其の十五『エマージェンシー』
前回のあらすじ:四人で囲む朝の食卓
千鶴の家は新築のようで五年ほどしか経っていないという。
フローリングの床に白く毛並みの柔らかい絨毯が敷かれており、その上にはお洒落なガラステーブルがあった。ティッシュもちゃんとそれ専用のケースに入っており、女の子の家というよりは一人暮らしをしている独身貴族の女性の家といった感じにも思えた。
「紅茶とコーヒー、どっちがいい?」
「あたしはコーヒー」
「じゃあ俺もコーヒーで」
「分かった、少し待ってて」
千鶴は二人に飲み物のオーダーを取るとキッチンの方へと向かった。
普通にインスタントのものやドリップタイプのものかと思ったら瓶詰めになったコーヒー豆を取り出してさらにそれを専門店でしか見たことがないレトロなあの器具で挽き始めた。
「なんか……本格的」
「千鶴はたまに妙にこだわり持つことあっからな、普段無表情のくせに何考えてんだか」
二人の会話などどこ吹く風、千鶴は手慣れた手つきでコーヒーの準備を進めていき二人に差し出した。
「どうぞ」
「おお……」
「これは……」
千鶴が丹精込めて作ってくれたコーヒーを目の前にして二人は感嘆の声を出した。
二人は一口コーヒーを啜ると比喩ではなく本当に目を丸くした。
「美味しい……!」
「美味しい……!」
同時に口から漏れ出た感想は全く同じものだった。普段は缶コーヒーやインスタントくらいしか飲まない琳は別段こだわりがあるわけでもなく違いが分かるというわけでもなかったが、今回ばかりは違った。
体の隅々にまで染み渡るような温もりに苦過ぎず薄くもなくかといって濃いわけでもないちょうどいい塩梅に入れられたコーヒーはたった一口でもうすでに数杯分飲んだような気持ちにさせた。
二人はコーヒーを飲み干すと両腕を床に着いて深く息を吐きながら余韻に浸っていた。
「美味かったー、なぁ琳!」
「ええほんと、美味しかったです」
「喜んでくれたのなら私も嬉しい。豆はまだあるからおかわりも作れるけど、いる?」
「勿論!」
「勿論!」
「分かったわ、すぐに用意するから待ってて」
カップが下げられ、二杯目を待っていると琳の携帯電話が鳴った。
画面を確認するとそれは葵からの着信だった。
「もしもし葵? どうした?」
『先輩! 今どちらにいますか?』
「今か? 今は雨宮さんの家にいるけど……」
『本当ですか!?』
「うわっ!!」
いきなり電話越しに大声で驚いた葵の声に思わず琳はのけ反ってしまった、その葵の声は隣にいた涼にも聞こえており、なんだなんだと怪訝そうな顔をされた。
「いきなり大声出すなよ、びっくりするだろ」
『だ、だだだだだって先輩! 雨宮先輩って言ったら学校一の美少女にして学校一のミステリアスなお人ですよ!? 今まで誰も踏み込んだことのない禁断の地に、ついに先輩が到達したんですか!?』
「大袈裟すぎるだろ……」
『大袈裟なもんですか! 多分世界で初めてですよ!? 雨宮先輩のご自宅に入ったことのある人なんて!』
「隣にもう一人踏み入れてる人がいるんですがそれは」
『誰ですかその人は! 宗像先輩ですか!』
「違うけど」
『えぇー………でも羨ましいですよ、先輩が雨宮先輩の家にいるなんてー』
「…………ちょいちょい会話が聞こえてくるんだけどよ、そんなになのか? 千鶴って……」
「まぁ……そうですね……」
「私がどうかしたの?」
キッチンから二杯目のコーヒーを持ってきた千鶴が不思議そうに琳に尋ね、琳は葵との会話を少し茶化しながら話すと千鶴は「ちょっと貸して」と言って琳のスマホを受け取って葵と話し始めた。
「………うん………うん………そう、じゃあ待ってるわ。場所は香月君の携帯で送るから」
千鶴は電話を切って何やらたふたふと携帯を操作するとそれも終わったのか琳に携帯を返した。
「なんだったの?」
「もうすぐ一之瀬さんがこっちに来るから」
「一之瀬って?」
「俺の部活の後輩で、中学からの付き合いです」
「なに? 琳の彼女とか?」
「違いますって……」
涼に茶化されながら待っていると家の中にインターホンの音が鳴り渡った、千鶴は立ち上がって玄関の方に向かうと玄関の方から「ふおぉぉぉぉ!!」という謎の声が聞こえ、琳はあれが自分の後輩の声なのかと思うとひどく情けなくなった。
「こんにちわっす! 先輩!」
「相変わらず元気だなぁお前は」
「おや? そちらにいらっしゃるのは?」
「あたしか? あたしは朝比奈涼、よろしくな後輩ちゃん」
「一之瀬葵です! よろしくお願いします! 朝比奈さんと呼べばいいですか? それとも涼さん?」
「どっちでもいいよ、好きな方で呼びな」
「では涼さんで! 私のこともお好きに呼んでくださいっす!」
「んじゃ葵で」
涼と葵はまるで久しぶりに会った旧友同士のようにすぐに打ち解けていた。
それから葵も交えて四人でのお茶会は楽しく進行していった。
と、その時、
ピピピピピピピピピピピピ…………ピピピピピピピピピピピピ………
どこからともなく電子音が鳴り、涼はズボンのポケットからデバイスモードの黒の武器を取り出して耳にあてた。
「どうした? あぁ……数は? おーけー、こっちには琳と千鶴もいる……わーってるって、無理はさせねえよ。すぐに向かう」
涼は黒の武器をしまった。
「琳、千鶴。仕事だ」
「仕事ってことはまさか……」
「そのまさかだ、覚悟はいいか?」
「……はい!」
「いい返事だ、場所は――――」
涼の口から告げられた場所を聞いて、琳と葵は絶句した。
次の瞬間、葵は何も言わずに、千鶴の家を飛び出していった。
「な、なんだぁ!? どうしたんだ葵の奴」
「…………」
「どうかしたの? 香月君」
「……今言った場所、葵の家の近くなんです」
「まじか……」
△▼△▼△▼△◆△▼△▼△▼△
「はぁ……はぁ……っ!!」
その頃、葵は一人で、今自分が出すことのできる最速のスピードで走っていた。恐らく今までで一番の速度だろう、だが葵にはそんなことを感じている余裕などこれっぽっちもなかった。
「なんで……! 何があったの……!」
葵はただ一人、決して答えの出ることのない自問自答を繰り返しながら、自宅へと急いだ。
次回かその次あたりに戦闘シーン挟みます。