほどに魔力が多い。それだけならば問題はない。ただ他の人よりも魔力が多いだけ。問題は、ルシアの体質。

 ルシアは昔から身体が弱い。魔力に身体が耐えきれないのだと、医者は言っていた。体内に魔力を留め続ければ、ルシアは自分の魔力に身体を蝕まれ、死に至る。ルシアが今は普通の人のように動けるのは、魔法で補っているからだ。魔法で魔力を消費し続け、身体も普通の人と同じ程度に動かせるようにする。そうすることで守っている。


 魔力が一切使えなくなる。ルシアが魔力を体内から出すことができない。時間をかけるということは、ルシアの死を意味するのと同義だった。






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