其の三十八『憎悪』
前回のあらすじ:意味深な発言、その真意とは。
セラスの意味深な発言から数日が経ったある日の休日、いつものように琳は庭園の守り手にいた。
葵は部活で総一郎はただ単に来ていないだけ、というよりほとんど来る琳の方が珍しいのだが。
そしてその日、琳は模擬戦闘訓練室で一人自主訓練をしていた。
相手は魔物……といっても、立花が開発した魔物型の訓練用ロボットに過ぎない。
イヴに触れてから、琳の体には変化が起こっていた。
最初の内は特に何も感じていなかったが段々と体力や集中力その上視力まで上がってきている、このまま変化が起こればそのうちフルマラソンとトライアスロンを連続して出来るくらいの体力、もしくはそれ以上になるかもしれない。
数体の訓練用ロボットを倒したところで訓練室のドアが開いた。
「あれー、琳君!」
翔馬だった。
翔馬は琳を見つけるとにこっと笑って手を琳の方に振っていた、そうたいした距離でもないのに。
「翔馬さん、おはようございます」
「おはよう、精が出るね」
「えぇまあ。それより、何だか久しぶりな気がしますね、こうして話すの」
「楽園のことで色々とやらなきゃいけないことがあってね。これでも俺副支部長だから」
「ははは、またまた」
「ほんとだってば、ほら、名刺もあるよ?」
翔馬はいつものスーツの胸ポケットから黒い名刺入れを取り出して一枚琳に渡した。
確かにそこには『庭園の守り手極東支部副支部長:須崎翔馬』と記載されていた。
琳は「へぇー」とリアクションをして、翔馬が割と高い役職の人だということを知った。
翔馬は琳のリアクションを見てドヤ顔をしていたがこれを琳は華麗にスルーした、すると琳のスマートフォンに着信が一件、画面を見ると立花からのものだった。
「はい、もしもし」
『琳ー、今家ー?』
「模擬戦闘訓練室にいます」
『……あぁなんだここにいたのか。悪いんだけどラボに来てもらっていい?』
「分かりました」
琳は電話を切って翔馬にラボへ行くことを伝えてそのまま別れようとしたが、一つ琳は気になることがあって翔馬の方を振り返って尋ねた。
「翔馬さんって副支部長なんですよね?」
「そうだよ」
「じゃあ支部長って誰なんですか?」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「はい」
「多分驚くと思うよー………実は支部長の正体はね――――」
△▼△▼△▼△◆△▼△▼△▼△
ウィイイン………
「来たか」
琳がラボに入ると、立花がコーヒーカップに口を付けてコーヒーを啜っていた。
そして琳はこう言った。
「はい、安心院支部長!」
そして立花はコーヒーを噴いた、漫画的表現や比喩ではなく本当に。
ぶーっと効果音が付きそうなくらいに見事に噴き出し、コーヒーが変なところに入ったのかげほげほとむせて涙目になっていた。
「お、お前ぇ!? なんだいきなり!!?」
「なんだと言われましても」
「つーかそれ誰から聞いた………げっほげほげほっ!! あぁ、コーヒーが、げほっ、変なとこはいっげほっ……うえぇぇ!」
「大丈夫ですか?」
「はぁー……あああぁぁぁ……とりあえずティッシュと雑巾持ってこい」
琳はラボラトリ内に設けられている小さいキッチンスペースからティッシュの箱と雑巾を持ってきて立花にティッシュを渡して自分は床のコーヒーを拭いていた。
しばらくして立花も落ち着いてきたのか、まだ涙目ではあるが咳き込まなくなってきた。
「あーびっくりしたー………誰だよーそれ言った奴ー」
「翔馬さんです」
「あの野郎あとで覚えてろ………しっかし、名字で呼ばれるのは随分と久しいなー」
「初めて知りましたよ、立花さんの名字。やっと本名分かりました、安心院っていうんですね」
「言ってなかったっけか、まぁいいや。あんまし好きじゃないんだよねーこの名字」
「そうなんですか?」
「だってさー言いづらくないか? 『あじむりっか』だぞ?」
「いいじゃないですか、かっこいいですよ?」
「あっそ……ま、何でもいいけど」
立花は少々不機嫌な様子で琳に自分の隣の椅子に腰かけるように指示した。
琳はキャスター付きの椅子を動かしてさらに高さを調節して椅子に座った。
すると立花がパソコンの画面を見るように促して琳はパソコンに映る文書ファイルを開いた。
「これは?」
「欧州支部が襲撃された時の資料だ、こっちにもある」
と言って立花はキャスター付きの椅子に乗ってガラガラと移動してバインダーに挟まった書類を持ってきた。
数枚の紙がバインダーに挟まっており、様々な国の言語の書類も見受けられた。
「あれから気になって、少し調べてたら面白いことが分かったんだ」
「……面白いこと、ですか?」
「あぁ。これを見てくれ」
そう言って立花はとある一部分を示した。
そこには「欧州支部襲撃に伴う犠牲者リスト」というタイトルの内容で、その中に「ミル・マグノリア」と「ジキル・マグノリア」というセラスと同じ姓を持つ人物が二人いた。
そこで琳は察しがついた、このことが何を表しているのか。
この二人は恐らくセラスの両親だろう、転校初日の自己紹介の時に、セラスは幼い頃に両親を殺されたと自ら言っていた。
それに立花が言うに、欧州支部襲撃事件があったのは今から十年前、セラスが今十八歳だからセラスが八歳の時の出来事となる。
「……マグノリアさんの、両親、ですよね」
「正解だ。それに、二人の死体には『何かを庇ったような』傷があったそうだ。多分セラスの事だな、それにあの時溝呂木は自分より低い位置にいる者に対して語りかけるようなしぐさをしていた……あとは分かるな?」
「マグノリアさんを庇ってマグノリアさんの両親は死んだ、マグノリアさんが生きているのを見つけた溝呂木はマグノリアさんに何かを話しかけわざと生き延びさせた。きっとその時マグノリアさんはその場に座っていたような体勢をとっていたんじゃないんですか?」
「私もそう思う」
「つまりマグノリアさんにとって溝呂木は両親を目の前で殺した仇ってことになりますね」
「そしてその仇がつい最近お前と涼の前に現れた」
「最近妙に頑張っているのも……」
「十中八九、溝呂木を殺すためだろうな。両親の仇を自分の手で屠るために一刻も早く強くなろうとしている」
何故急にセラスがやる気を出して頑張っていたのかの合点がこれで言った。
――――目の前で親を殺されたことがありますか?
あの言葉の意味もようやく分かった、やっぱり言葉通りの意味だったんだ。
琳はこの瞬間、良からぬ考えが頭の中をよぎった。
「あの、立花さん」
「なんだ」
「もしかしたら……マグノリアさんは、溝呂木と刺し違えでも殺すつもりなんじゃないんですか?」
「……どうしてそう思うんだ?」
「別に、理由があるわけじゃないんです。ただなんとなくそう思っただけで………」
「ふむ、頭に入れておこう。ともかくこれからはセラスをさらに注意して見ていてくれ、頼んだぞ」
「分かりました」
琳はそこで立花と別れてエントランスに戻りそこからまた模擬戦闘訓練室に逆戻りした。
訓練室の扉を開けると、そこには先ほどの琳よりも少ない数の訓練用ロボットを倒して休憩していたところだった。
こちらに向かって挨拶をするセラス、琳はなるべく余計な感情を殺して平静を装って挨拶を返した。
セラスは自分と手合わせをしましょうと琳に申し出て琳はそれを承諾した。
そして始まったセラス対琳の模擬試合、結果は琳の勝利に終わった。
適合者同士の戦いでは、より開化細胞が馴染んでいる方が身体能力が高いため有利になる。
今回の戦いも例に漏れず、というかその模範のような試合だった。
セラスは息を切らしながら「もう一本」と再戦を申し出て、琳はそれも快諾した。
最近になってさらに体力や集中力それから実戦に出ているおかげで戦闘力も上がっている再生者の琳と、細胞の適合率が低いために一般人を少し強化した程度のセラスとでは戦力差が大きくその後何度も模擬戦をしたが結果は琳の全勝だった。
「こんなんじゃ………足りない………」
「マグノリアさん……」
「こんなんじゃまだ………あいつを殺せない………」
「………」
あいつ、とは溝呂木の事だろう。
ただ今、セラスは完全に自分の世界に入っておりそんな発言をしたなどとは自覚していない。
そして、セラスはまた琳に対してこう言うのだ。
――――もう一本、と。
鬼気迫る迫真の表情で、過去の憎悪に身を委ねながら。
歯車が回り始める。




