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やりたかないのに陰陽師参  作者: 辻本 真悟
第二章:純銀のデバイスと総理の再来
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第十一話:北野・シルバー・デリバリー

二階から響いてきたのは、金属が軋むような音と、何百人もの人間が同時に囁いているような、不気味なほど透明な残響エコーだった。


「……できたわよ直せたわよ。できたんだけどね、少し問題が……と」


 階段から降りてきた母ちゃんの手のひらには、神父の十字架だったはずの銀塊が、あろうことか、シンプルかつ洗練されたデザインの「純銀のペアリング」に姿を変えていた。


「……なんで十字架がそんな形になってんねん」


 俺が引き気味に尋ねると、背後で憔悴しきった神父が、今にも泣き出しそうな声でログを補足した。

「……葉子さんが妖気の出力を上げるために、泰臣さんに唇を重ねられたのです。……出来上がるまで、ずっと。おそらく、お二人の心のあり様が、物質の定義を書き換えてしまったのでしょう……」


 悲劇の目撃者となった神父の横で、有世はオーバーヒートしたサーバーみたいに顔を真っ赤にしてフリーズしている。泰臣(親父)はバツが悪そうにシワだらけのスーツの襟をいじり、葉子(母ちゃん)だけが「あらあら、うふふ」と上機嫌だ。


「……はぁ。やりたかないねー、本当に。親の情愛がエンチャントされた指輪で戦えってかよ」


 俺が頭を抱えると、保憲が眼鏡の奥で「ちょうどいいじゃないか」と冷徹な演算結果を口にした。


「博雅くんはそのままでも物理(氣)で戦えるが、安倍くんと道満、君たちはそうじゃない。その指輪をインターフェースにして、銀のコードを術式に組み込むんだ。……ほら、さっさと着けたまえ」


「「……はぁ!?」」


 俺と道満の声が見事にハモった。


「なんで晴明とペアやねん! 縁起悪いわ、呪うぞ会長!」

「こっちの台詞やねん! なんで俺の初ペアリングの相手が、九字切りジャンキーのお前やねん!」


 ギャーギャーと噛み合う俺たちのやり取りを、博雅が、そして顔を真っ赤にしたままの有世が、なんとも言えない「生暖かい目」で見守っている。親父の情けない顔と母ちゃんの笑顔も相まって、店内の空気はもはや「戦い前夜」のそれじゃない。


「……三代目。早くしたまえ、時間は待ってくれないよ」


 保憲の「拒否権はない」という視線に押され、俺たちは最悪の気分でその銀輪を手に取った。

 道満が「……しゃあない、仕事や。貸せ」と俺の手から一個ひったくり、左手の中指に強引に嵌める。俺も溜息をつきながら、左手の中指にその冷たい銀を滑り込ませた。


 嵌めた瞬間、指先から脳へ、神聖さと禍々しさが同居した異質なログが流れ込んでくる。


「……ッ、なんやこれ。呪符を介さんでも、銀の波動が勝手に書き換え(オーバーライト)しよる……」


 道満が、左手の中指に嵌まった銀輪をまじまじと見つめて呟いた。俺も同じだ。左手から流れ込む「銀」のログが、俺の無色透明な氣と混ざり合い、異質な怪物バグを切り裂くための鋭利な執行権限へと変わっていくのを感じていた。


 そんな俺たちを、博雅と有世は相変わらず「生暖かい目」で見守り、母ちゃんは満足げに微笑んでいる。


「……はぁ。やりたかないねー、本当に。……それで、神父さん。あんたにこの『棺』の受け取りを頼んだ美術商……そいつ、なんて名前だ?」


 俺が投げやりに尋ねると、神父はまだ震えの止まらない手で胸の聖書を握りしめ、消え入りそうな声で答えた。


「……葛城かつらぎ……。葛城信二、と名乗っていました。北野に古いアトリエを持つ、高名な美術商だと……。ですが、その物腰はあまりに冷徹で……まるで血の通った人間とは話している気がしませんでした」


「葛城、か。ありふれた名前だが、その裏のパッチは相当根が深そうだな」


 保憲が眼鏡の奥の瞳を細めた。有世がすかさずタブレットを叩こうとした、その時だ。


「――っ、待ってください! 北野じゃない……別の場所で異常なトラフィック(霊流)が発生しました!」


 有世が悲鳴のような声を上げ、モニターをこちらに回した。

 画面に映し出されたのは、北野の静寂とは真逆の場所。三宮のセンター街からさらに海側へ下った、深夜のオフィス街——旧居留地きゅうきょりゅうちのビル群だった。


「三宮のセンター街南側、オフィス街の路地裏です!……複数の未確認ログ……吸血鬼の眷属たちが、帰宅途中の人たちを襲い始めています!!」


「……何だと!? デコイか……!?」


 保憲が顔を歪めた。北野の旧領事館はあくまで「サーバー」であり、実働部隊は繁華街に近いオフィス街へ放たれたというわけだ。


「……ちっ、やりたかないねー、ホンマによー! 葛城の野郎、とんでもねーウイルスをバラ撒きやがったな!!」


 俺はカウンターの椅子を蹴るようにして立ち上がった。

 道満も「うちらの街で好き勝手させへんよ!」と鋭い眼光を放ち、博雅はすでに店のドアに手をかけている。


「……有世、りお先生を呼べ! シーマで限界まで飛ばすぞ!!」


 俺たちは、神父から聞いた不気味な名前と、指先に宿る「銀の冷気」を抱え、深夜の三宮へ向けて弾かれたように飛び出した。


 なぁ、あんたならどう思う?

 実の両親の愛が詰まった指輪を嵌めて、深夜のビジネス街で血に飢えたバグどもの駆除作業デバッグなんて。


「……やりたかないねー、ホンマによー。……道満、博雅、遅れるなよ。……今夜は全セクター、一斉清掃だ!!」

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