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第三十五話




 シグニたちもいるからと、応接室の一つに向かう。ここを使うのは私たちくらいだから、何をしていても基本的にはバレない。まさか、こんな形で使うことになるとは、思いもしなかったけれど。


「慢心しすぎたわね。まさか、またこうなるなんて……」

「また、ですか?」


 ……あなたは知らないものね。無理もないわ。あのときも、極秘だったんだもの。

 あのときも同じだったのよ。十年前の建国祭。私が行きたいとお母様にねだって、ルシアとシグニも一緒に連れて行ってもらったのよ。


「……私が行きたいって言わなければ、少なくともあのときは」

「ルーチェ。今は自分を責めている場合じゃない」


 ……そうね。落ち着きましょう。シグニの言う通りよ。今は、ルシアを捜さないと。どうにかして、手がかりを探さないといけない。けれど、そんなものある? そもそも犯人の動機は何? 人さらいだとしたら、ピンポイントでルシアだけを消すはずがないわ。まとめて攫った方が効率がいいはずだわ。一人ずつにしても、どうにも意図的に感じる。あのとき、ルシアの前を歩いていた人もいた。それなのに、ルシアがいなくなった。クールタイムのようなものがあった? だとしても、そばにいないと魔法を設置できないはず……。


「おかしな点はいくつかある。転移魔法だとしても、普通は使えない」

「人攫いならばスクロールの可能性はあります。奴隷商などであれば裏ルートで入手しているかもしれません」


 アイトとシグニ。どちらも言っていることは正しい。転移魔法は一回使うだけでも莫大な魔力を消費する。バカみたいに何度も、それも複数同時に使える魔術師たちが明らかに異常なのだ。そして、その場合考えられるのは高位の魔法使いが手引きしている、もしくはシグニが言ったように転移魔法のスクロールを使った可能性。

 頭が痛い話だ。どっちにしても、国の信頼は落ちる。そして魔術師であるルシアが消えた以上、魔塔がなんとしてでも介入しようとしてくる。魔術師たちにとって歳の離れたルシアはさぞ可愛いのだろう。毎年山のように送られてくる誕生日プレゼントで嫌というほど分かる。ルシアが消えたなんて知ったら待ち受けてるのは地獄だ。


「皇后陛下が動いてくださっている。待つしかないでしょう」

「そうね……」


 どうにか考えようにも、焦りすぎて分からない。そもそも、どうしてルシアなの? ……いえ、違うわ。私が甘かったのよ。思い出して、血の気が引いていく。何故今まで忘れていたのだと、自分を殴りたくなってくる。無意識に、爪を噛んでしまう。

 建国祭。誘拐。これは、ゲームにあったイベントだ。(悪役令嬢)エルピス伯爵令嬢(ヒロイン)を消そうとして引き起こす。大丈夫だと思っていた。私がやらなければ平和に終わると思っていた。あまりにもバカだった。そんな簡単に行かないことなんて、あのときで分かっていたのに……!


「……兄貴。魔道具の反応はないのか?」

「あぁ……。位置情報が送られてきたら宝石が光る。気づかないはずがない」


 ほんの一瞬、アイトの目が細められたような気がした。すぐに真剣な顔になったから、私の見間違いかもしれない。でも確かにアイトの目は、オルコス卿の腕にある魔道具を見ていた。

 ……いいえ、今はそんなこと気にしている暇はないわ。考えなくちゃ。魔道具を使えない状態……。ルシアなら多少の敵は倒せる。それができず、魔道具も使えない。相手はそれほどの手練れということ? それとも、不意を突かれてやられてしまった?

 どれだけ考えても、最悪の結末ばかりが浮かんでしまう。ルシアの表情(かお)が浮かぶ。ふとしたときに見せる笑顔。いつもは怖がっているクセに、私たちにだけは見せてくれる安心しきった顔。浮かんでは消えて、浮かんでは消えて……。最後に浮かんでくるのは、十年前に見た、あの顔……。手が震える。冷や汗が止まらない。どうしようもなく、怖い。ルシアが危険な目に遭っているというのに、何もできない自分が憎い。ルシアが必要としているときに、そばにいられない自分が嫌になる。どうして私は、いつもこうなのよ……。


「ルーチェ!」

「……お兄様」


 お兄様らしくなく、ノックもせずに入ってきた。息が乱れていて、走ってきたことがすぐに分かる。話を聞いて、急いで来てくれたのだろう。普通は変わらない表情も、どこか歪んで見えた。


「母上から、話は聞いた。お前が無事でよかった……。お前だけでも、無事に帰ってきてくれて、本当に……」


 そう言って、私を抱きしめてくれる。初めてかもしれない。お兄様がこうして抱きしめてくれるのは。いつも皇太子として完璧で、私たちとは違って、どこか怖かったお兄様。それが今は、ただの妹を心配する、優しい兄に見えた。

 ……違う。昔からお兄様はこうだった。私とルシアが不安なとき、今みたいに抱きしめてくれていた。いつから変わったんだろうか。お兄様は、いつから私たちと一緒にいることがなくなったんだろうか。


「悪いが、ルシアがいなくなったときのことを聞かせてくれ」


 ……昔のことを考えている場合じゃない。今のことを考えないと。ルシアを助ける。それが、姉として、私ができることだから。






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