表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
〜無能で最弱の元プリンセスが、地獄の果てまで飲み込む復讐界隈の話〜 ミセス アナコンダ  作者: 大背戸智
第六章「鍛冶郷アンボス編」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

74/76

第67話:「二者択一」

自分をレベルアップするためのアイテムか、仲間を助けるためのアイテムか。

二者択一。

あなたはどちらを選ぶ。

街の門を抜けた。

夕日が背中を押すように落ちていた。


二人の影が、街道の上で長く伸びていた。

霧降の月の風が、頬を切るように冷たい。


その冷たさを感じる余裕はなかった。


「火山地帯までは、半日だ。だが、半日もたねえ」


アナは応えなかった。


応える言葉を選んでいる時間が、惜しかった。

あんなに嫌だった全力疾走が、今はもっと早く走りたかった。


「ただの半日でじゃねえ」


普通の半日では、ない、と言っている。

普通には間に合わない、と言っている。


「行って帰って、さらに薬草を見つける必要がある」


胃の底が軋んだ。

走り出してすぐの呼吸が、すでに浅い。


ミッションのハードルの高さによる焦燥感なのか

仲間を失うかもしれない恐怖感なのか。


喉も渇きが止まらない。


「方法は」


短く、訊いた。


ガルドが横目でアナを見る。


「ねえな」


「探すしかねえだろ」


投げやりではない。百戦錬磨のガルドでさえお手上げの状況だった。



***



街道が森にぶつかる。

そこから先は、踏み固められた獣道に変わる。



(遠いわね。こんなんじゃ、半日で着くわけがないわ)



蛇紋が疼いた。肌の下で、黒い線がひと撫でする。

胸の内側で、声が立ち上がった。



『あら。焦ってるの?』



アナの呼吸が、半拍止まった。


——昨夜、自分から「お願い」と言った。


その続きが、まだ終わっていないだけだ。



(出てきたのね、相変わらず間が悪い人ね)



『あなた。もっと早く着きたいんでしょ?』



(余計なお世話よ)



『近道、知ってるけど?』



——アナの足が止まりかけた。

ただ、一刻を争う事態

止まらないまま、頭の奥で会話を紡いだ。



(あなた、この場所知ってるの?)



『お馬鹿さんね。ヒントは言語理解と、影の蛇』



(もったいぶってないで、早く教えなさい)



『組み合わせて使ったこと、ある?』



歩幅が、わずかに揺れた。考えたこともなかった。



言語理解——魔石で得た、世界の音を意味に変える力。


影の蛇——影で地を撫でて、地形を読む固有の力。



別々の引き出しに、入れていた。



『お馬鹿さんに、丁寧に教えてあげるわね

 まず、山道の獣の声を、聞きなさい

 次に、地面の傾きを、影に見させなさい』

 それを同時に、やるの

 獣たちが踏んでる、いちばん速い線が、あんたの目に見えるはずよ

 さあ、私の可愛い子。頑張るのよ。』



(癪だけどしょうがないわね。)



アナの目が、ほんのわずかに見開かれた。



(——なるほどね。あなた、そういう使い方を、知ってたのね)



『そりゃね』


『あなたの中身は、私の中身でもあるもの』



***



アナは、足を止めた。ガルドが半歩先で止まる。

振り返らなかった。待っている、ということが、背中で分かった。


「ガルド」


「あ?」


「目を、閉じるわ」


「……何だよ、それ」


「歩けなくなる。少しの間」



ガルドがようやく振り返った。



仏頂面のまま、腰に手を置く。



「説明、しろ」



アナは要点だけを言った。

獣の声と、影の地形を同時に処理する。

頭の中に、最も速い道筋を引く。



その間、自分は無防備になる、と。



ガルドは聞き終わるまで、口を挟まなかった。



聞き終わると、鼻で息を吐いた。



「掴まってろ」


「は?」


「俺の背中だ」



返事をする暇は、なかった。

ガルドが、片膝を地面についた。


広い背中が、夕日の中で、岩のように置かれていた。



(ガルドの背中ってこんなに大きかったのね)




胃の底が、別の場所で軋んだ。

それは空腹とは、違う何かだった。



「嬢ちゃん」


「考えてる時間が、惜しいんだろ」



——その通りだった。



アナは口の端を噛んで、息をひとつ吐いた。


両腕を、広い肩に回す。

まるで崖にしがみつくような感覚だったが、

崖の方から歩み寄ってくれた。


軽い体が、ガルドの背に預けられた。


ガルドが立ち上がる。


地面が、遠くなった。

夕日が、ガルドの肩越しに赤く揺れていた。


「目、閉じろ」


「……ええ。影が落ちたらそれを目印に突っ走って」



***



闇が来た。闇の代わり、音が来た。


葉擦れ。風の鳴り。遠くで、何かが鳴いている。


——獣の声だ。


魔石が、頭の奥で震える。


意味が、勝手に流れ込んできた。



『水だ』


『夜の前に、水を飲め』


『東の沢、もう凍る』


『迂回しろ』


『南の獣道なら、まだ踏める』


『パパ!焦げ臭い!』

『そっちに行ったら溶岩が近いから近づいたらダメだよ』



——溶岩。



その一語を、アナの意識が捕まえた。

同時に、左腕の蛇紋が地面に影を落とす。



影が流れた。

ガルドの足元から前方へ、蛇の形を取って地面を撫でていく。

地面の傾きが、伝わってくる。



アナは揺れる背の上から、影を紡いでいく。

ガルドは影を頼りに道無き道を進んでいく。




下り。緩い、右カーブ。


その先に、固い岩盤。


倒木で塞がれた箇所を、迂回。


南の獣道に、合流。


頭の奥で、二つの図が重なった。


獣たちが避けたい場所と、最も短い線。


ぴったりではない。


それでも、ぎりぎり繋がった。



(組み合わさった)



胃の底が、ほんの少しだけ熱くなる。


捕食者の血が、新しい獲物を見つけた時の熱だった。



「ガルド」


「もう大丈夫なのか?」


「ええ。入り口近くまでは繋げられたわ。とにかく焦げ臭い方向よ」



ガルドが、低く笑った。



「焦げ臭え方が、目的地だろ」




ガルドのギアが一段、いや二段上がった。



アナの背中で、風が唸った。

あの巨体にこんな速さが眠っていたとは。



ガルドはただ、影の引く線の上を走った。


質問は、しなかった。


なぜ、そちらが速いのか。

なぜ、そちらに曲がるのか。


訊かなかった。


ただ、信じて走った。


時々、枝が顔を打つ。


ガルドの拳が、それを払った。


時々、茨が足を巻きにくる。


ガルドの脚が、それを踏み砕いた。



——背負われている、という感覚が、薄くなっていった。



(ガルドの足を借りて、私が走っている)


頭の奥で、声が笑った。


『悪くない使い方ね。あなただけは私と同じく、人を動かす側の人間よ。』


——アナは、答えなかった。


答えると、長くなる気がした。



そして、アナの懐の中の小さな器に記されていた

数字は静かにカウントアップを始めていたが、

ガルドの背中の上で、走り続けるアナは、それに気づかなかった。



***



多分、2時間くらいだろうか。


ふいに、空気が、変わった。


風の匂いが、鉄から硫黄に切り替わる。


肌に触れるものが、刺すような寒さから、皮膚を炙るような熱に、変わっていく。


「嬢ちゃん」


ガルドの声に、走る息の重さが、混じっていた。



「ここから先は、空気が違う」


ガルドが、立ち止まった。


アナが、ゆっくり目を開けた。


世界に、色が戻ってきた。


黒い、岩肌。


地面に走る、赤い亀裂。


亀裂の奥で、何かが、どくり、と脈を打っている。


空気が震えていた。


熱だけではない。



もっと違う何かが、地面の下から、押し上げてきていた。


(——ここは、生きてるわ)


(凍霧の谷とは、何もかもが違う)


アナは、ガルドの背からそっと降りた。


降りた瞬間、膝が地面についた。


息が、浅い。


全く走っていなかったが、ガルド以上に息が上がっていた。

元傭兵と元姫の差以上に不思議なものだった。



左腕の蛇紋を、夕日でもない、街灯でもない、赤い光が照らした。


蛇紋は、街を出た時よりも黒い。


線の太さが、肌の下で、確かに増していた。


ガルドが、片膝をついた。


正面で、目を合わせる。


「嬢ちゃん」


「……」


「本当に、大丈夫か?」



——ようやく、心配を口にした、と思った。



ここまで、ひと言も訊かなかった男が。

走り終えてから、最初に訊いたのが、それだった。


(……ずるい訊き方ね)


(強がれなくなるじゃない)


「……平気じゃ、ないわね」


正直に、答えた。


息が、まだ整っていない。


「嘘がつけねえなら、つくな」


ガルドが、懐から小瓶を取り出した。


銀色の薬。


魔導皇都を出る時、ゼノスから渡された処方。


「飲め」


「——これ」


「あいつのことだ。こういう時に飲むもんなんだろう。」


受け取った小瓶を、傾けた。


液体が、舌の上に転がった。


——苦い。


舌が、悲鳴を上げる。


喉の奥で、味が縦に裂けた。


(——この味、知ってるわ)


地下牢の、湿った石の上ではない。


もっと前。


もっと小さかった頃。


大きな掌が、頭を、撫でた。


「飲みなさい」


父の声だった。


熱があった夜。


苦いものを、口から吐き出そうとしたアナの背中を、父の手のひらが、ゆっくり、押し戻した。


「これを、飲めば、明日、また走れますよ」



——あの屈辱を晴らすために。



アナは、苦さに泣きそうになりながら、それでも、飲み込んだ。



(その日まで立っていないと、これまでの努力が全て水の泡ね)



呼吸が、ほんの少し、戻った。


蛇紋の脈が、わずかに、鎮まる。


完全には、消えなかった。




***




「行けるか」


「——行くわよ」


立ち上がる。


膝に、力が戻ってきた。


赤い亀裂を、跨いだ。


火山地帯の懐に、足を踏み入れた——その時。


岩の影から、低く唸るものが、滲み出てきた。


焔狼。


毛並みは黒く、根元から先端にかけて、赤く透けている。


呼吸のたびに、口の奥で、熾火が見えた。


一頭ではない。


二頭。三頭。四頭。


赤い亀裂の縁に沿って、円を描くように、現れた。


凍霧の谷で出会った、白い狼たちの——対岸の生き物だった。


寒さの中で、吐息を凍らせる獣がいるなら。


熱の中で、吐息を燃やす獣も、いるということだった。



(同じ星の、裏と表だわ)



「下がってろ、嬢ちゃん」


ガルドの声が、低い。


「お前の蛇紋、これ以上、動かしたくねえだろ」


「……一頭くらい、私にもちょうだい」


「は?」


「使い慣れたものを、一回挟んでおいた方が、後が楽なの」


ガルドが、鼻で笑った。


「——理屈じゃねえな」


「そうね。私は感覚派だから」



———



焔狼の一頭が、土を蹴った。


熱の砂塵が、舞う。


ガルドの拳が、構えに入った。


普通の構えだった。


赤い光は、宿っていなかった。


——温存している。


ここは、そういう敵ではない、と判断していた。


アナの左腕が、影を引いた。


影の蛇が一匹、地面から立ち上がる。


赤い光に黒が映えて、輪郭が、いつもより鋭く見えた。


最初の一頭が、跳ねた。


ガルドが半歩、横に流す。


獣の体が空を切る間に、拳が脇腹に入った。


骨の鳴る音。


獣の体が、岩肌に叩きつけられる。


赤い火花が、散った。


二頭目は、アナに来た。


影の蛇が、首を絡めとった。


絡めとった瞬間、蛇は獣の喉を縛り上げた。


魔力は、吸わない。


味が、遠かった。



(腹の足しにもならないわね)



三頭目、四頭目。


ガルドの拳が、流れの中で二つ続けて獣を岩に押し込んだ。


ガルドの拳が、最後の一匹を、岩に叩きつけた。


赤い火花が、黒い岩肌で、散って煙が上がる。


煙の先には二人だけが、立っていた。短い戦闘だった。


タイムリミットがあるから、短いのではない。

もう「短い」と言えるくらいに、強くなっていた。


焔狼の残骸が、地面で、ゆっくり灰になっていく。


熱の中だけで生きる獣は、熱に還っていくらしい。


ガルドが、息を整えた。


それから、低く呟いた。


「——あの時とは、違えな」


アナが、横目でガルドを見たが、

聞くべきではないことくらいは感覚でわかった。



何かに思いを馳せているのだろう。


(語らないものを、目で全部、語ってしまってるわよ。)


それが分かったから、訊かなかった。




ガルドの肩が、ひとつだけ大きく動いた。


息を吐ききって、目線が、戻ってきた。


「行くか」


「——ええ」


歩き出した。



***



赤い亀裂の向こうで、何かが、唸った。


二人が、その方を見た。

火山地帯の、本当の奥が、待っていた。



溶岩鉱脈の入り口



——溶岩鉱脈の芯と炎息草



ここから先は、一つのミスが命取り。

帰りのことを考えると、2つを6時間以内で見つけないといけない。



「嬢ちゃん、どうする。」




溶岩鉱脈の芯

炎息草



自分たちの装備と見ず知らずの鍛治師のコンテスト

これまで苦楽を共にした仲間を助けるための薬草



選択肢は1つしかなかった。




「もちろん。どちらも頂くわよ。」




強欲で私利私欲全開のアナ。

この選択はどうなるのか?

皆さんで見守ってもらえたら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ