第14話:第三の毒、ヴァルド登場
昨日、更新する予定がすみません。
本日は朝の更新のみです。
宝石国が、変わり始めていた。
城下を歩くと、わかった。
人々の顔が、少しだけ明るくなっていた。
市場の声が、少しだけ大きくなっていた。
それもこれも、
グレイルが連行され、オスカーが臣下に降りたおかげだ。
決して私のおかげではない。
二人の王子が消えたことで、
城の空気だけでなく、街の空気まで変わっていた。
「ラピス殿下が、民を救ってくださった」
そういう声が、あちこちから聞こえてきた。
「いや、あの娘だろう。辺境から来た旅の娘が、裏で全部仕組んだらしい」
「聖女様だ、あの人は」
「いや、蛇神様のお使いだと聞いた」
そんな荒唐無稽な噂を信じたくなるほど、宝石国は荒んでいたのだろう。
私はそんな声を横目に、黙って歩いていた。
(蛇神様のお使いだけは、言い得て妙ね)
ジークが、隣で小さくため息をついた。
「姫様、外出の際はもう少し変装を」
「面倒くさいわ。顔も割れてないわ。」
「しかし——」
「ジーク」
私は足を止めた。
「誰かに見られて困ることを、私はしていないわ。」
「そりゃ、そうですけど」
「今のところはね」
「勘弁してくださいよ」
ジークの声色も、心なしか明るかった。
***
城に戻ると、ラピスが廊下で待っていた。
「姫様、少しよろしいですか」
ラピスの顔が、これまでと違う出来事が起きたと教えてくれた。
王子たちと相対した時とにはなかった、張り詰めた顔だった。
「何?」
「ヴァルド卿が、お茶に招待したいと」
私は、ラピスを見た。
「いつ?」
「今日の午後です」
「場所は」
「卿の執務室です」
私は少し考えた。
(来た)
「アナさん、私は反対です。どんな策が・・・」
「姫様、私も・・・」
ラピスとジークが何かを言っているが、
アナの耳に念仏状態だった。
(グレイルとオスカーが片付いた。
次は自分の番だとわかっていた。
ヴァルドが動かないわけがないわよね)
「行くわ」
ラピスが、眉をひそめた。
「アナさん、ヴァルド卿は——」
「ラピス殿、姫様は一度決めたらテコでも動きません」
「でも・・・」
私はラピスを見た。
「だから、直接行ってあげるの」
***
ヴァルドの執務室は、城の奥深くにあった。
重い扉。石造りの壁。
窓は一つだけ、小さく、外の光をわずかしか通さない。
この部屋で、どれだけの決定が下されてきたのか。
どれだけの人間が、ここで運命を変えられたのか。
「どうぞ、お入りください」
私がノックをしようとすると同時に、声がした。
(一体、どんなカラクリなの)
扉を開けると、男が立っていた。
五十代ほど。
痩身で、背が高い。
白髪交じりの髪を丁寧に整え、深い色の衣をまとっていた。
グレイルの過剰さも、オスカーのぼんやりさも、どちらもない。
ただ——静かだった。
「よくいらしてくださいました」
ヴァルドが、穏やかに微笑んだ。
「アナ様、とお呼びしてよろしいですか」
「どうぞ、ご自由に」
「お座りください」
私は椅子に腰を下ろした。
ジークが後ろに立つ。
ヴァルドが、静かにお茶を注いだ。
自ら、だった。
「二人の殿下のこと、大変でしたね」
穏やかな声だった。
責めていない。批判していない。
ただ、事実を述べるような口調だった。
「宝石国のために、よいことをしてくださいました」
私は黙って、お茶を見ていた。
飲まなかった。
ヴァルドが、私の視線に気づいたように、小さく笑った。
「毒など入っておりません。ご安心を」
「そうですね」
私は、ヴァルドを見た。
「あなたはそんな雑なことはしない」
ヴァルドが、わずかに目を細めた。
「賢い娘だ」
「お褒めにあずかり光栄です」
ヴァルドが、椅子に座った。
足を組んで、ゆっくりと私を見た。
「単刀直入に聞きましょう」
「どうぞ」
「あなたは——何者ですか」
私は、口元を緩めた。
「旅の者です。ラピス殿下にお世話になっております」
「そうですか」
ヴァルドが、静かに笑った。
「旅の者が、二人の王子を失脚させる。
なかなか、できることではありませんね」
「一重に、ラピス殿下のお力です」
「彼だけではなしえなかった」
「運がよかっただけです」
「運」
ヴァルドが、その言葉を口の中で転がすように繰り返した。
「そうですか。運が」
お茶を一口飲んだ。
それから、窓の外を見た。
「アナ様、私はこの国を三十年守ってきました。
国王陛下が倒れてからは、この国が崩れないように、全力を尽くしてきた」
「そうでしょうね」
「グレイル殿下もオスカー殿下も——扱いにくい方々でした。
正直なところ、アナ様が片付けてくれてよかった」
私は、ヴァルドを見た。
嘘ではなかった。
この男は今、本当のことを言っている。
「ラピス殿下は、優秀な方です。王になれる器がある」
「同意します」
「ならば——協力しませんか」
ヴァルドが、静かに言った。
「あなたとラピス殿下、そして私。
三人で、この国をよくしていきましょう。
あなたの力は本物だ。
私の経験と人脈がそこに加われば、鬼に金棒というものです」
穏やかだった。
理性的だった。
正しいことを言っていた。
(だから——危険なのよ)
「ヴァルドさんが、私にとって
金棒を持った鬼になることはなくて?」
ヴァルドは意表をつかれた質問に、大袈裟に笑った
「アナ様は愉快な方だ」
グレイルは憎しみで動けた。
オスカーは欲望で動かせた。
でもヴァルドは——どちらでもない。
「ご提案、ありがとうございます」
私は、静かに言った。
「少し、考えさせてください」
ヴァルドが、微笑んだ。
「もちろん。急ぎません。
レディーに結論を急かすほど、私も若くないので」
私は立ち上がった。
ジークが扉を開ける。
「アナ様」
ヴァルドが、後ろから言った。
「お茶、お口に合いませんでしたか」
私は振り返らなかった。
「とても美味しそうでした。
でも——私はあまり、人から注いでもらうお茶は飲まない主義なので」
扉を閉めた。
廊下に出た瞬間、ジークが低い声で言った。
***
「姫様、あの男は——」
「わかってる」
私は廊下を歩いた。
(一番手強い)
グレイルは感情で動いた。
オスカーは欲望で動いた。
でもヴァルドは——頭で動く。
そして今頃あの部屋で、私のことを調べている。
(もう調べているかもしれないけど)
私は足を止めた。
廊下の石畳に、影が伸びていた。
ぬるりと、揺れた。
(急ぎましょう)
***
その夜。
ヴァルドの執務室に、使いが来た。
小さな密書だった。
封蝋には、見覚えのある紋章が押されていた。
帝国の紋章。
ヴァルドは、静かに封を切った。
短い文章だった。
『アナスタシア・フォン・カイゼル皇女を確保せよ。生死は問わぬ』
ヴァルドは、密書を蝋燭の火で焼いた。
灰になるのを見届けてから、静かに立ち上がった。
窓の外、夜の城下に灯りが揺れていた。
「聖女様、ですか」
ヴァルドが、小さく笑った。
「なるほど。それは——使えますね」
お読みいただきありがとうございます!
グレイルは暴力で支配した。オスカーは欲望で自滅した。
ヴァルドは——笑顔で近づいてくる。
そして今、憎き帝国からの密書が届いた。
「聖女様」の正体を、ヴァルドは知っている。
これをどう使うのか。そして、アナはどう迎え撃つのか。
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