2月26日 0日 ――誕生日 その1
『――2月25日 特殊被検体0号による記録上二人目の出産確認。帝王切開。
新生児は“H”。私の子供と同様。
経過は良好。
――2月27日 特殊被検体0号の依頼により新生児と面会。
特殊被検体0号発狂。
慟哭の末、声を失う。
以後は元受胎者と子供との面会を固く禁ずる。
新生児は全てU―1、U―2保育シップに。
0号は暫く研究棟でリハビリを受け、再び回復を待つ。
幸い、身辺の世話をする特殊被検体1号には懐いている様子。
“味覚”の旧感覚者0号の協力は、今後も必須』
(2年前 NAGIレポートより)
『2月25日 特殊被検体1号と2号が反乱。
自身と胎児を人質に取り、2号の妊娠状態の終了を求める。
形成初期から、2号の胎児は心音が確認できなかった。
しかし身体は“A”の特徴を有している。
一応、換えの聞かない母体に気を配りつつ、出来る限り胎内にとどめ置いてその経過を確認したい。
そして1号の胎児は間違いなく“A”。
どんな犠牲を払ってでも、助けなければいけない。
即座に、胎児と被検体の安全を確認するための行動を開始。
他の職員よりいち早く元受胎者16号が協力し、反乱は終了。
しかし極度の緊張と落下の衝撃、その他要因の影響のため、2号の流産状態が早まる。
これ以上胎内にとどめ置くことは不可能と判断し、日が明けるのを待って掻把手術に踏み切る。
同時に、1号が切迫早産の兆候。
予定よりやや早いが、帝王切開にて出産。
ついにこの『産屋』に“A”が誕生!
“H”から一歩踏み出すことに成功した。
“A”はやや週数が足りず未熟児であったため、即座に簡易NICU(新生児集中治療室)へ。
この世界に人口子宮が出来て以来、初めて使用されるものだが、きっと守り通してくれるだろう』
(NAGIレポートより)
※※※
真っ暗で、激しい嵐が吹きすさぶ世界を私は一人、彷徨っていました。
ここに来る直前、手術が行われたようでした。
包帯だらけの顔をした凪さんから、口に管のついたマスクのようなものを当てられ、腕にお薬を注射された瞬間に意識が薄れてきたのではっきりと断言はできないのですが。
私たちはふたつのクッションに助けられました。
ひとつは、顔から落下した凪さん。
そしてもうひとつは、浴槽に敷き詰められた毛布でした。
あの時、私たちより一瞬早くお風呂場に落下した存在がいました。
紫色の入院着の、れーさんです。
彼女は私たちが落下する直前、落下場所に凪さんのベッドからありったけの毛布を放り込んでくれたのです。
あの、れーさんが。
いつもお人形を抱いてお菓子を食べていた、子供のような――しかし時に年上のようにも見えるれーさんが、何故……
ですが、クッションに埋まりながられーさんの顔を見た時、その疑問は氷解しました。
何処からかお菓子を嗅ぎつけて積極的に食べにくるれーさん。
木の実を食べた時、私たちに感知できない味を感じて顔を顰めたれーさん。
いつも大事そうに人形を抱きしめていたれーさん。
れーさんは、自分でもわけが分からないといった、戸惑った顔をしていました。
だから、分かりました。
れーさんも『お母さん』だったのです。
だから……子供を守りたいと、体が勝手に動いたのでしょう。
かつて、凪さんがおっしゃった通りでした。




