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やりたかないのに陰陽師参  作者: 辻本 真悟
第五章:オーバーライト・エンド、あるいは日常の崩壊
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エピローグ:ネーム・ハック、あるいは不透明な指輪

 吸血鬼をデリートした翌朝。全身に激痛のエラーを残したまま登校すると、校内のトラフィックは既に異常値を叩き出していた。校門から昇降口までのわずか数十メートル、すれ違う全生徒の視線が、俺たちの「左手」に一斉にログインしてくる。


「……なぁ、晴明。なんか、全サーバーから一斉にアクセスされてるみたいな視線を感じるんやけど……」


 横を歩く道満が、顔を真っ赤にして制服の袖で必死に左手を隠そうとしている。だが、隠せていない。周囲からは「ガチのペアリング?」「あの二人、一昨日の晩に北野で……」という、致死量のパケットノイズが飛んでくる。


 教室に入った瞬間、席に座っていた博雅が、深刻な顔で俺たちの元へ歩み寄ってきた。彼は一昨日の夜、俺たちをあのネオンの前で見捨てたログを共有している唯一の証人だ。


「……晴明、道満。悪い、掲示板の火消しが間に合わんかった。……誰かが見とったみたいやわ。一昨日の夜、お前らが北野のあの『ネオンの下』に入っていくところをな」


 博雅が差し出したスマホには、画質は悪いが、間違いなく俺と道満の後ろ姿が映っていた。タイトルは『安倍と芦屋が不適切な夜の同期?』。保憲が俺たちを強引に引きずり込んだ「生徒会」の実態はまだ一般生徒には浸透していない。ただの腐れ縁の二人が一線を越えた、という最悪のゴシップログだけが先行してレンダリングされている。


「……博雅、お前、あの時先に帰ったやろ。……おかげで俺の平穏なログが、最悪な形で拡散シェアされてもうたやんけ」


 俺が投げやりに答える中、隣の道満はついに限界オーバーロードに達したのか、俺の腕をギュッと掴んで、教室中に響き渡る声で叫んだ。


「……うるさいわボケ!! 指輪はお揃いやけど、別に変なことしてへんわ! 晴明、あんたも何とか言うてよ!」


 道満の「否定になっていない否定」が教室に響き、余計に周囲のログが「確定クロ」へと書き換わっていく。教壇では、りお先生が「あらあら、安倍くん。後で生活指導室に来なさい」とニヤニヤしながらこちらを見ている。

顔は怒っとるがな。


 なぁ、あんたならどう思う?

 一昨日の夜、幼馴染と一線を越えたことを知っている親友の前で、その証拠写真を全校生徒に突きつけられるなんて。


「……やりたかないねー、ホンマによー。……これで、俺の静かな高校生活は完全に消去されたわ」


 俺は左手の指輪をいじりながら、窓の外に広がる秋の空を見上げた。

 指輪の熱は、まだ冷める気配がない。


「……道満、お前が火に油注いでどうすんねん」


 俺は心底呆れながら、机に突っ伏した。

 道満は俺の腕を掴んだまま、まだ顔から湯気を出してフリーズしている。クラスメイトたちの「やっぱりログイン済みかよ」という生暖かい視線が、物理的な圧力となって背中に突き刺さる。


「晴明、悪い……。俺もまさか、あんな一瞬を撮られるとは思わんかったんや」

 博雅が申し訳なさそうに小声でフォローを入れるが、その目には「お前ら、マジでやったんやな」という確信のログがはっきりと刻まれている。


 そこへ、チャイムの音を切り裂くように、スピーカーから保憲の冷徹な声が校内に響き渡った。


『全校生徒に告げる。掲示板の不適切な投稿に関しては、現在サーバー側で一括削除デリートを実行中だ。……それと、安倍副会長、芦屋会計。ならびに源総務。至急、生徒会室へ来たまえ。……いいパッチを用意して待っているよ』


 校内放送による事実上の指名手配。しかも、しっかり巻き添えを食らった博雅が「えっ、俺もかよ!?」と素っ頓狂な声を上げた。


「……やりたかないねー、ホンマによー。道満、博雅、行くで。ここに居たら、好奇心のパケットで俺の精神がパンクするわ」


 俺は道満の冷たい手を引き、呆然としている博雅の背中を押して騒がしい教室を後にした。

 廊下ですれ違う奴らの視線を、太陰タイインの認識阻害で片っ端からシャットダウンしてやりたい衝動に駆られながら、俺は生徒会室という名の地獄への階段を上り始めた。


 秋の空はどこまでも高く、俺の平穏な日常システムは、音を立てて崩壊クラッシュしていった。

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