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消し炭にされて死に損ないの最弱プリンセスが、最強の異能を開花させて全てを飲み込みます〜ミセス アナコンダ〜  作者: 大背戸智
第二章前編「宝石国編 ─ 三つの毒 ─」

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第二章・前編「宝石国編 ─ 三つの毒 ─」(第5話〜第10話)まとめ

宝石の名を冠する国は、腐っていた。


崩れかけた城壁。雑草に呑まれた街路。目を伏せて歩く民。

アナスタシアが足を踏み入れた宝石国は、かつての輝きを失った抜け殻だった。


「豊かな国ではないのね」


案内するラピスの背中が、わずかに強張る。

だがアナは続けた。


「謝らなくていいわ。伸び代があるということよ」


アナの目は、この国の荒廃に絶望なんてしていなかった。

むしろ——値踏みしていた。

腐っているなら、使いようがある。


城に入ると、空気が変わった。

貴族たちの目がラピスを素通りし、アナの全身を舐めるように見る。

値踏み。品定め。「役立たず」の王子が連れてきた女は何者か、と。


宰相ヴァルドが出迎えた。

笑顔。丁寧な物腰。目だけが笑っていない。


(全部、知っている顔ね)


アナの直感が告げる。この男は、自分が何者か知っている。いや、まだ確証はないか。でも——嗅ぎつけている。


その夜、アナは毒を盛られた。


夕食のスープ。見た目も匂いも普通。だが一口飲んだ瞬間、胃の底から焼けるような熱が這い上がってきた。

遅効性の毒。数時間かけてじわじわと内臓を腐らせ、朝には冷たくなっている——そういう種類の殺し方。


バイパーの禁術とは違う。あれは一瞬で殺す暴力だった。

こっちは計算だ。朝になって死体が見つかれば「体調を崩して急死した」で片付く。

証拠は残らない。ヴァルドらしい殺し方だ。


身体が灼ける。血管が沸騰するような痛み。視界がぼやける。


——また、死ぬの?


暗闇の中で、あの声が聞こえた。

覚醒の時にアナの内側から響いた、蛇のように甘い声。


「この毒——飲み込んでみたい、と思わない?」


カインの魔力を喰った時、器が広がった。

毒霧を生き延びた時、身体が変わった。

なら——毒も、喰えるんじゃないか。


アナは意識を体内に向けた。

毒が暴れている場所を見つけ、そこに「飢え」をぶつける。

喰らえ。飲み込め。お前は毒なんかで死ぬ身体じゃない。


毒が——分解された。

体内で毒が毒でなくなっていく感覚。異物が養分に変わる感覚。


翌朝。


アナは何事もなかったように朝食の席に現れた。

ヴァルドの手が、書類の上で震えた。


殺せない。この女——毒でも、殺せない。


「昨夜のスープ、美味しかったわ。おかわりはないの?」


アナの微笑みが、ヴァルドの背筋を凍らせる。

毒を盛るたびに強くなる。これは——化け物だ。


毒を飲み干した翌日、アナはラピスと地図を広げた。


「この国を蝕んでいる毒は、三つ」


ラピスが指し示す。


第一の毒——第一王子グレイル。

課税を際限なく引き上げ、去年だけで五つの村を焼いた暴君。逆らう者には処刑か追放。力で国を支配する男。


第二の毒——第二王子オスカー。

酒と賭博に溺れ、国庫から湯水のように金を引き出す放蕩者。悪意はない。悪意がないからこそ始末が悪い。


第三の毒——宰相ヴァルド。

二人の王子を操り、国王の病床につけ込み、すべての決定権を握った黒幕。帝国との繋がりが疑われる男。アナに毒を盛った張本人。


そして国王は三年前から病に伏せている。

宝石国には、舵を取る者がいない。


「でも——手がないわけじゃないでしょう?」


アナの問いに、ラピスの目が変わった。


「城を出るたびに、少しずつ。そういう人たちと話をしてきました」


五十人。

グレイルに村を焼かれた農民。不当に投獄された商人。領土を奪われた地方領主。声を殺して耐えてきた人間たち。

ラピスはその一人ひとりに会い、話を聞き、信頼を繋いでいた。


「無能」と呼ばれた王子は、誰も見ていないところで、ずっと戦っていたのだ。


ただし、彼らには武器も訓練もない。正面からぶつかれば一瞬で潰される。


「武器がなくても、人は使える。やり方次第でね」


アナが指を置いたのは、地図上のグレイルの巡回ルート。

一週間後、この近くの村に視察に来る。


「ヴァルドは最後。まず——暴君から片付けるわ」


その時、ジークが気配を察した。

廊下に誰かいる。扉を開ける。人影はない。

だが石畳の床に——小さな砂が一粒、落ちていた。


誰かが、聞いていた。


グレイルが城に戻ってきた。


過剰に装飾された鎧。不釣り合いに大きな馬。必要以上の供回り。

すべてが虚勢の塊だった。使用人たちの背筋が恐怖で伸びる。


グレイルの目がラピスを捉え、次にアナを見た。


「何だ、これは」


これ。「誰」ではなく「何」。人間として見ていない。


顎に指を当て、アナの顔を上げさせる。値踏みするように眺め回して——


「悪くない顔をしている。城に置いてやってもいい」


アナは何も言わなかった。笑いも怒りもしない。ただ、見ていた。

この男の所作を、言葉を、呼吸を。全部、記憶していた。


夕食。グレイルは冷めた料理で皿を跳ね飛ばし、使用人を怒鳴り、ラピスを肩で壁に押しやって笑った。

「三日後に村を回る。年貢をもっと絞れ」


その夜。アナはジークとラピスだけの部屋で、杯を掲げた。


「三日あれば十分ね」


ラピスとジーク、二人とも目が離せなかった。

その杯を掲げる姿が——誰かへの宣戦布告に見えたから。


城の裏手、古い倉庫。

ラピスが五十人の協力者を集めた。


農民。商人。領主。そして顔を隠した二人の騎士。

一人は、三年前にグレイルの不正を目撃した仲間を冤罪で処刑された男。その仲間が命がけで写し取った羊皮紙を、ずっと隠し持っていた。

もう一人は、かつてラピスが流行り病で妹の命を救ったことへの恩を返しに来た男。


彼らは怯えていた。当然だ。

王族に逆らえば、命はない。

それでもここにいるのは、このままでは国が死ぬと分かっているから。


ラピスは一人ひとりの目を見て、計画を語った。


三日後。グレイルが村に来る。

その前に、村人を全員避難させる。村を空にする。

そしてラピスが——グレイルに一騎打ちを申し込む。


「本気ですか」


騎士の声が震えた。グレイルは剣の達人だ。ラピスでは勝てない。


「勝算はあります」


ラピスはそれ以上説明しなかった。

アナは倉庫の隅で、腕を組んだまま黙って聞いていた。


計画にはもう一つ、鍵がある。

シュバルツ卿——宝石国最後の良心と呼ばれる老騎士。

長年沈黙を守ってきた男。だがラピスは信じていた。

「この国の最後の良心。卿が正義のために動いてくれることを、信じています」


返事のない扉の隙間に、手紙と羊皮紙を差し込んだ。


アナが聞いた。「これは正義なの? 復讐なの?」


ラピスは少し考えて、答えた。

「どっちでもいいです。村の人たちが安心して眠れるなら」


アナは鼻で笑った。

——こういう奴が、一番厄介なのよ。

本気で言ってるから。


三日後。

グレイルが村に到着すると、もぬけの殻だった。


家々の扉は閉ざされ、畑には人影がない。

グレイルの顔が歪む。年貢を搾り取るために来たのに、搾る相手がいない。


そこに、ラピスが現れた。


「一騎打ちです、兄上」


負けたら王位継承権を放棄し、裁きを受けろ。

勝ったら——ラピスが全てを引く。


グレイルは笑った。


弟に負ける? この役立たずに?

冗談にもならない。


剣が交わる。

一合目で、差は明らかだった。


グレイルの剣は重い。正確。容赦がない。

ラピスは弾き飛ばされ、地面を転がり、血を吐いた。


二合目。三合目。

ラピスの剣が弾かれるたびに、協力者たちの顔が青ざめる。

無理だ。やっぱり無理だ。


だがラピスは立ち上がる。

膝が震えている。口から血が垂れている。それでも——立ち上がる。


四合目。五合目。六合目。


グレイルの顔から笑みが消えた。

殺意が宿る。もう遊びじゃない。


「目障りだ」


渾身の一撃がラピスに振り下ろされる。

避けられない。受けられない。

終わった——誰もがそう思った瞬間。


グレイルの足首に、何かが巻きついた。


音もなく。気配もなく。

地面を這う黒い影が、蛇のようにグレイルの足を縛った。


一瞬の硬直。踏み込みが、ほんの一歩だけ遅れた。


その隙に——ラピスの刃が、グレイルの喉元に届いた。


誰も見ていなかった。影が動いたことに、誰一人気づかなかった。

遠くの木陰から見守っていたアナだけが、静かに手を下ろした。


「影の蛇」。アナの固有スキル。

表舞台に立つのはラピス。アナは影から糸を引くだけ。

それでいい。この物語の主役は、あくまでラピスだ。——少なくとも、この国では。


直後、白髪の老人が歩み出た。


シュバルツ卿。

宝石国最後の良心が、ついに沈黙を破った。


手には、羊皮紙の束。

グレイルと帝国の密約。軍事機密の横流し。城塞の構造図の売却。外患誘致の証拠。

三年前に命がけで写し取られた文書が、今、白日のもとに晒される。


「城内規約第三条に基づき——」


シュバルツ卿がいつからこの規約を使っているかは知らない。

だが「三百年前から」あるらしい。本人がそう言うのだから、そうなのだろう。


グレイルが崩れ落ちる。

暴君の膝が、初めて地面についた。


第一の毒、解毒。


その夜。

アナは一人で月を見ていた。


牢に入れられたグレイルは、最後にアナの顔を見て——震えた。

「お前……帝国の……」

気づいたのか。遅い。もう何もかも遅い。


ジークが隣に来た。


「食欲がないんですか?」

「——まだ足りないわ。あと二つ」


空腹は、まだ満たされない。

この国に巣食う毒は、あと二つ残っている。


でもアナは、少しだけ認めていた。

ラピスの五十人。声を殺して耐えてきた人間たち。

彼らが動いたから、計画は成功した。


ラピスが繋いだ信頼。それは武器にも鎧にもならないけれど——確かに、この国を動かした。


(認めてなんか、あげないけれど)


月が静かに、宝石国を照らしていた。


▶ 第二章 前編のキーワード


三つの毒——宝石国を蝕む暴君グレイル・放蕩オスカー・策士ヴァルド。解毒が宝石国編のメインミッション。

毒耐性——暴食アナコンダの捕食対象は魔力だけじゃない。毒を飲み込み、養分に変える新能力。

影の蛇——アナの固有スキル。表舞台に立たず、影から戦局を動かす。誰にも気づかれない一手。

ラピスの五十人——声を殺して耐えてきた民たち。ラピスだけが、その声を拾っていた。「無能」の王子の、誰も知らない戦い。

シュバルツ卿——宝石国最後の良心。「三百年前から」が口癖の老騎士。ラピスの手紙で、ついに沈黙を破る。

砂の一粒——密議中に廊下に落ちていた砂。誰かが聞いていた。その「誰か」は——?


▶ 後編予告

第二の毒は、悪人じゃない。馬鹿だ。

第三の毒は、アナの正体を帝国に売れるカードを持っている。

そしてこの国には——三百年前から、ずっと待っていた老兵がいる。


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