第11話 静かな放課後
気がつくと、場所が変わっていた。
白い天井。
消毒液の匂い。
遠くで、時計の針が動く音がする。
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「……起きたか」
声をかける。
ベッドの上で、紗夜がゆっくりと目を開けた。
焦点が合うまで、少しだけ時間がかかる。
「……ここ」
「保健室」
短く答える。
紗夜は、何も言わずに天井を見上げたまま、小さく息を吐いた。
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「どのくらい寝てた?」
「そんなに経ってない」
窓の外は、まだ明るさが残っている。
放課後の時間が、そのまま流れている感じだった。
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少しだけ、間が空く。
さっきまでのことを思い出そうとして、
途中でやめる。
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「……ごめん」
紗夜が、小さく言った。
「気にすんな」
「……急に」
「体調だろ」
それ以上は続けない。
紗夜も、何も言わなかった。
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保健室は、静かだった。
廊下を歩く音が、ときどき遠くで響く。
誰かの話し声も、壁一枚向こうにあるだけで、
ここには届かない。
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「もう大丈夫か」
聞くと、紗夜は少しだけ考えるように間を置いて、
「……うん」
とだけ答えた。
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その声は、いつも通りだった。
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「ならいい」
それだけ言って、椅子から立ち上がる。
これ以上いても、やることはなかった。
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カーテンの隙間から差し込む光が、
さっきよりも少しだけ弱くなっている。
時間は、普通に進んでいた。
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「……帰れるか」
「平気」
短く返ってくる。
紗夜は、ゆっくりと体を起こした。
ふらつく様子もない。
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「そっか」
それ以上、言うことはなかった。
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少しだけ、その場に立ったまま時間が流れる。
何かを言うべきか考えて、
特に思いつかない。
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「じゃあ」
扉の方に向かう。
「先帰るわ」
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一瞬だけ、間があった。
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「……うん」
紗夜の声が、背中に落ちる。
振り返らない。
そのまま、ドアを開ける。
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廊下は、思っていたよりも明るかった。
誰かが走る音がして、
すぐに遠ざかる。
教室の方から、笑い声が聞こえた。
いつもと変わらない音だった。
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足を止めることもなく、そのまま歩く。
さっきまでのことは、
もうほとんど現実感がなかった。
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外に出ると、
夕方の空気が、少しだけ冷えている。
深く息を吸う。
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特に何も変わっていない。
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そう思った。




