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第六話 思い出を待つ橋

  少年はその橋に行くところだった


  橋はもうすぐだった


  少年の足は軽かった


  橋のほうからやってくる人がいた

  その足取りは頼りなく危なっかしかった


  少年は心配そうにその人を見た

  相当高齢の婦人だった


  声をかけようとした瞬間

  老婦人がよろけた


  「危ない!」


  とっさに駆け寄ってささえた


  老婦人は少し驚いたようだったが

  すぐにほほえんで


  「ありがとう」


  といった。


  「だいじょうぶですか」


  「すこしよろけただけよ。心配しないで」


  そう言いつつ、老婦人は顔をわずかにしかめた


  「うっ」


  少年は老婦人の体をささえた


  結局少年は、老婦人を家まで送った


  橋からそれほど遠くないマンション


  老婦人は娘さんと一緒に暮らしているようだった


  少年はそのまま帰ろうとしたが、


  老婦人はお願いがあると言った


  柔らかそうな揺り椅子に座った老婦人は


  ふうーっと大きくため息をついてから話し始めた


  「この調子じゃあ、しばらく橋には行けないわね


   変な頼みかもしれないけれど


   時間のあるときでいいから、あの橋のそばにある


   ベンチにすわって、私がしばらくいけないって話してくれないかしら」


  「話す?誰にですか」


  「誰もいないとき」


  「えっ」


  「ただし、座ってまわりがぽかぽかしたら話してほしいの」


  老婦人は、少年の顔を見て苦笑いを浮かべた


  「へんなおばあちゃんだとおもってるでしょ」


  少年は慌てて首を振った


  「以前にね、とても悲しいことがあって

  ため息ばかりついてた時があったの。

  そのときにあのベンチに座ったらね。

  寒い風があたらなくなって

  おまけにぽかぽか暖かくなって

  不思議に幸せな気分になったの。

  そしたら、自然と幸せな頃の思い出ばかりうかんでくるの」


  浮かんだ笑みは、本当に幸せそうだった


  「そうしたら、なぜかそこに誰かがいるような気がして

   聞いてくれるような気がして」


  浮かんでいた笑みが、湿り気を帯びた


  「毎日、あそこで、話していたの。今日も」


  ほんの少し、言葉が途切れた


  「……もう、行くことは出来ないかもしれない……。

   そう、伝えてほしいの」


  その声は、細く頼りなかった。


  「わかりました。でも、また、いけるようになるかもしれませんから」


  老婦人は、我に返ったようにかすかに笑った


  「そうね、でも、約束だけはしてね」


  「わかりました。また様子を見に来ます」


  そういって少年は、老婦人の家をあとにした。


  しばらくたって、少年は老婦人宅を訪れた


  迎えてくれたのは、娘さんだった。


  「……亡くなったの。」


  もともと、長くはなかったということだった。


  「あなたと、約束してほっとしていたようだったわ」


  「そうですか」


  少年は、そう答えるのがやっとだった。


  老婦人宅を出た少年は、そのまま橋に向かった


  人だけが通れるその橋には、いまは誰も歩いていなかった


  そばにあるベンチが目に入った


  そこに座った


  かぜが、すっと静かになった


  そして——


  まわりの空気が


  やわらかく、あたたかくなる


  少年は、ゆっくり顔をあげた


  「ああ……」


  そのとき


  あのときと同じ風が、そっと吹いた


  少年の目に、涙がにじむ


  「おばあさんは……、もうこれないんだ。」


  少年は涙がこぼれないように空を向いた


  「ごめんよ。もっとはやく伝えればよかった……。」


  あたたかい空気が、少し湿り気を帯びた


  袖で目を拭いて、少年は立ち上がった


  橋ノートを取り出して


  「あいせん橋」


  「新町川」


  そして少し考えて


  「思い出をまつ橋」


  書き終えると、  

  少年は橋ノートをそっと閉じた


  橋の上には、やわらかい風だけが残っていた

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