14話 レインズ家の嫡子
突然訪れた我が兄エルフェル・レインズ。
彼はリーディアを押し退け勝手に家の中へと入る。
「庶民の住処とはこうも狭く汚いのか」
「何をしに来たエルフェル」
俺とリーディアが攻撃体勢をとる。
彼はジフとレイミーへ視線を移し、貴族らしく礼儀を優先した。
「日中の戦い見事だった。召喚科の先輩として鼻が高い。今後も君達の活躍を期待しているぞ」
「竜将にお褒めいただき光栄ですっ!」
「あ、ありがとうございましゅ!」
レイミー緊張で噛んでるぞ。
しかし、さすが生徒のトップというべきか敵地同然の場でずいぶんな余裕だ。
「貴様とはすでに血縁というだけで赤の他人だ。レインズ家は貴様を家系図から抹消した」
「だからなんだ」
「今すぐ退学をしろ。さもなければ徹底的に叩き潰す」
なんだ脅しに来たのか。
変に勘ぐったじゃないか。
俺とエルフェルの魔力が室内で吹き荒れる。
「可愛い後輩に脅しなんて。穏やかじゃないな」
「ただの他人ならな。貴様はレインズ家の内情をよく知っている。一族を追放された出来損ないにあれこれ吹聴されては迷惑だ。もちろんただ去れとは言わん。レインズ家で仕事を用意してやろう。賃金も庶民では得られないほど与えてやる」
合点がいった。早々に消えるだろうと考えていた出来損ないが、予想に反し存在感をアピールし始めたので危機感を覚えたのだな。
だから早い段階で手を打とうとしている。
「断る。邪魔をするなら好きにすればいいさ」
「貴様はもっと賢い人間だと思っていた。従えばそれなりに幸せな人生を送れたものを」
「俺の幸せは俺が決める。せっかくだからこの場ではっきり伝えておく。俺は竜将となってレインズ家を徹底的に潰す」
「私に勝てると本気で思っているのか」
「思ってるよ」
俺は小物だ。私情も捨てないし野望も捨てない。
だから復讐もきっちりする。
エルフェルは一瞬、戦闘態勢に移ろうとしたが諦めたように魔力を収めた。
「貴様がその気なら受けて立とう。だが、勝負は竜将戦でだ。王が兵と戦うにはそれなりの場が必要だ。召喚将にすらなれないようでは対峙する資格すらない」
「すぐに引きずり落としてやるよ」
「違うな。貴様は磨り潰されるのだ」
エルフェルはマントを翻し去る。
奴が出て行き部屋の中は一気に緩んだ。
ジフとレイミーは緊張から解放されテーブルに突っ伏す。
「マジびびったぁぁあああ!」
「はわ、はわわ、こわかった!!」
二人とも悪かったな。
せっかくの祝勝会だったのに。
影からにゅっとロロアが顔を出した。
そういえばこいつ珍しく食事の席にいなかったな。
いつもなら真っ先に出てくるのに。
「身を隠しておいて正解じゃったな」
「予想していたのか」
「学内へ潜り込ませている分身から報告があったのじゃ。エルフェルがここへ訪問するかもしれないとな。アンとか言ったか、あれを監視して判明した」
おお、元専属世話係のアンに監視を付けているのか。
ロロアは抜け目がないな。てか一体いくつ分身を潜り込ませているんだ。最初に見たあのカラスだけじゃないだろ絶対。
ロロアは席に着き食事を始める。
「軽く学内を調査したが、この学院は魔窟じゃの。儂でも調べられなかった場所と人がいくつもあった」
「で、面白い情報は得られたのか」
「まぁの。ところで主よ、生活費がないとよく嘆いておるが仕事は欲しくないか」
欲しい! お金欲しい!
学費が半額になっても収入源がないから厳しいんだ。
どんな仕事でもいいから俺にくれ。
話を聞いていたレイミーがもじもじしながら呟く。
「お金が欲しいならいくらでも紹介したのに。自室の隅にいてくれるだけで百万くらい払うよ?」
金持ちの考えることは理解できないな。
部屋の隅にいるだけでなぜ賃金が発生する。怖い。
ロロアの話に戻る。
「で、どんな仕事なんだ?」
「うむ。近々ここへ行くと良い」
ロロアから渡された紙には『薬学科二年スカラ』とだけ。
◇
教室へ入るなりクラスメイトが集まって来る。
彼らはこちらの感情など気にすることなく取り繕うように謝罪を口にした。
「ごめんウィル君。君のことを見誤っていたよ」
「私達、本当は貴方と組みたいと思ってたの」
「どうして選ばなかったのかって今さらだけど後悔してる」
彼らの反応に首を傾げ、後ろにいるジフとレイミーへ目で問うた。
「オレ達が急成長したのはウィルのおかげだって気づいたんじゃないか」
「ウィル君の強さが伝わったのもあるんじゃないかな」
あー、ジフとレイミーに水をあけられると危機感を抱いたわけだ。
それにこの中の誰かが召喚将にならないとも限らない。今の内に中心にいる俺に取り入って交友を結んでおこうってことかもな。
気に入らないな。
「今さら手の平返しかよ。みっともないと思わないのか」
「ウィル君は優しいから表に出さないけど、皆の態度にひどく傷ついているんだよ。あの日、彼を無視した人達はきちんと謝罪すべきだよ。上っ面じゃなくちゃんと」
ジフとレイミーが怒りを露わにする。
影から姿を現したリーディアは二人に微笑んだ。
「彼らは素晴らしい配下に育ちそうですね。ウィル様」
「え、配下?」
使える駒ってことだから配下でいいのか?
まぁどっちでもいいが。
俺は二人を静かにさせ打算ありありのクラスメイトに返答する。
「指導料を払ってくれるなら強くしてやる。一回一万だ」
「ふざけんなよ! クラスメイトから金取るのかよ!」
「どうして無料で教えてもらえると考えた」
「ジフ達は払ってねぇじゃねぇか!」
「チームメイトだからな。同列に扱うわけないだろ」
無償で指導が得られないと分かると全員が去って行く。
いちいち相手にしていられない。
ん、あれはダット?
あいつやけに熱視線を向けてるな。気持ち悪い。
揃って席につくとヘイオスとエリーゼがいないことに気が付く。
「あの二人どうした?」
「今日はお休みのようですよ。あれが教えてくれました」
リーディアにあれと呼ばれたのはダットだ。
振り返ってサムズアップする。なんだ気持ち悪い。
しかし、休みか。俺に負けたのがよっぽど堪えたらしいな。
いい気味だ。
「ウィル様、勉強道具です」
「ありがとう」
いつものようにリーディアが影から道具を取り出す。
契約をしてから彼女には世話になりっぱなしだ。俺ももっと主として報いるべきじゃないか。召喚獣が最大限力を振るうには日々のケアも重要と聞く。
それとなく彼女に質問する。
「欲しい物とかあるか?」
「ウィル様からいただければなんでも嬉しいです」
「……それだと俺が困るんだが」
リーディアは腕を組んで悩み出す。
ハッとすると耳元で囁く。
「伽をさせていただけるととても喜びます」
「ふぁっ!?」
変な声が出た。
伽って夜伽か?
それはあれだ、まだ学生だから早いと思うんだ。
でも……興味はある。
「未経験ですが精一杯頑張る所存です」
「あ、ああ、考えておくよ」
デロンが教室へとやってくる。
「出席をとるぞ。なんだ、ウィル。顔が赤いが風邪か?」