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消し炭にされて死に損ないの最弱プリンセスが、最強の異能を開花させて全てを飲み込みます〜ミセス アナコンダ〜  作者: 大背戸智
第六章「鍛冶郷アンボス編」

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第77話:「私はそれを、笑えなかった」

ここぞという時の嘘は、時に人を悲しませる。

私はガルドを横目で見た。

ガルドが頷きながら、拳を構え直す。


「面倒な野郎だ」


声は、ほとんど出ていなかった。

唇だけが、そう動いた。ように見えた。


——それが分かるくらいには、ガルドと長く、時間を分けてきた。

気づいたのは、たぶん、私だけだった。


——音を立てるな。


坑道に入る前からの、八人の合意だった。


この化け物は、音を喰う。

声を。足音を。金属の鳴りを。

拾った音の数だけ、奥の闇が太る。


幻鉄は、この奥にある。

通るには、こいつを黙らせるしかない。


闇の中から、一本。

そして——もう一本。

そして——


数えるのを、やめた。


剣と杖。盾と大剣。詠唱と、治癒の光と、私の衝撃波。


八人分の構えが、音もなく整う。


——音を立てた瞬間、食われる。


全員が分かっていた。

分かったまま、誰も口を開かない。


来た。


マルクの大盾が、最初の三本を引き受けた。

通したのではない。流したのだ。


流された根元を、レインの大剣が落とす。

ラピスの水が、生え際を削る。

ジークの剣の腹が、押し戻す。

ガルドの拳が、奥へ飛んだ一本を砕く。

私の針が、もう一本を縫って止めた。


息をつく間も、惜しかった。


——一見、戦えているように見えた。


それに気づいたのは、私が一番最後だった。


触手は一本飛ばすたびに、二本生えた。

二本飛ばすたびに、三本生えた。


削れているのは、圧倒的にこちらだ。

体力を。覚悟を。時間を。


数えるのをやめたのは、数えると心が折れるからだった。


(——獲物に、なっていく)


狩りに出かけたはずなのに、狩られる側の呼吸に変わっていた。


声を出せば、喰われる。

だから八人は、まだ一度も、口を開いていない。


クレアの念話だけが、私たちを、一本に繋いでいた。


《ガル兄、盾が——もう、保たねえ……!》


マルクの念話が、頭の奥で軋んだ。

大盾を地に押し付けるように、構え直す。

その腕が震えているのが、背中越しに分かった。


《リーゼの守りも、もう薄いわ》


クレアの念話が続く。

リーゼが張った防御の光の膜が、目に見えて細くなっていた。

両手を重ねて、なんとか保っている。


《核を狙うしか、ありません》


ジークが柄を握り直す。

焦りは声に出さない。念話にも滲ませない。

それでも、握り直す指で分かってしまう。


私は針を絞り直した。

細く。鋭く。

闇の奥を、目で探る。


——けれど、核がどこにあるのか、見えない。


撃つ場所のない針なんて、ただの細い線だ。


念話の中で、一拍。


七人とも、答えを持っていなかった。


——七人とも。


《上だ》


ガルドの念話が、低く割り込んできた。


《あいつは天井から、俺らを嘲笑ってやがる。根が全部、そこからだ。》

《なら、傍観者をこちらに引き込めば、的になる》


闇のもっと先を、ガルドだけが見ていた。

私たちが核を探して下を向いている間、ガルドは、上を見ていた。


《ガルドさん。どうやって、落とすんですか》


ラピスの念話が、硬い。


《跳ぶ》


予想の斜め上の言葉に呆気にとられた皆が、聞き直す前に。


《俺が、跳ぶ》


念話が、一斉にざわついた。


《ガル兄、正気なの。あの高さよ》


クレアの毒が、めずらしく尖っていた。


《ガルドさん、足場もなしに——受けは。落ちたら、誰が受けるんですか》


ジークが、矢継ぎ早に詰める。

——遠ざかる命を、止められなかった男の声だった。


《ガル兄を、一人で行かせられるか》


レインが低く、前に出る。


《無茶だって、ガル兄……!》


マルクまでが、大盾の陰から叫んだ。


リーゼは、何も言えなかった。

防御の光を保つだけで、精一杯だった。

噛んだ唇から、血が滲んでいた。


ラピスは、何も言わなかった。

ただ、胸の徽章を、握りしめていた。

その指が、白い。

——また一人、失うかもしれない。そう思っている指だった。


止めなかったのは、私だけだった。


《で、どうするの?》


ガルドがやると言ったなら、やる。

やると言って、できなかったところを、私は一度も見たことがない。


だから、止める理由が、私にはなかった。

ただ、信じて、待てばよかった。


《——足場をくれ》


ガルドの念話が、ざわつきを一本に束ねた。


《マルク。最初の一段は、お前の大盾だ。蹴り上げさせろ》


マルクが大盾を地に立てた。


《十年前は——ガル兄に、担がれて逃げたんすよ》

《今度は、俺の番っす。ガル兄を、思いっきり、放り上げてやる》


——その念話は、笑っていた。

泣きそうな声で、笑っていた。


《ラピス。氷で、天井まで階段を組めるか》


ラピスが、ようやく、徽章から指を離した。


《……三段が、限界です。それ以上は、私の魔力が保ちません》

《三段でいい。あとは、俺が跳ぶ》

《——ガルドさん。落ちたら、許しませんから》


そう言って、ラピスの杖は、もう水を呼んでいた。

許しません——それは、行かせません、ではなかった。

生きて、戻ってきてくれ。

そう言っているのが、私には分かった。


《リーゼ。ラピスの氷を微調整してくれ》


《……ええ。ガルドさんの歩幅に合わせるわ》


リーゼの念話は、低く震えていた。

震えたまま、もう両手を構え直していた。


《クレア。下から追い風を吹かせてくれ》


《絶対に落とさない。落としてくれって言ってもやめないんだから》


私はガルドの目を見た。


焦りでも、諦めでもない。

私の知らない温度が、そこに灯っている。


——決めた人の、目だった。


止めなきゃ、と思った。

何を止めるのかも分からないまま、そう思った。

けれど、止める言葉は、念話にも乗らなかった。


ラピスの杖から、水が走った。

走った水が、宙で凍る。


一段。

二段。

三段。


天井までの階段が、音もなく立ち上がった。


リーゼが、氷の縁に指を添える。

段の高さが、ガルドの歩幅に、わずかにずれた。


クレアが、両手を下へ向けた。

足元から、ぬるい風が立ちのぼる。

ガルドの背を、押し上げる風だった。


マルクが、大盾を構えた。


《落とした後は、アナ、ジーク、レイン。おめえらに任せるぞ》


そう言い残して、助走を始めた。

大盾を蹴った足が、ガルドの体を宙へ投げた。


一段目。

二段目。

三段目。


最後の段で——ガルドの拳に、青白い光が点った。


見慣れた光だった。

見慣れて、いるはずだった。


いつもなら、拳の先だけが、ほのかに光る。

雑魚には、光らない。

中ボスでも、一閃ぶんだけ。

撃ったら、すぐ消える。

それが、ガルドの灯し方だった。


今日は、違った。


光が拳からあふれて、肘へ這い上がる。

肘から、肩へ。

腕ぜんぶが、青白く燃えていた。


消える気配が、ない。


(——ガルドさん)


そんな光り方を、私は見たことがない。

見たことがないということは——いつものガルドが、絶対にやらない灯し方だ。


分かっていて、跳んだ。

いつもより、ずっと深く灯すと、分かっていて。


拳が、半身の付け根に叩き込まれた。


天井から、何かの剥がれる音がした。


——落ちてくる。


私の番だった。


衝撃波を、針に絞る。


細く。

鋭く。

何本も。


いつもより威力が低いなら、数で攻める。

針の上に針を当て、威力を増してやる。

落ちてくる腹に、撃ち込んだ。


腹を縫う。

首を縫う。

尾を縫う。


(——逃さない)


狩られる側に回っていた呼吸が、もう一度、狩る側へ戻る。


獲物が、地に落ちた。

針に縫われて、もう動けない。


そこへ、二つの影が踏み込んだ。


ジークの剣が、首の付け根を断つ。

レインの大剣が、その上から、心臓を割った。


——静寂。


長い、長い静寂だった。


誰かが、息を吐いた。

吐いて、その場に膝をついた。


その音が合図みたいに、声が戻ってくる。


「やったぁ!」


リーゼだった。

もう、音を立ててよかった。

化け物はもう、音を喰わない。


笑った顔が、年相応に幼く見えた。


マルクが大盾を下ろす。

ジークが剣を納める。

クレアが長い息を、ようやく一つ吐いた。


みんな、生きていた。

全員、生きて、立っていた。


——少し遅れて、ガルドが戻ってきた。


(——遅い)


いつものガルドなら、真っ先に戻る。

誰よりも早く、誰かの前に立つ。

背中で、みんなを隠す。

それが、ガルドだった。


その足取りが、半歩、重い。


私は、最初、気づかなかった。

勝った安堵で、目が緩んでいた。


口の端に、赤い線。

胸の布に、黒い染み。


「ガルドさん!血が!」

「あいつの返り血だ」


ガルドが手の甲で、口の端を拭った。

拭って、笑う。


「派手に、やりすぎた」


笑い方は、いつも通りだった。

いつも通りすぎて——作ったみたいに、見えた。


(——返り血、ね)


そこで、ようやく、目が覚めた。


私は、知っている。


あの化け物の血は、黒い。

さっき針で縫った腹からも、黒い血が噴いた。

ガルドの胸の染みも、黒い。


黒い。

黒い。


——なのに。


口の端に滲んだ、それだけが。

わずかに赤かった。


赤いのは、人の血だ。

それくらいのことは、私が、一番よく知っている。

地下牢で、嫌というほど、見てきた。


ガルドは、それを手の甲で拭って、隠した。

返り血、ということにして。

派手にやりすぎた、ということにして。


誰も、気づかなかった。

リーゼも。マルクも。クレアも。


笑っていた。

勝ったのだから、笑っていい。


——声が、ほとんど出ていなくても。

——唇だけが、そう動いても。

それに気づくくらい、私はこの人を、見てきた。


その輪の中で。

私はそれを、笑えなかった。

音を喰う化け物を、八人で倒しました。誰も欠けずに。

でも、ガルドの口の端に滲んだ、たった一滴の赤い血。

あれが何を意味するのか——気づいたのは、アナだけでした。

幻鉄は、まだ手の中にありません。勝った後に残った、幻鉄よりも大事な小さな違和感という発見。

次回、その正体に少しだけ近づきます。


──────────


いつもお読みいただきありがとうございます。

更新が滞り気味で申し訳ありません。


現在、序盤の展開・文章・読みやすさを大きく見直した【改稿版】を準備しています。


現行版はこのまま残しつつ、

初めて読む方にも追いやすい形になるよう、

アナの覚醒までの流れや仲間との出会いを整理する予定です。


公開時期が決まりましたら、またこちらでもお知らせします。

今後とも、ご愛読よろしくお願いいたします。


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